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102/117

#102

「随分とまあ、懐かしいものがあるね」


「まあ、触るのはいろんな意味で憚られたからな」


 俺と海未、そして影千代の三人でやってきたのは、半ば倉庫と化した部屋。ギルドハウスの中でも、まずほとんど誰もやって来ない。なんなら、存在を知らないメンバーもいる。

 だが、ギルドハウスの歴史で言えば、屈指の古さを誇る。


 かれこれ影千代と離別してからから数年。元々は海未とふたりで使用していた《海月の宿》のギルドハウスも、ただの小さな家くらいの規模からそれなりの屋敷になるまで増改築をしており、内装や構造もかなり変わってしまってはいたが。その中でも、ここだけは精々工事に伴って物が片付けられた程度。

 置かれた物や散らばった資料の価値や性質がわからず、触るに触ることができなかった部屋――影千代が元々使用していた、研究室だ。


「それで、私はここに軟禁される……と」


「酷い言い方をするな。あくまで自主的にここに留まる、そうだろう?」


 俺たちから提示できる最大限の譲歩がここである。


 彼女がこうして俺たちの言うことに大人しく従っているのは、そのほうが利があると見ているから。そうでないと見れば、すぐさま逃げ出すことだろう。たとえ、雪城の《お助け☆アイちゃん》があって、延々と続く鬼ごっこに発展するとしても。

 とはいえ、じゃあ影千代の行動を無制限に許すというわけにもいかない。だからこそ、俺や海未の監視の行き届く範囲での活動で手を打った。

 都合、雪城にはしばらく不自由な活動を強いることになってしまうが。彼女もこれについては了承してくれている。


「まあ、研究室《ここ》に免じて留まってあげるよ。あと、鈴音ちゃんたちにもね」


「そうか」


「それに。支樹たちにとっても私がここにいるほうが都合がいい。そうでしょう?」


「……」


 先程、小夜にはここに影千代を留めている理由を説明したが。実際には、もうひとつ理由がある。


「まあ、私は私の識りたいことを識るだけだからさ。それの邪魔をしないのなら、ある程度なら協力してあげるよ」


「ああ、わかった。ただ――」


 俺と影千代の視線がバチリと合う。


「鈴音たちに、変なことはさせないからな」

「鈴音ちゃんたちのことも、識りたいなあ、ってね」


 俺の発言は予想していた、とでも言いたげに。影千代はニィッと笑って。


「安心して。変なことはしないよ。変なことは、ね」


「小夜の一件で既に前科がイチついてるんだが」


「まあまあ、それに関しては支樹たちが彼女と関わる前の話なんだからノーカンで考えてほしいなあ。君たちを前にして、下手なことができないなんてことはわかりきってるでしょ?」


 言葉取りだけを鑑みると、いちおう筋がとおってはいるが。はたして本当にそう思っているのか疑わしい、軽い言葉。

 やはり、不用意に鈴音たちを近づけさせるわけにはいかないか、と。そう思いかけたとき。


「それに」


 先刻までの風よりも軽そうな信用ならない声音とは一変して。落ち着いた――そう。それこそ、影千代が魔力やダンジョンについてを解説するときに見せるような――真面目な口調を見せる。


「特段悪い話ってわけでもないと思うんだよね。そう、それこそ――」


 ――かつての俺や海未にとって、そうであったように。






 ギルドハウスの共用エリアに戻ると。ぐぬぬ、といった様子でスマートフォンに向かっている様子の雪城。その周りには、鈴音たちが囲んでなにやら声がかけられている。


「なにやってるんだ」


「月村さん! それが。景さんがエゴサーチをされようとしているんですが」


 近づいた俺に対して鈴音がそう答えてくれる。


「大侵攻《スタンピード》配信の影響で、どうなってるかが怖い、と」


「まあ、ありていに言ってしまえばそうなりますわね」


 表面上は、比較的自信家な側面を見せることが多い雪城ではあるが。本来の性分を見るならば、どちらかというと不安がりなところはある彼女のことだ。


「大侵攻《スタンピード》の配信については、いろいろと意見を言われることが多いからな」


 ダンジョン配信は数字が収益に直結するという性格上、大侵攻《スタンピード》のような話題性の強く、かつ危険性の高い項目を取り扱った場合にあれこれ言われることは多い。特に、人の生き死にが関わりやすい事象の場合は殊更。


 だからこそ、雪城が憂うのも仕方がない――、


「そんなことはどうでもいいの!」


 ダンッ、と。両手をつきながらに立ち上がった雪城。


「ダンジョン配信で大侵攻《スタンピード》を取り扱うってことの意味については。鈴音ちゃんからお願いされたときに、わかった上で引き受けたから別にいいの」


「なら、なにを怖がってるんだ?」


「……ほら、私。クオーツゴーレムを斃すのに、あいしくる☆ぱにっしゃーを使ったじゃない?」


 あいしくる☆ぱにっしゃー、雪城が魔力によって形成した氷の大槌――魔装だ。

 魔法少女という彼女のイメージと沿うように。かつ、彼女自身の適性である身体強化がフルに活用されるようにと提示した戦い方だ。

 氷の大槌ではあるが、優梨からの指導もあり。圧縮された魔力による造形は、氷でありながら鉄をも凌ぐ強度を誇っている。


 武器の造形スキルによる攻撃自体は、以前からも凍ての大槍(フローズンランス)や白銀の氷牢(ホワイトプリズン)などを使っていた雪城ではあるが、魔装となると少し毛色が変わる。

 魔力によって武器を形成する、というところまでは同様ではあるものの。それらを射出する形で使い捨てる凍ての大槍(フローズンランス)などとは違い、魔装はそれを術者本人が装備して、戦う。

 都合、十分な造形スキルの練度と、術者本人の身体能力の両側面が必要な技術であり。使い手は比較的少ない。使うにしても、素体の武器を用意して、それに付与《エンチャント》的に魔装を使用するということが多い。

 それを、イチからの造形でやってみせて。かつ、十二分な武器強度と身体動作をやってのけるのだから、雪城の素質が伺える。


「しかし、あいしくる☆ぱにっしゃーを使ったからどうという話ではないか?」


「わかってない! 月村さんはわかってない! 私のブランディング! イメージ!」


「魔法少女のことだろ? ちゃんと意匠についてはイメージに沿うように設計しただろう?」


 正確には、意匠や構造などの面で《薄暮》の空羽に協力してもらっている。雪城には伝えていないが。

 空羽も雪城の身体付きには興味を示していたので、おそらくそのうちにエンカウントしたらいろいろと確認をされることだろう。


「それはありがとう! でもそれはそれとして、私が超パワータイプってことが視聴者《みんな》にバレちゃったわけで!」


 ああ、なるほど。

 スノーホワイトは、どちらかというとかわいいとか、放出系スキル――魔法の綺麗さで売ってきた。そういう意味では今まで培ってきたブランディングが崩れた、ということである。


「もちろんね、あのときはそんなことを気にしてる場合じゃなかったってことはわかってるし。それをわかった上でやったってのも事実。でも――」


 ファンのみんなにどう思われているのか。雪城が懸念しているのは、そこだった。


 うんうんと唸っていた雪城。そんな彼女を見た影千代は「なるほど?」とつぶやくと、スタスタと雪城のそばにまで行って。


「そんなに気になるのならば、さっさと見てしまったほうが早いだろう」


「みぎゃあああっ!?」


 ひょい、と。彼女の端末を奪い取ると、そのままエゴサーチを実施し、結果を彼女の目の前に付きつける。


 しれっとエグいことをしている。……ただまあ、俺自身やり方の差異はあれども、意見としては同じくだからなんとも注意がしにくい。


「既に行ったことに対する反応なんだから、悩んだところで周囲からの評価は変わらない。金輪際それから切り離して生活ができるというのならば見ないという選択肢もありだが、どうせ配信をするときに評価は嫌でも目に入ってくる。ならば、どのみち見るという結果に変わりがないのだから、考えたところでどうにもならないどころか、むしろ無駄な上に精神衛生上良くない。マイナスだ」


 バッサリと切り捨てる影千代。うん、時間をかけたところでどうしようもないってことは事実なんだけど。せめて行動に移す前にそれを言ってあげるとか。雪城だって、ひと呼吸くらいは置きたかっただろうし。


「……あれ、思ったよりも。受け入れられて、る?」


 反応の大部分は大侵攻《スタンピード》制御への感謝や彼女の無事を心配するもの。それらに混じってチラホラと大侵攻《スタンピード》配信を行ったことに対するアンチ意見なども散見されはするが。雪城が気にしていたような、あいしくる☆ぱにっしゃーによる解釈不一致の意見などはほとんど見られず。というか、むしろ。


〔魔法少女がクソデカイ武器を振り回してるの、いいよね〕

〔俺らのスノーちゃんはかわいいだけじゃなくて強いんや〕

〔俺も殴られたい〕

〔かわいい上に魔法も使えて力も強いなんていっぱいついててお得すぎる〕


 ちょっと変なのも見受けられはするが。受け入れられていたし、なんならば喜ばれていた。


「ギャップ商法……事実としてありうる話ではあるけど……私としてはかわいいを推していきたいのに……ちょっと複雑……でも受け入れてもらえはしていて……」


 ぶつぶつといろいろ分析をしながら考えている雪城。まあ、憂いはなかったし、これについては解決ということでいいだろう。


 しかし、若干の不服さは混じりつつも納得自体はできている現状を見るに。他の魔装の訓練も組み込んでいっていいだろう。

 魔装の――特に雪城のようにイチから魔装を造形できる場合の――利点は、戦う相手によって自在に得物を切り替えられるということだ。


 今回はわかりやすいということと、雪城自身の魔法では対処が難しいゴーレム系などの装甲が硬い相手に対して有利を取れるようにと打撃武器である大槌《ハンマー》を選択したが。戦斧《バトルアックス》や大槍《ランス》などを使えるようになればより戦術の択が増える。


 本格的にその方針を伸ばしていくのなら、頑丈な棒だけを雪城のために誂えてもいいだろう。ちょうど、まだ雪城には俺から武器を贈っていないし。なぜか定例になっているが……まあいい。

 イチから魔装を造形できる雪城ではあるが、それでもベースとなる軸があるだけで必要なコストや手間が大きく変わる。

 空羽に言えば、導魔性が高く頑丈で、彼女の体格に合わせた最適な棒を用意してくれるだろう。


「ねえ、月村さん。なんか嫌な予感がするんだけど。今、なにを考えてるの?」


「ああ、雪城の次のトレーニングだな。楽しみにしておいてくれていいぞ」


「……全ッ然楽しみになってこないのは私の気のせいじゃないと思うの」


「ふふっ、景さん。私も同意見ですわ。あの月村さんの表情は、私も覚えがありますから」


 雪城と鈴音から酷いいわれをしてしまう。別に悪いことではないだろうに。


「というか、むしろ配信の反応について気にしておいたほうがいいのは、雪城よりも鈴音たちのほうじゃないか?」


「……へ?」


 元々人気商売をしていた上に、そもそもファンとの距離感がそれなりに確保されている雪城とは違って。最近でこそ雪城の配信に協力を摺ることがしばしばあったとはいえ、鈴音や小夜はただの冒険者だし。なんならば、元はといえば――、


「あっ」


 サァ、と。その顔から血の気が引いていく鈴音。どうやら、少し前のことを思い出したらしい。


「ははっ。他人の無駄な憂いを気にかける前にするべきことがあったようだね、鈴音ちゃん」


 ケラケラと笑いながらに影千代が言う。

 だから、もう少し言い方というものをだな。……いやまあ、影千代に言ったところでこいつが治すわけもないんだが。

Tips:《魔装《フォームチェンジ》:あいしくる☆ぱにっしゃー》

 空羽の協力の元、景もといスノーホワイトのために設計された魔装。

 氷の大槌を造形するというスキルであり、氷でありながらにその強靭さは鉄をも凌ぐ。

 なお、命名は景。支樹から(厳密には空羽からの伝言)いくつか名前の提案はあったが、戦い方がゴツくなるから、せめて名前だけでも、という抵抗でこの名前になった。

 視聴者は、最初困惑したが。さすがは歴戦の猛者《リスナー》、ちょっとしたら受け入れた。




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