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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
319/507

64-4

 渡り廊下で林檎の木を眺めながら、煮込みうどんで身体を温める。

 外と通じている場所は寒くて、身体を丸めていると背中に布団をかけられた。足音もなく背後に立ったピヴワヌは人の姿であり、片手に布団を一枚持ち、それを自分の背中に回して隣に腰を下ろした。


「寒いな」

「そうですね。でも、お二人の邪魔をするわけにはいかなくて」

「ちゃんと話し合ってはいたぞ。多分な」


 言いながら、置き去りにしてあったお椀を手に取る。

 隣の寝室に毛布を取りに行ってくれたピヴワヌにお礼を言い、亜莉香は再び、うどんを食べて白い息を吐く。


「美味しいですね」

「儂は量が足りない。土鍋ごと、今からでも取って来るか」

「流石にそれは、ばれますよね?布団は隣の寝室だったから、取りに行くのに反対しませんでしたが、土鍋はちょっと」


 箸が止まり、唸りながらピヴワヌは言った。


「…まずいか?」

「まずいです」


 即答すると、大きなため息をつかれた。

 後で部屋から連れ出した謝罪を込めて、何かを食べさせよう。温泉街を歩けば、何かしら手に入るはずだと思いたい。それかフミエがお世話になっている老夫婦に、今からでも食べる物がないか聞いてくるのも、一つの手だ。


 ひとまずお椀の中を空にしようと思いつつ、再び林檎の木を眺めた。

 反射した雪の明るさもあって、外は明るい。

 林檎の木に太陽の光が当たって、神々しく見える。雪から顔を覗かせる草木の緑は瑞々しく、綺麗な雪景色であることは間違いない。


 扉が閉まっていれば部屋の中の音は聞こえず、渡り廊下には誰も居なくて静かだ。宿と繋がっている住まいから微かに音がして、寒さを除けば居心地よく寛げる。

 肌に触れる冷たさに慣れ始め、亜莉香は呑気に話し出す。


「さっきは、その…私は言い過ぎましたと思います?」

「そうは思っていないのだろう。反省していたのはヨルで、頼む相手を考えた方が良いと、儂は忠告していたのだが」


 意外な憐みの声に、思わず横を向いた。


「そうなのですか?」

「お主のことは分かっている。あんなことを言われて、黙っているわけもないと思っていた。二人で歩む道が険しく手を貸すなら、儂らが出る幕は、まだ先だ」

「私達が出る幕、あるといいですよね」

「なかったら、無理やりでも作ればいい」


 あっという間に汁まで飲み干したピヴワヌが言い、一息つく。


「ひとまずは、お主と話して良かったはずだ。困難が目の前にあっても、一人ではないと知った。何もかも一人で背負うのは、とても寂しいことだろう?」

「そうですね。だからこそ二人は、離れてはいけないと思ったのです」


 微笑んだ亜莉香は前を向き、汁を飲んで肩の力を抜いた。


「話し合いが上手くいって、二人が幸せならいいのです。もしもヨルさんの頭が冷えずに、フミエさんが悲しんだら、ピヴワヌのように雪に投げないといけませんね」

「儂の出番か?」

「お願いします。私は窓を開けますよ」


 冗談だと分かっている会話に、どちらかともなく笑いが込み上げた。

 そんなことを本当にしたら、ヨルは驚くだろう。フミエだって呆気に取られるだろうが、いい薬にはなるはずだ。


 笑いつつも、煮込みうどんを食べ終えた。

 お盆にお椀と箸を戻して、冷めた湯呑を手に取る。手持ち無沙汰のピグワヌにも手渡すと、温度が適温になって亜莉香の手の中に戻された。冷たい湯呑をもう一つ渡し、白い湯気が瞬く間に宙を漂った。

 布団に包まりながらも寒そうで、身を寄せ合いながら話し出す。


「外の様子はどうでした?」

「闇の気配が近いと感じることは多かったな。巫女の結界が至る所にあって、リーヴル家の敷地の中には入れなかったのが悔やまれる」

「精霊でも、中に入れなかったのですか?」

「まあな。中の気配は探れたが…忘れる前に、これを渡しておく」


 袖を探ったピヴワヌが小刀を差し出し、亜莉香に押し付けた。

 湯呑を脇に置き、三十センチもない刀を膝の上に乗せる。まずはシンプルな鞘をよく見て、それから刃を掲げた。銀の刃は美しく、鏡のように亜莉香の顔を映す。

 軽い小刀は安物と思えず、彫られた椿の装飾が綺麗だ


「守り刀だ。切れ味に気を付けた方が良い」

「分かりました。いざという時のために備えて、身に付けておきます」


 鞘に戻すと、胸元ではなく帯に差した。

 すぐに戦えるように支度する亜莉香に、ピヴワヌはようやく視線を向ける。


「紙鳥も探しはしたが、売っている店がなかった。あれが案外高級品なのだな」

「そう言われると、東市場でも売っている店は少なかったですね。周りが自由に使い過ぎて、感覚が麻痺していていました。大丈夫ですよ、ヒナさんと連絡は取りましたから」


 何気なく言えば、ピヴワヌは前を向いてお茶を飲み、すぐさま亜莉香を振り返った。


「…小娘が来たのか?」

「正確には、夢の中で出会ったのです。夢の中だと言うことを忘れて、お茶会もしたのですよ。タルトもパイも、すごく美味しかったです」


 あれはどこの店で売っているお菓子だったのか。夢から覚める前に聞くべきだった。ピグワヌに食べさせたかったと、少し後悔して喉を潤す。

 視線を感じてピヴワヌを見て、睨まれるような眼差しに首を傾げた。


「何か言いたそうですね」

「お主は危機感と言うものを、持っておらんのか?」

「ヒナさん相手に、もう要らないと思いました。大丈夫ですよ。ちょっと夢の中を歩いて、これからの作戦を練っただけです。それにもし私が名前を呼んだら、ピヴワヌは絶対に来て助けてくれますよね?だから安心していられるのです」


 嬉しくなって言えば、うぐぐ、と唸りながら、そっぽを向かれた。耳が赤いから照れていて、ピヴワヌを信じているからこその発言だと気付いている。


「まあ…分かった。過ぎてしまったものは仕方がない。小娘と話したことを、具体的に儂にも話せ。どうせ関係していることだろう」

「その前に水鏡で、ネモとも話したのですけどね」

「次から次へと、儂を驚かせるな」


 驚くより呆れて、もたれかかったピヴワヌは言う。


「朝より肝が据わっている気はしたが、お主は儂がいない間に遠くに行ってしまいそうだ。今なら誰もいないから、存分に話してくれるな」

「勿論です」


 どこから話そうか考えて、最初から話すのが無難だという結論に辿り着く。最初と言えばリリアから貰った手鏡が発端で、思い出せば笑みが零れた。


 一人になって、リリアから貰った手鏡を水の中に入れて見たこと。そこでセレストにいる孤児院の子供達と話して、ネモフィルから話を聞いたこと。灯のことは任せて欲しいと言われ、精霊の記憶の欠片を頼りに夢の中に潜ったこと。

 それからヒナに会い、集めていたリーヴル家の情報も教えた。

 黙っていたピヴワヌは口を挟まず、亜莉香は締め括る。


「それで、ひとまず黄昏時に林の中で合流です。リーヴル家の敷地の中の気配を探れたのなら、ルイさんとルカさんの存在も把握済みですよね?」

「儂が言おうか悩んでいたことを」


 苦々しく呟かれた声はよく聞こえず、物凄く頬を膨らませた。


「把握はしているが、お主に会わせる気はないぞ。身動きが取れないなら放置だ。放置!儂らは関わらない方がいい!」

「そう言って、領主の家でシンヤさんがやって来た時のように、途中で邪魔をされると厄介なことになります。それなら味方になってもらえた方が、後々心強くて」


 段々と大きくなったピヴワヌの声とは反対に、亜莉香の声は小さくなった。

 ピヴワヌの言い分も分からなくもなく、湯呑を膝の上に戻す。よく悩んだ上での亜莉香なりの考えを、林檎の木を見ながら語る。


「正直、二人を巻き込みたくはありません。ですが身動きが取れない状態にいるなら、助けたいです。力を貸してくれなくても、それくらいはしても良いかと」

「儂は反対するぞ。もう一回顔を合わせたら、また武器を向けられる」

「そうならないために、今回は先にイオちゃんと接触します。イオちゃんがいれば、ルイさんも下手に私達と戦えないでしょう。もしヨルさんと顔を合わせて兄弟喧嘩が始まったら、それはそれで止められないのですが」


 有り得そうな未来を幾つも考えて、亜莉香はため息をついた。

 味方は多い方がいいはずなのに、味方同士で争うのは勘弁して欲しい。分かった、と渋々納得する言葉が聞こえて、隣を見た。

 腕を組むピヴワヌは眉間に皺を寄せている。


「お主が助けたいのなら、身動きが取れるまでは協力する。後は自力で脱出するか、儂らに手を貸すか決めさせるのだな。儂は何も言わん」

「ありがとうございます」

「ふんっ」


 湯呑を傾けたピヴワヌが空になっていたのに気付き、舌打ちした。

 部屋に戻ろうとも思ったが、ヨルかフミエが呼びに来るまでは外にいたい。何か温かい物を貰えないか、フミエがお世話になっている老夫婦に聞いて来ようと立ち上がった。


 ついでに空になったお椀を重ねて、お盆を持つ。布団はピヴワヌが重ねて、部屋の前に置いた。一緒に行く気満々で、歩き出して問う。


「水鏡で、ガランスには繋げるか?」

「試したのですが無理でした。私が繋げられたのは、一回だけです」

「フルーヴやトウゴと連絡が取りたかったな」

「そうですね。カリン様とも話がしたいのですが…ヒナさんが破壊した色々の損害賠償を請求されたら、どうしましょう?」

「恐ろしいことを考えるな」


 並んだピヴワヌが腕を組んで、幾らの費用がかかるか真面目に考え始めた。

 くだらない話をしながら、暖簾をくぐる。生活感のある住まいに迷い込み、微かに音が聞こえる方へ亜莉香とピヴワヌは足を進めた。

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