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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
325/507

65-4

 イオの部屋の中でも爆音は聞こえ、地面が揺れた。

 音の出処を詳しくは知らないが、どんな状況で起こった音なのかは知っている。提案したのは亜莉香であり、ヒナがそれに適当に手を加えた。


 少しでもリーヴル家の敷地の中から人を減らそうと、結界の外で大爆発のようなもの。

 持って来た煙幕を全てヒナに預けたので、相当の煙が空高く舞い上がっているはずだ。実際の被害は少ないはずで、あくまで囮として下準備を頼んだ。

 予想外に大きな音で地面が揺れたと思いながら、亜莉香は呑気に言う。


「凄く揺れましたね」

「あら、派手な囮が必要だと貴女も言ったじゃない。人が近づかないように精霊達は置いてきたし、後は適当に人が集まってくれるでしょ」

「煙幕をすべて使ったのか?」

「筒を持ち歩くのは面倒で」


 えへへ、と亜莉香がわざとらしく言えば、ピヴワヌが呆れた。


「他にも使い道があったかもしれんのに」

「ですが、今日中に決着をつける決意を込めて、使い切っても良いかと。それに数人なら、睡眠薬や身体が痺れる薬、唐辛子入りの液体で対処します」


 自信満々な亜莉香は、帯を軽く叩いた。

 ピヴワヌが見下ろせば、すぐに取り出せるように帯の中に綺麗に一列に並んでいる。その小瓶が六つもあって、肩の上のピヴワヌは力を抜く。


「間違って魔法薬を使うなよ?」

「そんな間抜けはしません。そろそろイオちゃんの支度、終わりますかね?」


 話題を逸らすと、入口の扉に背を預けていたヒナが組んでいた腕を解いた。

 何事か問う前に、亜莉香に向けて、人差し指を口元に当てて見せる。ヒナの真似をして、亜莉香も扉に耳を当て、外の様子を伺った。


 誰かが倒れている男性二人に気付いた。

 建物の外で扉を開けようとする声もするが、鍵は中から閉めた。ついでに精霊の姿も借りて、隙間を無くしてしまった。扉越しに声は聞こえるが中には決して入れず、亜莉香達も扉からは出られない。


 耳を澄ませると誰かが人を呼びに行き、段々と人が集まって来た。

 そろそろ移動したいと思えば、支度を終えたイオは戻って来た。


 支度を手伝ったヨルとフミエも一緒だ。重たい着物を脱ぎ捨て、身軽になったイオの表情は明るい。髪飾りは変わらない。結い上げていた紅色の髪は一度解き、高い位置で一つに結び直した。若草色の着物の袖に黄金で縁取られた花が咲き、黒みのある青緑である、海松色の袴を穿く。


 先程までは袴姿ではなかったフミエも、袴を穿いていた。

 寒さを凌ぐために羽織っていた、黄色の福寿草が大きく描かれた深い紫に袖を通して、青みがかった濃い灰色である鈍色の袴姿。多少厚着になったが動きやすそうだ。

 とてもよく似合う二人を見て亜莉香が微笑めば、目が合ったイオは言う。


「お待たせしました」

「全然待っていないので、大丈夫ですよ。因みに先程の揺れは私達の仕業ですので、お気になさらずに。少々、結界の外を騒がしくしただけですので」


 少々を強調してみたものの、それなりの被害が出ていないか気になった。ヒナに任せて人への被害はないと信じられるが、それ以外の被害はないとは言えない。

 先手を打ったにも関わらず、ヨルには不審な眼差し向けられた。


「少々の割に、やりすぎのような音が――」

「おい、イオ。それで隠し通路への道は、この畳だったか?」

「いえ。そちらではなく、右隣の畳です」


 話を遮ったピヴワヌは亜莉香の肩から飛び降り、部屋の中心近くまで行った。イオが駆け寄り、兎であるピヴワヌの姿を盗み見る。その瞳が輝き、可愛いと物語っていた。


 ヨルも手伝い、畳の一枚を取る。

 地下へと続く階段が現れ、精霊達の一部が我先にと中に入った。残りの精霊は亜莉香やヒナ、フミエやイオの肩や頭より、ヨルの頭の上にいる精霊が多い。この部屋の中では誰よりも精霊に好かれているのだと思い、亜莉香は笑いそうになるのを耐える。

 ヨルが動くたびに、精霊達も移動した。最初は王冠、次は兎の耳など、精霊達の場所取りが行われる。居場所を主張したかと思えば譲り合い、皆で仲良く何かを作った。ヨルの名前を連呼しても反応されることはないが、それでも満足そうに模様を作って遊ぶ。

 ピヴワヌに睨まれて、精霊達はヨルの背中に隠れた。

 精霊が見ているはずのイオが笑みを浮かべて、亜莉香の名前を呼んだ。


「アリカさん。ここから、ルカやルイのいる部屋の近くまで行けます。靴のままで構いませんので、そのままお上がりください」

「分かりました」


 答えつつも、靴のまま畳の上に上がるのは気が引ける。

 置いてあったフミエとヨルの靴を持とうとしたが、無理だった。フミエが急いで取りに来て、ヒナは堂々と畳に足を踏み出す。

 立ち止まっていても仕方がないので、亜莉香も後に続いた。


 イオの後ろに立ち、覗き込んだ地下へと続く階段は見覚えがある。リーヴル家の敷地に入るために通った石段と同じに見えて、中で迷子になれば、きっと亜莉香は出られない。


「俺とフミエ、ヒナはルイの所へ行き、その後にキヨ兄様を探す。アリカとピヴワヌ、イオはルカの所へ行き、その後に先代巫女に会いに行く、でいいんだな?」


 確認を込めたヨルがしゃがんだまま振り返り、亜莉香は頷いた。


「はい。ルイさんに協力の意思がなければ、忠告だけお願いします」

「忠告の前に顔面に一発お見舞いしても良いぞ」

「分かった」


 ピヴワヌの言葉に、ヨルが真面目に返して不安になった。先代巫女が普段いる部屋が離れに近いとは言え、ルカとルイの救出を逆にしたくなる。出会って早々に兄弟喧嘩をしないように祈るのは亜莉香だけで、イオは笑って言う。


「その一発をお見舞いするのに躊躇したら、反撃を食らっちゃうからね」

「分かっているさ。あいつ、俺に対して加減を知らないからな」

「儂相手の時でさえ、本気を出していたな」


 驚いたヨルとイオの声が重なり、話がずれた。ガランスでふざけ半分で戦ったことを、二人の間に挟まれたピヴワヌは得意げに語る。


 話がずれて、不意に話に加わらないフミエが目に留まる。

 亜莉香の隣に立ち、緊張した面立ちをしていた。

 本家の人間であるヨルやイオとは、立場も持っている力も違う。リーヴル家の人間の一人とは言え、魔法を使うことはほとんどない。自ら選んで、この場に来たとも言い難く、強引に巻き込んだ負い目を感じた。

 何か渡せるものを考え、亜莉香は睡眠薬と手鏡を差し出す。


「フミエさん。この二つ、お貸しします」

「でも…それはアリカさんのものですよね?」

「はい。ですが何も持っていないよりは、不安が消えると思います。小瓶の中は睡眠薬で、もう一つは手鏡です」


 気休めではあるがと思いながら、二つをフミエに押し付けた。


「ルグトリスには効きませんが、人相手なら有効です。手鏡は普通の鏡で役に立たないかもしれませんが、持っていて下さい。私には他にも武器がありますので。フミエさんには必要のない物ですが、持っていてくれると私が安心します。預かってくれませんか?」


 迷う瞳を覗き込んだ亜莉香に、フミエは少し考えた。

 それから頷き、受け取った二つを大事そうに抱える。


「分かりました。お預かりします」

「よろしくお願いします」


 緊張は解けないが安堵の混じった顔を見て、亜莉香も安心して笑みを零す。

 いそいそと手鏡と小瓶を片付けるフミエを横目に、目の前の三人に視線を戻した。いつまでもピヴワヌに話を続けさせるわけにはいかない。傍に居るヒナが何も言わないのは精霊に指示を出しているからで、腕を組んだ状態で時折会話が聞こえた。

 偵察に行かせた精霊の誰もいないとの報告を聞き、亜莉香は息を吸う。


「皆さん、準備はいいですか?」

「ああ、俺はいつでもいい」

「私も大丈夫です。何が起こっても自分の身は自分で守れますし、精霊様も一緒なら怖いものなどありません」


 頼もしいヨルとイオが振り返り、ピヴワヌは立ち上がって仁王立ちをした。


「安心しろ。儂がいれば、どんな相手でも敵ではない。何か起こっても、二人ぐらいなら儂の背に乗って逃げられる」


 台詞は堂々としても、兎の後ろ姿では小さく可愛らしい。


「その姿で言われても説得力がないわね」

「何!?」

「先に行くわ」


 亜莉香の気持ちを代弁したヒナが、誰よりも先に石段に足を踏み入れた。

 ずっと奥まで続く階段に、仄かな明かりが灯る。途中までの道は同じだ。ヨルがフミエに手を差し出したので、ヒナと行動を共にする二人を先に行かせた。


 イオが続いて、定位置である肩の上にピヴワヌが戻った亜莉香も踏み出す。

 動かした畳は元に戻した。例え誰かが部屋に入っても、そこには誰もいない。五人と一匹、ちぐはぐな面子が揃って進むべき道は暗いけど、恐怖はない。


 道を照らし続ける光があって、灯籠の光を瞳に宿した亜莉香は前に進んだ。

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