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Last Crown  作者: 香山 結月
第3章 雪明かりと蠟梅
317/507

64-2

 精霊であるピヴワヌに敬意などあるはずなく、部屋に入れないように戸締りまでする。無言でこたつに戻ると、何事もなかったかのように湯呑を手にしてお茶をすすった。

 あまりの気迫に、亜莉香の笑いは消えた。

 無言が気まずくなると、フミエが困った顔で口を開いた。


「確かにお礼が野菜と言うのは、変な話をしたのかもしれません」

「おい――」

「でも、意味があってこその野菜なのですよ。それは私達が丹精を込めて作ったもので、末永く健康でいて欲しいと願いを込めて渡しています。それが私達の精一杯なのです」


 低いヨルの声を遮り、フミエは悲しそうに言った。

 口を閉ざしたヨルまで悲しそうに見えて、悪気がなくとも笑った申し訳なさが芽生えた。小さく謝り、土鍋が温まるまで時間がかかる。


 静かになって、瞳を伏せた亜莉香は夢で見た精霊の記憶を思い出した。

 それからヨルとフミエの間にある、リーヴル家と言う名の見えない壁。フミエの家族のルイに対する態度や、様付けで呼ばれるフラム・リーヴルの名を持つ人達。何も知らないから関係ないと言い切って、割り切れる感情はない。

 精霊の記憶を夢で見たからこそ、疑問が口から零れた。


「リーヴル家の本家の方々と、他の親族や温泉街に住む人は何が違うのでしょうね?」


 そっと中庭に視線を向けたヨルと、瞳を伏せたフミエを見つめる。

 いつの間にか背中に温かさを感じたが、今は二人の返事が大事だった。兎の姿のピヴワヌは存在を消して、亜莉香と共に成り行きを見守る。


「本当は、何も違わないのかもしれないな」


 黙っていれば、自嘲気味な声がした。


「周りはフラム・リーヴルの名を持つ者を特別だと言う。祖先は領主の血を引いていたとしても、俺もルイも、イオも特別とは思ってない。幼い頃から周りが勝手に言い続けて、特別でありたいとも思っていない」


 ため息を零したヨルが言い、亜莉香に向き直る。


「それでも、古くからの考えはそう簡単に変えられない。少しずつ変えようと俺も努力はしているけどさ。他人の心を変えるのは簡単なことじゃないだろ?」


 答えを求めていない質問に、亜莉香は何も言えなかった。

 肩身を狭くしたフミエも、小さく語り出す。


「リーヴル家の本家と言えば、私達親族でさえ遠い方でした。巫女であるイオ様の顔を拝見することは叶わず、本来なら関われない方々だと、幼い頃から教えられてきました」


 膝の上で拳を強く握り、悔しさが僅かに覗いた。


「私は本家の当主様や奥方、キヨ様や先代巫女様にお会いしたことはありません。直接お会いして話せるのは、親族の代表だけ。この土地の人間にとって、特別なのが当たりなのです。どれだけヨル様が歩み寄ろうとしても、誰かが歩み寄ろうとしても、他の人は決して距離を縮めることを許さない。それが、この土地のリーヴル家です」

「一定の距離を取って接するのが、礼儀として浸透しているからな」


 諦めたように言ったヨルが、フミエの手を握った。指を絡めた二人の間に強い絆があろうと、周りは認めないと言われた気がした。

 それを裏付けるように、ヨルは軽い口調で話し出す。


「俺とフミエの関係は、言わなくても分かっているだろ?」

「はい」

「この関係が周りに知られたら、俺達は絶対に引き離される」


 真剣に話を聞く亜莉香に言い、身を小さくしたフミエは俯いた。


「今はイオが味方してくれているから、俺はフミエと会う時間がある。けど、もし二人きりで会っていることが親族に知られたら、フミエが危険な目に遭う可能性が高い。冗談じゃなくて本気で、俺の両親も親族も、俺が少しでも魔力の強い嫁を貰うことを望んでいる。その為なら平然と相手を消す」


 淡々と述べた言葉が恐ろしい。

 フミエを安心させるために握っている手を離さず、ヨルは続けた。


「ルイが家を出たのは正解だ。俺やイオはリーヴル家の血に縛られて、このままだと身動きが取れなくなる。今だって俺が温泉街に行けば周りは渋る始末で、遅い反抗期だと言う阿呆もいる。口煩い親族は、俺の将来を勝手に決めたくて仕方がないんだろうな」


 そっとフミエの手を離して、ヨルが頭に乗っていたタオルを剥ぎ取った。

 胡坐をかいて背中を伸ばして、亜莉香に向き直って言う。


「こんな場所で、こんな時に頼むつもりじゃなかったけど。リーヴル家の中のいざこざにフミエを巻き込みたいから、アリカに頼みたい」


 真面目なヨルの雰囲気に、嫌な予感を感じた。


「アリカにはアリカの事情があって、この土地にいるのは分かっている。それでもフミエを連れて、安全な場所に逃げて欲しい。リーヴル家の問題は、俺がケリをつける」


 頭を下げたヨルの肩を、フミエが慌てて揺らす。


「ヨル様!」

「頼む」

「やめてください!私はそんなことを望んでいません!」


 フミエが騒いでも、ヨルは動かない。本気で言っていると、亜莉香にも伝わった。

 大切な人を引き離して、一人になる姿は寂しい。特別だと言われていたフラム・リーヴルの名を持つ者は、きっとそれぞれ何かを背負っている。巫女であるイオも、家を出たルイも、見えない力に縛られて生きていた。

 特別だと周りに囃し立てられて、幸せだと胸を張っていた人は何人いたのか。

 考えても仕方がないことを想い、理不尽な現実は悲しかった。


「――分かりました」


 静かに響いた亜莉香の声で、ヨルは顔を上げる。

 その言葉の意味は、ピヴワヌだけには伝わったはずだ。ヨルは安堵の表情になり、涙を浮かべたフミエは大人しくなる。


「幾つか質問させて下さい」

「なんだ?」

「どうして、私に頼もうと思ったのですか?」


 最初の質問を、ヨルは即答した。


「リーヴル家に無関係で、信頼できる奴に頼むつもりだった。アリカなら精霊が傍に居て、フミエを守れる力もある」

「精霊の力は私の力とは言い難いですが…まあ、いいです」


 二つ目、と言いつつ、右手を出して人差し指と中指を立てた。


「ルイさんみたいに家を出る選択肢はないのですか?」

「俺は大事な家族を置いて行けない。だからと言って、リーヴル家の古い考えがある限り、俺はフミエを幸せに出来ない。俺が望むのはフミエが笑っていることだ。フミエの幸せだけを願って、俺は一生誰とも添い遂げない」


 息を呑んだフミエが視線を合わせないヨルを見つめた。

 揺るぎない決意は、フミエを想っての発言だった。離れていても心は変わらないと告げ、家族であるリーヴル家を選んだ。家族を見捨てられないヨルの優しさは、フミエの方が知っている。だからこそヨルに言われれば身を引き、耐えるように両手を握りしめた。


 友人が傷つき黙っていられるわけもない。

 ため息をつきそうになって、三つ目、と薬指を立てる。


「フミエさん、正直に答えて下さい」

「…はい」


 弱々しく涙声のフミエは瞳を伏せ、この機会に大事なことを思い出してもらうことにした。精霊の記憶の欠片で出会った老婆を意識して、亜莉香は微笑み問いかける。


「フミエさん。ヨルさんの傍を離れたいですか?」

「そんなことはないです…でも、ご迷惑になるのなら。身を引くべきだとは思っています。身分不相応だと、それは分かっていたことです」

「それは――」

「ヨルさんは黙っていて下さい」


 否定しようとしたヨルを遮った声は鋭く、亜莉香の笑みの威力はあった。

 本当のフミエの気持ちを知りたくて、優しく名前を呼んだ。


「フミエさん。傍に居たい人がいるなら、会って話をしていいのですよ」

「でも…」

「身分不相応だと周りが言っても、自分にとって正しいことを考えて下さい。気持ちを偽らずに、自分の意思を失くさないで下さい。大切な人の傍を離れて幸せに暮らせますか?」


 ゆっくりと顔を上げたフミエの瞳に涙が溢れて、頬を伝った。

 泣かせるつもりはなかった。泣き出したフミエは何も言えなくなって口元を押さえ、今度はたじろぐヨルに目を向け、四つ目、と小指を立てる。


「ヨルさん。ヨルさんはフラム・リーヴルの名を持つ者として、正しいことを選ばないといけないのですよね?」

「ああ」

「フミエさんを遠ざけることが、よく考えた最善だと分かっています。それでも、もう少し立ち止まって考えて下さい。ヨルさんの意思は、きちんとありますか?」


 先々代と呼ばれる巫女を意識して言い、ここから先は亜莉香の気持ちを付け加える。


「フミエさんを想う意思を、気持ちを蔑ろにしないで下さい。ヨルさんは一人じゃないです。今だってイオちゃんが手を貸してくれているのなら、もう少し周りに目を向けて、フミエさんと二人で幸せになる道を考えて下さい」


 嘘偽りのない本心が伝わるように祈りながら、ゆっくりと言う。


「私はリーヴル家の人間ではないし、余計な口出しをする立場ではないのかもしれません。それでも二人が悲しむ選択は正しいと言えなくて、二人が幸せになる道を選んで欲しいです。その為なら私も力を貸します。私の力だけで足りなければ、もっと他の人の力も借ります。だから――お二人は離れ離れになる未来を選ばないで下さい」


 好きな人から離れる辛さを知っているからこそ、言葉に想いを込めた。

 思い浮かんだ人物を頭の中から追い出す。どうしようもない選択が迫られた時、諦めなければいけなかった時、必死に足掻いた後の選択だったら言わなかった。


 きっとまだ、二人が幸せになる方法はあるはずだと信じている。

 五つ目、と言いながら、親指を立てた後、正座を正した。


「ヨルさんの考えは、分かりました。私は絶対に逃げませんので、フミエさんを連れて安全な場所に行くことは不可能です」


 分かりました、の前半を特に強調した。

 土鍋が五月蠅くなっていたので、亜莉香は蓋を取った。フミエが慌てて代わろうとしたので、少し強めに言って今回は遠慮してもらう。腰を下ろし直したフミエの反対側であり、亜莉香の隣にピヴワヌは平然と座った。

 煮込みうどんを盛り付けて、それぞれの前に置く。

 最後にヨルの前にお椀を置くと、亜莉香は箸を手に取り話し出す。


「冷めないうちに食べながら、最後の質問をします」


 冷ましながら一口食べたうどんは、出汁の効いた薄味だった。薄味ながらも身体は温まり、美味しくて頬が緩む。お椀を見下ろすと出汁の水面が揺れて、手を付けない二人に訊ねる。


「美味しいご飯を食べながら、二人でよく話し合ってもらえますか?私とピヴワヌは席を外しますので、存分に洗いざらい、話し合って下さい」


 質問ではなくお願いのようになって、亜莉香はお椀と箸を置いた。

 立ち上がってお盆を探して、自分の分のお椀と箸を乗せる。ついでにピヴワヌの分の湯呑も乗せて、心の中でピヴワヌに呼びかけた。


 物凄く不満そうなピヴワヌが、重い腰を上げるのに時間をかけた。

 器用にもうどんをすすりながら立ち上がり、土鍋に残っているうどんをお椀に足す。山盛りにしてから、わざと音を立てて歩き出した。

 食い意地が張っていると呑気に思う。軽く会釈した亜莉香は逃げるように部屋を出た。

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