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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
326/507

65-5

 ルカがいるはずの離れに、人の気配はなかった。

 外から見える縁側だけではなく、障子の奥に人影もない。話し声もなければ、物音一つしない離れは静かで、屋根に降り積もった雪が落ちた音が響いた。


「…誰もいないですよね?」

「そのようだな。今朝はここにいたはずなのだが――」


 草木の影から頭を覗かせた亜莉香の肩で、ピヴワヌは声を潜めて言う。


「今は誰もいない。気配を追うにも、屋敷の中に入ってから気配が上手く読めん」

「それはおそらく、この屋敷の中に幾重もの結界があるせいですね」


 ピヴワヌの文句に言葉を添え、イオは亜莉香の横で同じように離れを眺めた。


「屋敷の結界を弱められるか?」

「いえ、歴代の巫女の結界ですので…」

「それなら仕方あるまい。少しだけ近くを見て来る。儂は少し離れるが、くれぐれも、儂に何も言わずに遠くに行くな」


 念を押したピヴワヌが肩から飛び降りて、亜莉香を振り返った。

 しっかり頷いたのを確認してから、精霊達にも目配せする。軽い返事を受け取って、兎が跳ねれば姿が消えた。すぐに戻って来るだろうとしゃがめば、イオは亜莉香の顔色を伺ってから膝を抱えて話し出す。


「アリカさん。その…ルイやルカの件では、本当に申し訳ありませんでした」

「え?」

「私に力があれば、闇の魔法にかからないように二人を護れたのに。護人であるアリカさんの力になれたはずなのに。こんな結果になって、リーヴル家の問題に巻き込む形になってしまって――ごめんなさい」


 段々と小さくなって、両手で着物を握るイオは顔を伏せた。

 離れに来るまでに簡単に説明した時から、何か言いたそうだったことを今更ながら思い出す。ピヴワヌがいれば軽く話を受け流して、さっさと話題を変えるかもしれない。それが出来れば苦労せず、何も言わないイオを見つめて考える。


 イオは小さな身体で色んなものを背負っている。亜莉香より年下なのに、リーヴル家の巫女として過ごして、必死になっているように見えた。

 謝罪の必要はないと言い逃して、亜莉香は微笑み口を開く。


「私の件で、イオちゃんが何かを背負うことはありませんよ?」

「ですが――」

「私を忘れてしまったのは、二人だけではありませんでしたから。ガランスにいた人達の大半は私を忘れたけど、この土地の人達は覚えていてくれました。フミエさんやヨルさん、イオちゃんに会えて、私は心の底から嬉しかったのです」


 空を見上げて、吐いた息は白かった。

 瞳を閉じれば、いつだって大切な人の顔を思い出せる。薄暗い空の下でも、周りが雪で寒くても、一人じゃないと思える気持ちが心を支える。


「悲しくなかったと言えば、それは嘘になります。凄く悲しかったけれど、こんな事態になったからこそ得られたものもありました」


 予想外だったけど、と内心付け加えてヒナを想った。

 会うたびに距離が縮まっていると感じているのは、亜莉香だけの勘違いかもしれない。本人に言えば否定されるだろうが、勝手に仲良くなったと解釈しておく。


 ヒナだけじゃない。ヨルやフミエ、イオだって、こんな状況だからこそ、協力して行動を共にしている。領主の家で出会ったカリンも、力を貸してくれる精霊達もいて、今まで築けなかった繋がりが生まれた。

 それは無駄ではないと、胸を張って言える。


「過ぎた時間は無駄ではありません。例え、苦しくて悲しかった時間があったとしても、今はただ、過去に囚われずに前に進みます。護人なんて関係ないのです。私は自分で進む道を選んで――過去を否定しません」


 はっきりと言い切れば、驚きが混じった小さな声がした。


「アリカさんは強いのですね。羨ましいです」

「強くないですよ。強くありたいと、思っているだけです」


 話を締め括るように、言い笑みを向けた。ぎこちなくもイオの表情が柔らかくなる。少しだけ巫女ではなく、子供らしいイオを見た気がした。

 さて、と明るく言い、亜莉香は話題を変える。


「イオちゃん。お尋ねしたいことがあったのですが、鍵を何かお持ちですか?」

「鍵ですか?」

「はい。何か、代々受け継ぐ物などをお持ちでしたら、見せて欲しいのです」


 イオは少し考え、瞳を伏せたかと思うと、首を横に振った。


「私が知る限り、巫女が代々受け継ぐ物はありません。先々代様から鍵の話を伺ったことはありませんし、そのような物を持っている姿すら見たことがありません」

「先代の巫女が持っている可能性はありますか?」

「お探しの鍵が普通の鍵ではないのなら、持っていないと思います」


 イオの言葉には自信があった。


「やっぱり鍵は不確かな存在ですよね」

「…え?」

「あ、何でもないです。こっちの話です…そろそろピヴワヌが帰って来るでしょうか?」


 思わず零れた本音を濁しつつ、亜莉香は辺りを見渡した。離れに人がいないのをいいことに、お喋りをし過ぎた。これ以上の質問をしても、知りたい情報は得られない。


 心の中でピヴワヌに呼びかければ、後ろで赤い光を感じた。振り返れば光は集まり、瞬く間に兎の形に変わってピヴワヌは雪の上に着地する。


「おかえりなさい」

「帰ったぞ。離れの近くに人はいない。屋敷の方が騒々しくて、ちと時間がかかったな」


 疲れたと言わんばかりに頭を回す仕草をしてから、顔を上げるとイオを見た。


「巫女にとって、良い話と悪い話が混ざった事実がある。聞きたくないなら、耳を塞げ。話を聞いて、取り乱されては困るからな。覚悟がなくても、耳を塞ぐのが良いだろう」


 優しく言い聞かせたピヴワヌに、イオは姿勢を正して向き直る。


「お話しください。私は何を聞いても受け止めます」

「…そうか」


 深呼吸したピヴワヌが亜莉香に目を配ったので、頷き返した。

 話して欲しいという気持ちは伝わったはずだ。事実はイオにとって重要な内容であり、ピヴワヌの真っ直ぐな眼差しは亜莉香を見ない。


「この土地の結界は複雑だな。屋敷の人間が既に色々と動いているとは言え、風通しの悪い土地だ。精霊共に情報を集めに行かせても、自分で行った方が早い」


 長い前置きに、イオが小さく相槌を打った。

 その先を聞くのは恐ろしくもあるが、聞かずにはいられない。何も言わない亜莉香は黙り、耳を傾けて続きを待つ。

 一度は閉じた重たい口を、ピヴワヌは再び開いた。


「巫女の両親、いや現当主とその妻、及びに数名の血が流れた」

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