65-1
薄暗い洞窟の中を進み、石で出来た扉の前で立ち止まった。
洞窟の終点である場所は、よく見れば何の変哲もない場所である。目立った印やあからさまな扉があるわけじゃない。扉と言われれば納得はする石があるだけ。
以前に来た時は、まさかもう一度足を踏み入れるとは思っていなかった。先頭にいたヨルが魔法で手のひらに焔を宿し、その傍らにいるフミエは微かな音がする度に驚く。その後ろに亜莉香とピヴワヌが続き、最後尾のヒナは自分で用意した蝋燭に火を灯して付いて来た。
扉の前に到着するまでは、誰も何も言わなかった。右手の焔を消し、石の扉に触れてからヨルは振り返り、ヒナに訊ねる。
「本当に、リーヴル家の魔力を持っているんだな?」
「ええ。そこは信用して貰って結構よ」
微笑みながら、ヒナは優雅に前に出た。
歩きながら持っていた蝋燭立てを亜莉香に手渡して、フミエの隣に移動して胸元から扇を取り出す。白い扇の色が変わって、深い赤に染まった。
やり方が分からないヒナとフミエに、ヨルが言う。
「この扉にリーヴル家の魔力を示せば、鍵が開く。魔力の量は関係ない」
「わ、分かりました」
おそるおそる手を伸ばしたフミエと違い、無言のヒナは軽く石に扇を当てた。
深い赤の扇に、金で縁取られた牡丹の花が咲く。赤い光が扇を包んで見えて、扇に現れた牡丹の花は美しくて綺麗だが、扇の変化は亜莉香にしか見えていない。
ヨルもフミエも扇を不思議に思っただけで、大きな反応をしなかった。
扉全体が赤い光を放ち、何かが外れた音がする。
フミエの手を離したヨルは、そのまま扉を押し開ける。ヒナは一歩下がり、扉が開くのを大人しく待った。亜莉香も見ていることにして、扉を開けばヨルが覗き込む。
その先は真っ暗な闇で、何も見えなかった。
ヨルが踏み出せば、明かりが灯る。
床に置いてある灯籠を頼りに、石段を下りて長い廊下を進んだ。地下には誰も居なくて、分かれ道でもヨルの足は止まらない。
最後尾は蝋燭を再び持つヒナがいて、亜莉香より数歩離れている。
先程の一部始終で気になったことを聞くか迷ったのは一瞬で、そそくさと後ろに下がった。並んで隣を歩き、時々話をしながら前を歩くヨルとフミエに聞こえないように、声を落として話しかける。
「ヒナさん、お尋ねしてもいいですか?」
「私の承諾もなく質問するのが貴女でしょ」
遠慮ない言葉が返って来たので、亜莉香は迷わず問う。
「先程は扇を使いましたが、気付かれませんか?」
誰に、を抜かしてしまった。
横目に睨むような視線を向けるヒナには通じて、ため息をつかれる。
「気付かれないわ。だって、魔法は使っていないもの」
「魔法を使えば気付かれる。先程は…魔力を引き出した、とでも言えばいいでしょうか?」
確認を込めて繰り返せば、返事はなかった。けれども間違ってはいない気がする。前を向きながら、真面目な声で質問を続けた。
「その扇には、何人の魔力が入っているのですか?」
「さあ、数えたことはないわ」
「その魔力を、本人に戻すことは可能なのですか?」
立て続けにした質問で、微妙な間が空く。
夢の中で作戦を練る時に、扇の話題はなかった。どうやって闇を宿す先代巫女の動きを封じ、もう一人を見つけ出すか。レイに対して、どのような魔法が有効であり、封印をするか。色々と話し合いはしたが、ヒナの扇については何も聞いていない。
答えが返って来ない場合に備えて、似た質問を考える。
黙って待つと、ヒナは重たい口を開いた。
「私は試したことがないわ。本来の主に返すことは不可能ではないはずよ。一部の記憶のおまけ付きで、本人に戻せるかもしれないけど――私は、やり方を知らない」
私は、を強調されると、亜莉香は聞き返したくなってしまう。
「私なら?」
「機会があったら、試させてあげる」
それ以上言わないのは、雰囲気で悟った。
その機会が来るのか。機会がないなら、作らないといけない。そう思ったのは扇の中にある魔力に気付いたせいで、見覚えのあった赤い光のせいだ。
見間違えるはずがない。
赤い光は沢山見てきたが、光の中に黄金色が混じっていた人は一人しか知らない。その魔力が本人に戻るなら、それは切り札になる気がする。
「どんな魔法であれ、魔力を奪うのは間違っている」
亜莉香の肩で、ヒナとの間に挟まれていたピヴワヌが苦々しく言った。
「魔力は命と同等のものだ。魔力を奪われれば、命を失うこともある。小娘の持っている扇は魔道具などではなく、呪われた代物だ。いずれ、その代償を支払うことになるぞ」
「ご忠告なら受け付けないわ」
颯爽と歩くヒナが一歩前を行き、亜莉香を置いて行った。
扇を手放すつもりはない。ピヴワヌが真っ白な髪が揺れる背中を睨み続けた。魔力を戻せるか試させてくれるかどうかは、これからの状況で変わる。どれだけの人の魔力を宿した扇なのか。どれだけ亜莉香が頭を捻っても、答えは出なかった。




