#101
こんにちは。私、星宮 鈴音。
つい先日にCランクの――つまり、ついに駆け出しを卒業して一端と呼んでも差し支えのない――冒険者になりました。
それからというもの、いろいろと。本当に、こう、いろいろとありまして。ダンジョン配信をしたり、大侵攻に巻き込まれたり。
まあ、いろいろとありはしましたが。陽鞠さんや千癒。月村さんに、海未さん率いる《海月の宿》の皆様。そして、新しいお友達の景さんたちの協力もあって、なんとか乗り越えることができて。
そして、今。
「……ええっと、なにがどうなってるんだ」
大侵攻が終息した高輪ダンジョン。その元凶である災害級を討伐しに行っていた月村さんと海未さん。
おふたかたと合流をするなり。理解できないとでも言いたげな表情を浮かべながらに、月村さんがそうつぶやかれます。
おふたりの視線は私たち――より正確には、陽鞠さんのその少し手前に差し向けられていて。
「やあ、さっきぶりだね。支樹、海未。まあ、なにがどうなってるのか、という君たちの質問については、目の前に起こっている事実がそのまま答えだ、ということになるだろうね」
飄々とした言葉で答える女性。その口調や声音からは、余裕そうな感じが伺えます。
……状況とは、裏腹に。
「つまり。捕まっている、という認識で正しいんだな」
「うん、そのとおりだね」
彼女――影千代さんの両腕は、陽鞠さんによって後ろ手の状態でがっしりと掴まれている。
経緯については、いろいろとありましたが。ひとまず、状況として言えるのは、私たちは影千代さんを捕まえた、ということを
意図的に大侵攻を引き起こすことができ。
魔物と化することができる固有スキル《獣化》を陽鞠さんが持つことになった原因であり。
人間の魔物化の技術。そして、それとは対照的に魔物の、魔力の存在否定を可能にする技術の。その両方を有している。
月村さんと海未さんのかつての協力者である、研究者――水瀬 影千代さんを。
「いやはやしかし。支樹ったら。私なんかを捕まえてなにをするつもりなのか。それともナニでもするつもりなのか」
なぜか同じような文章を繰り返した影千代さん。微妙にニュアンスが違ったような気がするそれに私が首を傾げていると、月村さんは冷ややかな目線で影千代さんのことを見られます。
「ちなみに。そういうことは初めてだから、優しくしてくれると助かるよ」
「お前、面白がって言ってるだろ」
「ははっ、ああそのとおりだ。なんせ反応が面白いからねぇ。それに、ここで抵抗したところで未来が変わらないのだから、せっかくならば楽しいほうがいいだろう?」
ケラケラと笑いながらにそう言ってみせる影千代さん。
そんな彼女に、月村さんは呆れたような様子で小さくため息をもらす。
「とりあえず、高輪ダンジョンから出る。下手な抵抗はするなよ」
「おお怖い怖い。もちろんするつもりはないから安心してくれていいよ」
はははっ、と。影千代さんは、軽い笑い声とともにそう言った。
* * *
「えっ、協会か警察に突き出さないの?」
俺の下した判断。もとい、到着した場所に。小夜が首を傾げる。
「ここが《海月の宿》のギルドハウスかぁ。さすがはトップランカーなだけはあって、すっごい」
そんな小夜の少し後ろでは物珍しいものを見るような表情でキョロキョロと周りを見回す雪城。
その隣では「そうでしょうそうでしょう!」と、なぜか鈴音がとても嬉しそうに胸を張っていた。
敷地面積とか建屋の豪奢さとかでは、星宮邸の勝ちだとは思うんだが。……って、今そこは本旨ではない。
「ここに来るまでの間にも説明はしただろう?」
「影千代はしっかりと監視をしておく必要がある、って話でしょう? それについては言われずともわかってるわよ。私が聞きたいのは、連れてきたのがなんで冒険者協会や警察なんかじゃなくて《海月の宿》のギルドハウスなのか、ってこと!」
フシャーッ! と、威嚇する猫さながらの勢いで問い詰めてくる小夜。いや、彼女なら狼のほうが適してるのか?
ともかく、彼女の疑問の正体はわかった。
影千代のことを監視する上で、もっと良い環境や機関があるのではないか、ということだ。
「たしかに、影千代の行ったことはよくないことだ。社会通念や倫理に照らして判断するならば、赦されざる行為と言って差し支えない」
「なら――」
「ただ。正直なところ、こいつが行った行為はあまりにも規格外過ぎるんだ」
「……へ?」
俺の言葉に、小夜が気の抜けた声をもらす。
たとえば、大侵攻の誘発。
彼女が行った行為の中でも特筆して被害が大きい事象ではある一方で。もとより、大侵攻は起きてしまうものであり、引き起こせるだなんて誰も思っていなかった。
詰まるところが、大侵攻の誘発に関して、それを罰する法律は現状存在しない。というか、想定していない。
「魔物による間接的な傷害……とかじゃだめなの?」
「まあ、実際のところ。こじつける方法がないわけではないが。それをやるにしても第二の問題がある」
魔物による間接的な傷害という罪状を突きつけるとして。では、その証拠をどうするのか。
いわゆるトレイン行為による魔物押し付けなどで採用されることがあるこの罪状は、魔物を牽引していた人物、という。トレイン行為の犯人が明確だという特徴がある。
その一方で、影千代の行っている大侵攻の誘発は、実際にその現場に立ち会いでもした人物でもなければ、彼女が犯人であるという証拠を示すことができない。
なんならば、影千代自身が手を下していないことのほうがほとんどだろうとも推測できる。根拠は、小夜の一件。
「小夜が渋谷マルハチで魔物化したとき。たしかに、大侵攻が発生しかかっていた。つまり――」
「私がそうであったように。大侵攻誘発のきっかけは、影千代じゃない別の人物」
そしてその人物は、小夜がフェンリルによって喰われそうになっていたように。おそらくは、発生した魔物によって摂食されている。
「なら、殺人で――」
「それこそ無理筋だ。元々、ダンジョンという危険な環境である都合、死人や行方不明者出ること自体は珍しくない。加えて、協会をとおしていないグレーな依頼だ。足取りを辿るのは困難だし、この影千代がそのあたり対策していないわけもない」
固有スキルの《悪戯妖精》があれば、その手の小細工は容易いだろう。
つまり、ただの殉職として処理されてしまう。
「じゃあ、影千代は罪には問えないってこと?」
「極めてグレーゾーンを突き続けてはいるが、現行の冒険者法ではそうなる」
まあ、影千代自身。その範囲でやっていた、というのも事実だろう。
「だから警察には突き出せない。……まあ、実際のところは突き出せる罪状があったとしても、しないがな」
「へ?」
警察には突き出す理由がないのは先述したとおり。だが、そういう意味では、実は冒険者協会で監視する、ということ自体は可能な話ではある。
もちろん、罪が成立しないために捕縛する道理などがないのは警察と同じではあるし。彼女の行いを公表してしまうと極めて甚大な混乱を招きかねないために大々的に動くことができないというのは事実だ。
しかし、その一方で。ある程度の事情を把握している協会の一部――俺や《海月の宿》の知り合いである協会職員の人たちに協力を仰げば。少々不正気味にはなるが、無理矢理に裏で彼女を監視することもできなくはない。
嫌な話だが、それくらいには《海月の宿》は冒険者協会と関わりが深いし。同時に、彼らにとっても影千代の存在は頭が痛い話だからだ。
しかし、それをしないのは。不正を行うことに対するリスクももちろんあるが。それ以上に。
「協会や警察じゃ、私に逃げられておしまい、ってのがオチだろうしね」
「自分で言うのか」
ケラケラと笑いながらに影千代が一瞬会話に混じってくる。
そのまま彼女はふらふらっと歩きながらギルドハウスの中に入って行って、後ろから追いかけていくようにして、その隣に海未が並ぶ。
「いやあ、それにしても。ここに来るのも久しぶりだね。私がいたときに比べて随分と大きくなったものだな」
「まあ、影千代ちゃんがいたときって私と支樹のふたりでタッグを組んでたときだから、本当にどれだけ前の話ーってレベルだしねぇ」
などと、昔を懐かしむ様な会話をして――、
「いや、あれ! というか、あれでいいんですか!?」
「あれ、とは?」
ビシッ、と。指で示す陽鞠。その先にいるのは、もちろん影千代。
自由に歩き回り、いろいろと見て回っている彼女。
「百歩譲って、《海月の宿》で面倒を見ざるを得ない理由はわかった。でも。いや、だからこそ――」
彼女は視線の先にいる影千代の状態を、見て。
「なんで、監視対象に対して。拘束のひとつもしていないの!?」
そう。自由に歩き回っているし、あちこちを見て回っているのはなにも比喩ではなく。本当にそれが可能――監視対象、かつ、超危険人物ではあるものの。影千代は捕縛もされていなければ拘束具のひとつもつけられていない。
「まあ、必要ないからな」
「必要ないわけなくない!?」
普通の思考で考えるならば、真っ当なのは小夜だ。
だが、相手は水瀬 影千代。頭もイカれていれば能力もイカれている相手だ。真っ当に考えるだけ無駄。
「安心しろ。影千代は捕まえておけないし。それから」
「私のことは捕まえておく必要がない、でしょ?」
「お前。さっきもそうだったが、なんで自分で言うんだよ」
いつの間にかやってきていた影千代がそう乱入をする。
「そもそも捕まえておけないってのは、協会や警察なんかに任せておけないのと同じ理由。コイツの固有スキル《悪戯妖精》の能力があれば牢屋破りくらいなんてことはないからだ」
そもそも。俺や海未ですら捕縛が困難な相手なのだ。それくらい訳ないのは想像に難くない。
いちおう、魔力封じの腕輪をつけさせることで《悪戯妖精》を封じる、という手立てもなくはないが。魔力封じの腕輪でも完全に魔力は堰き止められない。少しずつ《悪戯妖精》を使っていかれて、腕輪の拘束から脱するのは目に見えている。
「でも、だからといって」
小夜の言う言葉の気持ちもわかる。でも、拘束が不可能、と同時に。先刻に影千代が自称していたように。
「拘束が不要なんだ。そもそも、こいつは今、逃げようとしていない。ついでに言うと逃げられない」
鈴音たちによって影千代が捕まっていたあの瞬間。影千代は、彼女らの拘束から抜けること自体は容易だった。
なんせ、魔力が封じられているわけでもなく。影千代の身体に働いているのは後ろ手の両腕を掴んでくる小夜の力だけ。
これだけならば《悪戯妖精》でいとも容易く切り抜けられる。
「そうしなかったのは、逃げても無駄だったから」
影千代の《悪戯妖精》にとって、天敵である雪城の《お助け☆アイちゃん》。
曰く、配信のカメラに対して視界共有をすることで立体的かつ臨場感がありつつも完璧なカメラワークを叶えるという、なんとも彼女らしい使われ方をしてきた固有スキルは、その経歴もあってか習熟度は相当に高く。影千代が自身の存在を歪ませたとしても、強引な追跡を可能にした。
「無限に鬼ごっこをしてもよかったといえばよかったんだけどね。そうすると、研究できないじゃん? なら、大人しく支樹たちのところにいたほうが合理的でしょう?」
「ほんと、なんていうか」
相変わらず、変わってないな、と。
かつての協力者の、あまりにもバッサリとしたその思考に。思わず、小さく息をもらした。
Tips:星宮 鈴音
自称一端の冒険者。Cランク冒険者になれたことで。やっと、一人前の仲間入りができたと思っている。
なお、先の大侵攻では前線にて白兵指揮を執りながら、自身も、陽鞠や千癒と協力しながらではあるが(大侵攻で凶暴化している)討伐指定B級を含む大群をなぎ倒している。
お前のような冒険者が一端でたまるか。
よろしければ、感想やリアクション、ブックマークや評価などで応援していただけますと嬉しいです!




