#103
「うう、どういたしましょう……」
「ほら。足を止めないの。余計行きにくくなるでしょ?」
休養日として一日の休みを挟んで。高輪ダンジョン大侵攻から二日後。
天気は清々しいまでの晴天。私の心境とは対象的に、随分とまあ素晴らしい秋晴れの様子。
千癒の送迎車から降りてからというもの、私の躊躇う足取りに。しかし、陽鞠さんが容赦なく後ろからせっついてきます。
向かう先は、私たちの通う高校。無論、そこに向かうことに対して、障害などあるはずはないのですが。
「広島のあとのことを、思い出してしまうと……こう……」
「……まあ、あのときは私も相当にびっくりしたから、鈴音の気持ちもわかるけど」
遠方でのニュースひとつでさえ、以前は取り囲まれ質問責めに遭いそうになったというような過去があって。
それが今回は至近とは言わないまでもそれなりには近場で。さらには発生していた自体は大侵攻、あわや命を脅かされんという状況を。
配信の主体自体は景さん――スノーホワイトさんであったとはいえ、その抑制を私や陽鞠さんもリアルタイムで配信していたわけで。
「というか、陽鞠さんは不安にはなっておりませんの?」
「まあ、思うところがなにもないってわけじゃないけど。月村さんや、それから影千代が言ってたとおり、私たちは役割と道理に従ってやるべきことをやったわけで。褒められるべきことはしていても、特段悪いことをしていたわけじゃないからね」
「それは、そうなのですが」
「あと、ぶっきらぼうな私の代わりにみんなの注目を一身に引き受けてくれる、鈴音っていう頼りになる盾持ちがいるからね」
「陽鞠さん!?」
突然の裏切りに、私は思わず声を荒らげてしまいます。
陽鞠さんだって、件のスタンピードではとっても頑張っていただいた、というか。実働していた程度で言えば、指示飛ばしをしていた私よりも多いでしょうに。
これは、意地でも皆様に陽鞠さんがどのように凄かったかをお伝えして、彼女のことも好きになっていただかないといけません。
もちろん、私の負担を彼女に押し付けようだなんて、そんな目論見はありません。ええ、決して。
「まあ、少しは緊張がほぐれたんじゃない?」
「やり方というものが……いえ、ありがとうございます」
要は、以前の広島のときと基本的には同じ。
むしろ、前回と違って心構えができているだけマシかもしれません。
頼りすぎるのもどうかとは思いますが、高校であれば、いざとなれば笹良さんや津々見さんのお力を借りるということもできますし。
「行きましょう、陽鞠さん!」
いざ、戦場へ――。
と、意気込んで登校をした、のですが。
結論から言うと、こう、なんというか。
「拍子抜け、だったわね?」
「ううう、自意識が過剰でした……」
取り囲まれたり質問責めに遭うことがゼロとは言わないまでも。広島の後ほどの事態にはなっておらず。あのとき、えいやあ! と心にひとつ喝を入れたのはなんだったのかと思えるような結果でした。
「いや、正直鈴音たちのその予感自体も間違ってはいなかったのよ?」
「はい。その、津々見さんの言うとおりで。昨日の朝とかは、ちょっと大変な感じでしたし……」
そう仰るのは、私たちの正面に座られている津々見さんと笹良さん。
「それなのに、今日の勢いがそこまでなのは、津々見と笹良がなにかしてくれたってこと?」
「そう……って言えたら、私たちも小夜に恩を売れたんだろうけど。残念ながら、私たちがあんまりなにかをしたってほどじゃないのよね」
肩をすくめながら言う津々見さん。「なんで私からだけ恩を徴収しようとしてるのよ」と陽鞠さんがちょっと不服そうにする。
「しかし、それならばなぜ、ここまで平穏だったのでしょうか?」
「いやまあ、平穏ってほどじゃなかったと思うけどね? ただ、自制できた人が多かったって感じかな」
私の質問に、津々見さんがそう答えてくださいます。
曰く、先の広島の一件。その後に発生した校内での騒動があったこともあり。私や陽鞠さんは冒険者である以前に、同じ高校に通う生徒であり、人間であることを皆さんが認識してくださった、ということ。
スノーホワイトさんの配信を通じて、私たちが簡単に今の強さを手に入れることができたわけではないことを知っていただけたこと。
そういったこともあって、昨日の時点で冷静になって、自制したり相互に諭し合うことができた人が多かった、とのことです。
あと単純に、あれだけのことをした直後なのだから、疲れているだろう、という労いもあるのでしょう。
「つまり、前回に津々見さんや笹良さんが助けてくれたからこその今回、ということではないでしょうか!」
「たしかに? 鈴音、いいこと言うじゃない! というわけだから、小夜は私たちに感謝してくれていいのよ?」
「なんで私だけ名指しなのよ!」
扱いの差にガルルッと食らいつく陽鞠さんと、そんな彼女を見ながらケラケラと楽しげに笑う津々見さん。笹良さんは、少しおどおどしながらこちらに助けを求めるような素振りを見せますが。おそらくは一種の絡み合いのようなものなので大丈夫でしょう。おふたりとも、利発な方ですから。
「真面目な話をしておくと。みんな自制してるだけで、感謝や憧れといった感情が一切ないわけじゃないからね。というか、感謝って意味なら私たちもしてるわけだし」
まあ、一部それでも抑えきれずに突撃していったこたちもいるけど、と。津々見さんがそう言って、隣では笹良さんがコクコクと全力で頷かれます。
そう言っていただけると、頑張った甲斐というものがあります。もちろん、そういうものがなくとも頑張ってはいましたが。
「でまあ。さっきも言ったように、前回はニュースの文面でしか知れなかったところを。今回はダンジョン配信――動画で見ることができた、ってのは、受け手にとっていろんな意味で大きな違いを生んだわ。それこそ、さっきも言ったようにこうしてみんなが自制してるってのもそうだし。なにより――」
チラ、と。津々見さんは陽鞠さんのほうへ視線を遣りながら、少しばかり憐れむような表情を浮かべて。
「その。どう付き合っていくかは頑張って考えていったほうがいいと思うわ。少なくとも、彼女たちに悪意はないと思うから、受け入れてあげられるなら、そのほうがいいとは思うけど」
「……?」
思わせぶりな津々見さんの言葉。なにかを知っている様子の笹良さんとは対象的に、私たちはただ首を傾げるのみ。
「ええ。みんな、自制してるの。自制を、してるだからね。……感謝や憧れを、持ちながらに」
しかし、その言葉の意味は。そのうちに、だんだんと思い知っていくことになります。
おおよそ、一週間が経った頃合い。
高輪ダンジョンでの大侵攻のことについては、しばしば聞きに来る人がいたり、ときたま、冒険者のことについて教えてほしいとか、指導をしてほしいとか、そういう話を持ちかけられたり。
冒険者のことについてお話するのは問題ありませんが、私も教えを乞うてる身、誰かを導くのはまだまだ恐れ多くはあるので、そちらは丁重にお断りをさせていただいておりますが。
とはいえ、ともかく人がごった返すようなことはなく、私は平穏に過ごすことができております。
「……」
そう、私は。
微妙な面持ちを浮かべながらに教室の端っこで悩んでらっしゃるのは、陽鞠さん。
その理由については、つい昨日に陽鞠さんから共有をされました。
なんでも、変な気配がする、と。
主には高校の中。ときおり外でも似通った気配を感じることは多いものの、大部分は高校で感じているとのこと。
元々、どちらかというと一匹狼然としていた陽鞠さんですから、以前より周りから少しばかりの距離を置いたような扱いを受けることは多かったとのことですが。どうにもそういう気配ではないご様子。
そもそも、腫れもののような扱いをされることは最近なくなっていたらしいのですが。
ちなみにその話をしたときには「せっかく人が寄ってこないように振る舞ってたのに、誰のせいで今みたいな状況になってると思ってるの?」と言われました。はい、陽鞠さんがお優しくて頼りになってとても良い方であると喧伝をいたしたのは私ですわ!
ともかく、なにやら変な気配がする……とのことですが。それはそれとして、害はない、とのこと。
なんならばむしろ、起こっているのは害というか。
「……なんで机の上にはお菓子が置かれてるのよ。新手の嫌がらせ?」
昼休み。お昼ごはんを食べてから戻ってきた陽鞠さんの机の上には、たくさんのお菓子が並んでいて。
ちなみに、これが初回ではなく。たしか、お菓子の種類が変わりつつの三回目です。
「どう、なのでしょう? 好意とも受け取れそうには思えますが」
「だとしても普通に怖いんだけど」
それは、たしかにそうかもしれません。私も、机の上にいきなりお菓子が置かれていたならば、嬉しさよりも先に警戒が勝ってしまいます。
「受け取ってあげたら? 害意から来てるものじゃないってことは保証してあげるわ」
「津々見。この前から訳知りな様子だけど。もしかしてあんたが一枚噛んでるの?」
「いいや、直接は関わってないね。ただまあ、なにが起こってるのかは知ってる、ってくらいかな」
楽しげな様子で言ってくる津々見さん。
「つまり。私がこれを受け取ることで喜ぶ手合がいる、ってことね」
「有り体に言えばそうだね」
「……そういうのって、どっちかというと鈴音の役割じゃないの?」
「私の役割?」
陽鞠さんの言葉に。コテン、と。首を傾げてしまいます。
「とりあえず、これを置いていった奴は出てきなさい。怒りも拒絶もしないから」
少しばかりのため息とともに陽鞠さんがそう言うと、おずおずとした様子で女子生徒が数名やってきます。
「ここ数日の変な気配はあなたたち、ってことね」
「その、ごめんなさ――」
「怒りはしないって言ったでしょ」
陽鞠さんがそう言うものの、集まってきた方々はまだどこか落ち着きのない様子で、どうしたらいいのかと。
「全く、なんで私なんかにしてるのよ。そういうのはこんな無愛想な人間じゃなくて、愛想のいい鈴音とかにしておきなさい?」
「えと、でも。それは」
「はいはい、小夜ストップ。あなたなんか、じゃなくて。この子たちはあなただから、なのよ」
パチパチ、と。手を打ちながらに場を仕切り直して、津々見さんがそう言います。
「まあ、自制を頑張ろうとした結果、変な方向に漏れ出ちゃって本末転倒になっちゃってるんだけど」
つまり、最近の陽鞠さんが感じていた気配は、彼女たちが陽鞠さんのことを見たくて。でも、下手に近づいたりして迷惑をかけないようにと、半端に離れた距離から観察をしていたからであって。
このお菓子の山も、どうにか彼女に喜んでもらおうと試行錯誤をした結果で。お菓子の種類が変わっていたのも、好みがわからないからで。
「つまり、この子たちはあなたのファンってわけ」
「いや、それこそ私みたいなやつよりも――」
「そんなことはありません!」
陽鞠さんが言おうとした瞬間、女子生徒のひとりが声を少しばかり張り上げます。
「私は凛々しく戦ってらっしゃった小夜さんの姿に魅せられたのです!」
「まあ、あの配信に映ってた小夜はカッコよかったからね。女子生徒からの人気って意味では結構高くなってると思うよ? あと一部男子」
「ええ……」
「一匹狼っぽいところとか無愛想なところとかも、むしろそういうイメージを強調させる要素になってるっぽいし」
ちょっとばかし引いている様子の陽鞠さん。
私としては、陽鞠さんの良さを皆さんが知ってくださったということなので喜ばしいことだとは思うのですが。
「だからこそこうして同じく魅せられた同好の士とともにファンクラブを立ち上げて――」
「ちょっと待って? 今聞き捨てならない言葉が聞こえたような気が」
勢い止めやらぬままに語る女子生徒の方。
「ファンクラブ?」
「はい!」
「誰の?」
「当然、小夜様のものです!」
「嘘でしょ?」
絶望した表情を浮かべた陽鞠さん。少しばかり放心した様子の彼女は、しばらくしてから「様付けだけはやめて」と、そう一言だけ告げました。
Tips:小夜 陽鞠
他人と関わることにちょっとした抵抗があって一匹狼然としようとしていた少女。
この度、諸般の事情があってファンクラブができました。かわいそうに。
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