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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
322/507

65-1

 薄暗い洞窟の中を進み、石で出来た扉の前で立ち止まった。

 洞窟の終点である場所は、よく見れば何の変哲もない場所である。目立った印やあからさまな扉があるわけじゃない。扉と言われれば納得はする石があるだけ。


 以前に来た時は、まさかもう一度足を踏み入れるとは思っていなかった。先頭にいたヨルが魔法で手のひらに焔を宿し、その傍らにいるフミエは微かな音がする度に驚く。その後ろに亜莉香とピヴワヌが続き、最後尾のヒナは自分で用意した蝋燭に火を灯して付いて来た。


 扉の前に到着するまでは、誰も何も言わなかった。右手の焔を消し、石の扉に触れてからヨルは振り返り、ヒナに訊ねる。


「本当に、リーヴル家の魔力を持っているんだな?」

「ええ。そこは信用して貰って結構よ」


 微笑みながら、ヒナは優雅に前に出た。

 歩きながら持っていた蝋燭立てを亜莉香に手渡して、フミエの隣に移動して胸元から扇を取り出す。白い扇の色が変わって、深い赤に染まった。

 やり方が分からないヒナとフミエに、ヨルが言う。


「この扉にリーヴル家の魔力を示せば、鍵が開く。魔力の量は関係ない」

「わ、分かりました」


 おそるおそる手を伸ばしたフミエと違い、無言のヒナは軽く石に扇を当てた。

 深い赤の扇に、金で縁取られた牡丹の花が咲く。赤い光が扇を包んで見えて、扇に現れた牡丹の花は美しくて綺麗だが、扇の変化は亜莉香にしか見えていない。

 ヨルもフミエも扇を不思議に思っただけで、大きな反応をしなかった。


 扉全体が赤い光を放ち、何かが外れた音がする。

 フミエの手を離したヨルは、そのまま扉を押し開ける。ヒナは一歩下がり、扉が開くのを大人しく待った。亜莉香も見ていることにして、扉を開けばヨルが覗き込む。


 その先は真っ暗な闇で、何も見えなかった。

 ヨルが踏み出せば、明かりが灯る。


 床に置いてある灯籠を頼りに、石段を下りて長い廊下を進んだ。地下には誰も居なくて、分かれ道でもヨルの足は止まらない。

 最後尾は蝋燭を再び持つヒナがいて、亜莉香より数歩離れている。

 先程の一部始終で気になったことを聞くか迷ったのは一瞬で、そそくさと後ろに下がった。並んで隣を歩き、時々話をしながら前を歩くヨルとフミエに聞こえないように、声を落として話しかける。


「ヒナさん、お尋ねしてもいいですか?」

「私の承諾もなく質問するのが貴女でしょ」


 遠慮ない言葉が返って来たので、亜莉香は迷わず問う。


「先程は扇を使いましたが、気付かれませんか?」


 誰に、を抜かしてしまった。

 横目に睨むような視線を向けるヒナには通じて、ため息をつかれる。


「気付かれないわ。だって、魔法は使っていないもの」

「魔法を使えば気付かれる。先程は…魔力を引き出した、とでも言えばいいでしょうか?」


 確認を込めて繰り返せば、返事はなかった。けれども間違ってはいない気がする。前を向きながら、真面目な声で質問を続けた。


「その扇には、何人の魔力が入っているのですか?」

「さあ、数えたことはないわ」

「その魔力を、本人に戻すことは可能なのですか?」


 立て続けにした質問で、微妙な間が空く。

 夢の中で作戦を練る時に、扇の話題はなかった。どうやって闇を宿す先代巫女の動きを封じ、もう一人を見つけ出すか。レイに対して、どのような魔法が有効であり、封印をするか。色々と話し合いはしたが、ヒナの扇については何も聞いていない。


 答えが返って来ない場合に備えて、似た質問を考える。

 黙って待つと、ヒナは重たい口を開いた。


「私は試したことがないわ。本来の主に返すことは不可能ではないはずよ。一部の記憶のおまけ付きで、本人に戻せるかもしれないけど――私は、やり方を知らない」


 私は、を強調されると、亜莉香は聞き返したくなってしまう。


「私なら?」

「機会があったら、試させてあげる」


 それ以上言わないのは、雰囲気で悟った。

 その機会が来るのか。機会がないなら、作らないといけない。そう思ったのは扇の中にある魔力に気付いたせいで、見覚えのあった赤い光のせいだ。


 見間違えるはずがない。

 赤い光は沢山見てきたが、光の中に黄金色が混じっていた人は一人しか知らない。その魔力が本人に戻るなら、それは切り札になる気がする。


「どんな魔法であれ、魔力を奪うのは間違っている」


 亜莉香の肩で、ヒナとの間に挟まれていたピヴワヌが苦々しく言った。


「魔力は命と同等のものだ。魔力を奪われれば、命を失うこともある。小娘の持っている扇は魔道具などではなく、呪われた代物だ。いずれ、その代償を支払うことになるぞ」

「ご忠告なら受け付けないわ」


 颯爽と歩くヒナが一歩前を行き、亜莉香を置いて行った。

 扇を手放すつもりはない。ピヴワヌが真っ白な髪が揺れる背中を睨み続けた。魔力を戻せるか試させてくれるかどうかは、これからの状況で変わる。どれだけの人の魔力を宿した扇なのか。どれだけ亜莉香が頭を捻っても、答えは出なかった。

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