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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
321/507

64-6

 林の中を進む亜莉香の足は軽く、頭から被っている黒い着物が揺れた。

 袖は通していない。肩の上には兎の姿のピヴワヌがいて、周りの気配に気を配る。誰にも会わないように、精霊にすら見つからないように、目指した場所は林の奥。


 大きな石が並ぶ崖の下に辿り着き、後ろに付いて来た二人を振り返った。

 フミエは不安げな表情で、途中で目的地を察したヨルと手を繋いでいた。


「…休みますか?」

「おい、その前に説明しろ」


 苛立ちを隠さずヨルが言い、亜莉香は二人に向き直った。

 ヒナとの約束の時間まで、老夫婦とお茶を楽しんだ。時間が迫って強引に外へ連れ出した二人に、何も説明していない。どこから話そうか呑気に考えると、ピヴワヌが口を開く。


「今から、リーヴル家の敷地に侵入するぞ」

「は?」

「…え?」

「中でルイさんとルカさんが、身動きの取れない状況になっています。私はイオちゃんに会わなくてはいけなくて、他にもやらなくてはいけないことがあります。お二人には、今から一緒に中に入って、私に協力して欲しいのです」


 手短に用件を伝えて、並んでいた石の一つに手を伸ばす。


「二人にご協力して頂けると、とても助かります。この道以外だと、正面突破をするしか知りません。ここなら、敷地に入る道がありますよね?」


 亜莉香が問いかけたのはヨルで、渋い顔になった。

 見つめているフミエに、一瞬だけ目を配って話し出す。


「その道は、確かに敷地に繋がっている。けど、俺とフミエの魔力二人分だけだと、鍵が開かない。道は開かない」

「もう一人は、これから合流します。その人と約束した黄昏の時刻が近かったので、詳しい説明は後で二人を連れて来ました。説明が遅れて、申し訳ありません」


 頭を下げると、ピヴワヌが落ちそうになった。

 思いっきり肩に掴まり、元に戻ると亜莉香の耳に顔を寄せる。


「落とすな」

「まだ落としていません。最近は人の姿が多かったので、久しぶりに言われましたね」

「今回は、この姿の方が隠れやすいだろう。誰にも見つからないように動くなら、お主も魔法で変身出来たら良かったのだ」

「そこまでの魔法は…考えたことがありませんでしたね」


 変身する魔法が使えたら、もっと楽に忍び込めるのだろう。

 こそこそと話す亜莉香とピヴワヌに、ヨルが不審を募らせた。作戦を何も伝えていないが、それはヒナと決めた約束だ。本当はピヴワヌにも言ってないこともある。

 何でもないと笑みを浮かべて、亜莉香は言った。


「もし敷地の中にヨルさん命を狙う人がいたら、私と精霊が力を貸します。フミエさんのことはヨルさんが守ると思いますが、私やヒナさんも頼って下さい」

「ヒナ?」

「これから合流する味方です。ヨルさんは以前、会ったことがあると思うのですが――今は敵ではないので、仲良くして頂けると嬉しいです」


 余計なことを言えば混乱させそうで、笑って誤魔化した。困惑しているフミエは何も言わなかったが、頭を掻いたヨルは言う。


「俺はフミエを巻き込みたくない。今からでも別のリーヴル家の人間を連れて来るから、フミエは家に帰していいか?」

「それも考えたのですが、ヒナさんがそれはやめた方が良いと仰っていました」

「だから、ヒナって誰――」


 最後まで言い終わらずに、崖から狼が飛び降りて黒い着物が舞った。

 亜莉香やヨルより離れて、石から離れた場所に見事に着地する。真っ白な髪は黄昏時でも明るく見えて、惚れ惚れする髪を靡かせ振り返る。


「いつも約束より早いのよ」

「遅れるより、いいと思いませんか?」

「儂は会いたくもなかったな」


 ピヴワヌとヒナが睨み合い、ほぼ同時に視線を逸らした。

 狼から飛び降りたヒナに、フミエは昨日出会った人物だと気付く。咄嗟に腰に付いていた日本刀に手を添えていたヨルは、誰か分かっていない顔で観察する。

 ヒナの傍に少しより、改めて、と亜莉香は紹介した。


「彼女が、私達の味方です」

「会ったこと…あるか?」

「思い出さないなら、それで問題あるまい。おい、小娘。儂が目を離した隙に、我が主に会うな。今度からは儂の許可を取れ」


 偉そうなピヴワヌの言い分を無視して、腕を組んだヒナは亜莉香を見る。


「下準備は終わっているわ。それで、例の入口はどこにあるの?」

「流石に私も覚えていなくて、それはヨルさんに案内して貰おうかと」


 名前を出したヨルを振り返る。警戒を解かないヨルの右手は柄を、左手は鞘を掴んでいた。咄嗟にフミエを背に隠しているのは見事な動きで、亜莉香やヒナの力は必要ないかとも思うが、用心に越したことはない。

 暫しの無言があり、深く息を吐いたヨルは話し出す。


「入口へは案内する。けど、フミエを連れて行く理由を答えてもらいたい」

「と言うことです。ヒナさん」

「先に説明しておきなさいよ。時間が勿体ないじゃない」

「私にも色々と事情があるのです。先にフミエさんを連れて来るように言ったのは、ヒナさんです。提案した本人が説明するべきだと」


 面倒くさいと書いてある顔でため息をつき、ヒナは胸元から扇を取り出した。真っ白な扇を閉じたまま、勢いよくフミエを指せば、その肩が揺れた。


「貴女は巫女の人質になる可能性があるの。手札にならずとも、私達と行動を共にしていた方が安全よ。帰りたいなら引き止めないけど――」


 けど、と言った後に、ヒナの瞳はヨルを映して意地悪く笑う。


「大切な相手なら尚更、その手を離さないことね」

「脅すのは、やめて下さい」

「説明しろと言ったのは、貴女でしょうが」


 思わず口を挟んだ亜莉香に、ヒナは扇で口元を隠してしまう。

 不機嫌ではない。ピヴワヌが舌を出して見せれば、呆れて一歩下がった。近くの石に背を預け、後はお好きにどうぞ、と言わんばかりの態度を取る。


 段々と分かってきたヒナの性格に、慣れつつあるのを亜莉香は感じた。

 人質、と小さく呟いたのはフミエで、顔色が悪くなる。不安にさせるつもりはなかったと思いながら、安心させようと歩み寄った。


「ご安心ください、フミエさん。ヨルさんの傍を離れないように配慮しますし、精霊も傍に居て守ってくれます。万が一、危ない場所に行ってしまっても」


 話の途中で兎を掴み、ぬいぐるみを渡す感覚で手渡そうとする。


「ピヴワヌをお貸しします」


 にっこりと笑った亜莉香の手の中で、とても低い声がした。


「おい、ふざけるな」

「冗談ですよ。でもピヴワヌは私と少し離れても、絶対に傍に戻って来てくれますよね?か弱い女の子を守るのは、とても格好いいですよ?」

「儂は元々格好いいのだ――て、そんな話はしとらんわ!」


 声を荒げたピヴワヌが、意図も容易く亜莉香の手から逃げた。

 呆気に取られたフミエは瞬きを繰り返す。ヨルが笑いを耐えて、右手で口元を隠した。逃げたピヴワヌは毛を逆立て、頬を膨らませて亜莉香を睨む。

 睨まれても兎の姿は可愛いから、腰を下ろして目線を近づけた。


「ピヴワヌ、皆を困らせては駄目ですよ?」

「子供扱いするな!」

「遊んでないで、さっさと行くわよ」


 見ていられないと言わんばかりにヒナが言い、肩に掛けていた黒の着物を着直した。舌打ちしたピヴワヌがわざと勢いよく肩に飛び乗り、身体のバランスが崩れそうになったが、ぎりぎりで留まる。


 向きを変えたピヴワヌを確認してから、亜莉香は笑うのをやめたヨルを見た。

 フミエを家に帰すとは言わない。怯えていたフミエは落ち着いていて、ヨルがその手を取った。しっかりと握った手は離さない。

 笑みを浮かべた亜莉香は立ち上がって、汚れていない着物の裾を払った。

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