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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
320/507

64-5

 ひょっこり覗き込んだ先は調理場で、野菜を切り刻む音が響く。

 男性の後ろ姿があり、一定の間隔と速さの音で野菜を切り、近くに鍋や調理器具が並んでいた。几帳面に整理された棚には皿が並び、広すぎることはない調理場に男性しかいない。

 声をかけるか迷うと、あら、と可愛らしい女性の声がした。


「あらあら、フミエちゃんのお友達ね。どうしたの?」


 廊下の奥からやって来た女性は、フミエがお婆様と呼んでいた。

 人を安心させる優しい笑みを浮かべて、萌黄色の着物は春らしい。黄色い小花が袖や裾に描かれて、淡い白の帯は上品だ。

 洗濯物を抱えて、亜莉香の手の中にあるお盆を見るなり首を傾げる。


「わざわざ運んで来てくれたの?」

「はい…えっと、フミエさんのお婆様」


 何て呼べばいいのか、分からずに声は小さくなった。

 きょとんとした顔をした女性が、口元を隠して可笑しそうに笑う。


「お婆様と呼ばなくても、大丈夫ですよ。この辺りの人は皆、私をポム婆さんと呼ぶの。お爺さんのことはポム爺さん、フミエちゃんのお友達にも、そう呼んで欲しいわ」


 にこにこ笑っている顔につられて、亜莉香も笑みを浮かべた。


「それじゃあ…その、ポムお婆ちゃん。と、お呼びしてもいいですか?」

「いいですよ。何だか、孫が増えたみたいね。お爺さんも、そう思いません?」


 調理場にいた男性は声をかけられ、手を止める。

 初対面の時は目つきが悪いとも思ったが、目が合った途端に口角が上がった。


「茶でも飲んで行くか?」

「えっと、ご迷惑ではありませんか?」

「いいのよ。まだ名前も聞いていないし、甘い物もあるわ。一緒にいる子も、どうかしら?」


 女性が腰を下げて、目線を合わせたピヴワヌに訊ねた。


「貰い物のお菓子があるの。甘い物はお好き?」

「好きだ!」


 余計なことは言わないと約束していたはずなのに、瞳を輝かせて声が大きい。

 食べ物につられたら、暫くは動かない。部屋に戻るわけにはいかないので、これはこれで問題ないと亜莉香は自分自身に言い聞かせた。

 いそいそと洗濯物を隣の部屋に置きに行った女性に、亜莉香の持っていたお盆を奪わる。調理場に入った女性が不意に振り返り、首を傾げた。


「フミエちゃんは、まだお部屋かしら?」

「はい…片付けを、してくれています」

「じゃあ、私は先に残りの食器を取りに行こうかしら」

「いえ、もうすぐ終わると思いますし――残りは後で、フミエさんが運ぶと言っていました」


 よく考えたら、一部だけ持って来たのは間違いだった。

 言い訳が苦し過ぎて、肩身が狭くなる。どうにかして他の言い訳も付け足して、この場にフミエがいなくても問題のない状態にしたい。

 少しでもヨルとフミエの時間を稼ごうと思えば、ピヴワヌが口を挟んだ。


「儂らが昨日枕投げをしたから、その片付けも終わったら来るだろ。儂はお茶が飲みたい!菓子が食べたい!」

「それなら、すぐに用意しますね。お口に合うといいけど」


 そそくさと椅子を用意してくれる女性に申し訳なく思いつつ、ピヴワヌには後で言いたいことがある。

 用意された椅子に座る前に名乗り、泊めてくれたお礼を言った。


 男性がお湯を沸かしてくれている間に、女性が貰い物のお菓子を広げる。

 一つ一つが和紙に包まれたお菓子は、見覚えがある。精霊の記憶の欠片で見たお菓子で、淡い色の和紙は美しく、よく見れば金箔が混ざっていた。


「シノープルにいる方が、時々贈って下さるの。好きなだけ召し上がって」

「はい」


 小さく頷いた亜莉香の隣で、皿に山盛りのお菓子に、ピヴワヌが迷わず手を伸ばす。遠慮ない姿は子供だから許される。人の数より多いお菓子を全部食べてしまわないか心配しつつも、亜莉香は一つを手に取り和紙を破った。

 亜莉香の手に乗った和紙は黄色で、パイの中にはあんこと一緒に杏も入っていた。


「美味しい」


 中央の大きな木製のテーブルを挟んで女性は座り、嬉しそうに笑った。お菓子を手に取り、上品に一口食べる。


「色んな味があるのよ。季節によっても中身が変わって、色んな味を食べ比べてね」

「勿論だ!」


 亜莉香の代わりに答えて、あっという間にピヴワヌは一つ目を食べ終えた。

 女性に笑われているとも知らず美味しそうに頬張ると、男性がそっと大きなマグカップを差し出した。熱々のマグカップに気付くも食べ続けて、ピヴワヌは睨むような目つきで見下ろす男性を見るなり、満面の笑みを浮かべる。

 少しだけ姿勢を正して、軽く頭を下げた。


「かたじけない」

「美味しいか?」

「うむ!」


 男性に怖がる素振りがないのは当たり前だが、お礼は偉そうだった。

 頭を撫でられても気にせず、ピヴワヌはお菓子を食べる。時々マグカップを両手で持ち、冷ますことなく中身を飲んだ。

 あまりにも幸せそうな様子に、亜莉香は何も言えない。


 こうやって人から食べ物を貰っていたのだと考えて、男性がテーブルに置いたマグカップを見下ろした。大きめのマグカップに、可愛い兎のラテアート。火傷をしないように口に運ぶ、ふわふわの牛乳の下には甘いほうじ茶の味。

 ほっと肩の力が抜ける美味しさに頬が緩み、黒い着物の背を向けて言う。


「とても美味しいです…ポム、お爺ちゃん」


 慣れなくて、後半はぎこちなかった。

 一瞬だけ野菜を切る音が止まり、小さく頷くのが見えた。それから野菜を切るのをやめ、下の冷蔵庫から何かを取り出し始める。

 邪魔をしてはいけないと亜莉香が視線を逸らせば、後ろを振り向かない女性が言う。


「お爺さん。名前を呼ばれて、喜んでいるわね」

「そうなのですか?」

「ええ、そうです。嬉し過ぎて、張り切ってしまうのよ。アリカちゃんが来てくれて、本当に嬉しいわ。普段は街に住んでいるのよね?」


 何を張り切っているのか。男性が喜んでいるのか確かめたかったが、亜莉香は女性に頷きマグカップを置いた。


「はい。隣にいるピグワヌや他の方々と一緒に、暮らしています」

「ご家族は?」

「両親でしたら、いません――兄のような存在ならセレストにいるのですが」


 女性の悲しそうな顔を見て、思わず言い足した。

 家族の話では楽しい話を出来ず、話題を変えようと明るく言う。


「フミエさんは、お二人がいて幸せですね。フミエさんのお仕事って、どんなことをするのですか?私、あまり知らなくて」

「そうねえ。私のお手伝いが多いかしら。宿を綺麗にして、お客様をご案内して。最近はお爺さんのお手伝いもして、料理を勉強中ね」


 片手を頬に当てて、女性は話を合わせてくれた。


「すぐに仕事を覚えて、熱心な子なの。私達夫婦には勿体ないくらい、いい子。すぐにお嫁に行っても恥ずかしくない子なのよ」


 お嫁の単語で、部屋に残してきた二人を思い出した。

 いつか二人が結婚することを想像して、そうなったら嬉しいとも思った。仲直りはしたかなと微笑みながら、亜莉香はマグカップを両手で包む。


「フミエさんは、とても綺麗な花嫁さんになりますね」

「そうよねえ。白無垢と色着物を何枚も着て欲しいわね」


 本人がいない所で、好き勝手に言い笑い合う。

 ピヴワヌは興味がないので、亜莉香の目を盗んで三つ目のお菓子を口に運んだ。会話を黙って聞いていたのはピヴワヌだけではなく、男性がぼそっと呟いた。


「嫁にはやらん」

「あら、そんなことを言っては駄目ですよ。フミエちゃんを目に入れても痛くないくらい可愛がっても、お嫁に行く相手がいるのに引き止めては駄目です。お爺さんが引き止めようとしても、私はどんと背中を押しますからね」


 嬉々として話をする女性に、男性が振り返って恨めし気な視線を向けた。

 何かが気になって、亜莉香は質問をする。


「フミエさんの…相手の方をご存知ですか?」

「いいえ、相手の方は知らないの。相手がいることは見ていれば分かったけど、お爺さんは全く分からなかったのよ。そういうことに鈍い人なのよ」


 とても楽しそうな女性と反対に、男性に漂う空気が暗い。

 余計なことを言ったとも思ったが、時はすでに遅い。意気揚々と女性が振り返り、男性は二つの皿を持ってテーブルにやって来た。


 やけに甘い匂いしていると思ったら、張り切って作っていたのはお菓子だ。

 兎の形の可愛いどら焼き。中には果物も挟まって、ボリュームがある。周りにも果物を散らばせて、色鮮やかな皿を、亜莉香とピヴワヌの前に置いた。

 ピヴワヌはすぐさまフォークを手に取り、幸せそうに食べ始める。

 男性は女性の隣に腰を下ろして、怒るように言った。


「どんな男でも、フミエを嫁にはやらん」

「あら、でも以前。雪かきを手伝ってくれたヨルくんのことは、褒めていましたよね?あんな風に優しい子なら、フミエちゃんは幸せになります」

「本家の次男坊を、くん付けで呼ぶな」

「私達しかいないから大丈夫です。ヨルくんは本当に優しくて、立派な子ですよ。小さい頃から挨拶をしてくれて、困っている人に手を貸して。ヨルくんみたいな子なら、許すしかないでしょう?」

「――ヨル様のような方が、そう何人もいるわけがないだろ」

「そういう方なら嬉しいな、と言う話です。夢を見るくらいは許して下さいな」


 本人達のいない場所で、勝手に二人の仲を認めている人達がいた。

 どら焼きを食べながら、目の前で言い合う老夫婦を眺める。フミエを想ってくれて、ヨルを認めてくれている。もっと早く周りを見れば、味方になってくれる人達に気付けた。味方になってくれる人は、他にもいるかもしれない。リーヴル家の本家として、ヨルは両親や親族に反対されているとしても、それでも、と甘いあんこの美味しさを噛みしめる。


 二人の未来の光を見つけた喜びに、亜莉香の心は温かくなった。

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