魔王の計略
森の中を歩くユリは、初めて城の外に出て楽しそうだ。無邪気に黒い瞳を輝かせている。
人間の街までは、此処から一日半程で着くだろう。
ユリは一瞬で城内の池からこの森の湖に着いていた事に驚いていたが・・・実はこの森を歩かずとも街のすぐ側に行くことも可能だった。完璧な結界を張った状態の中で魔術を使えば、私の気配を人間達に悟られることもないだろう。
それに、ユリには話さなかったが、実はこの国の上層部の人間、つまり王とその側近の一部には、此方が出向く事を予め伝達してあった。私と彼等の間には不可侵条約が結ばれている。下々の殆どの人間は知らぬようだが、互いに必要最低限の交流と情報伝達だけは続けているのだ。
何か面倒事が起こった時に大事にならぬよう、互いに万全の対策を講じていた。
つまり『必要な物だけ先に人間達に用意させておいて、日帰りで直ぐに城に帰ってくる事も可能』というわけだ。
・・・しかし、それでは面白くもない。私はユリと二人きりで過ごす時間が欲しい。
ユリが私の妻となり、私がユリへの思いを自覚してから数日。焦る必要はないと思っていた。
だが、城の中では結局日々の仕事もあり、側近達もいる。ユリが楽しそうにしているのはなによりだが・・・私がつまらぬ。
もっとユリに近付きたい、私だけを見ていて欲しい。獣の様な感情が心を支配し、苦しくなる。
もっとユリに私だけを見てもらうには、どうしたら良いか・・・そこで私は、此度の策を立てる事にした。
「行動だけでなく、言葉にも示さねば、なりませんのよ!!乙女心とは、そういうものなのです!」
ユリには仕事を片付けると言って、執務室に篭った。しかし仕事などとっくに終わらせた。私が考えるのは、仕事の事などではない。
執務室でどうしたものかと思案する私に、フェイは楽しそうに言った。
わかっておる。だが、ユリは無邪気で、どの様に接すれば良いのか、どの様な言葉を告げたら良いのか、私にとってこの感情は初めての事で、どの様にしたら良いのかわからぬ。いくら考えても、答えは見つからない。
・・・そういえば、祖母上様の日記があったな。ユリに渡したものの、矢張り時代が違うせいか読めないと言っていた。私が読んで聞かせようと、約束していた。
(確か、祖父上様との馴れ初めなども、書いてなかっただろうか。)
私は後で読もうと卓上に置いておいた日記に手を伸ばした。
祖母上様の日記には、嫁に来た日の事、以前の暮らしの事、此方での暮らしの事・・・父上の事も、病に臥せる母上の様子も、幼い私の事も沢山綴られていた。
懐かしい祖母上様の筆跡だ。祖父上様との馴れ初めも、二人がどの様にして親しくなったかも、全て書かれている。
(祖母上様は、私の元へ嫁に来るであろう未来の、娘の為に、書き遺して置いてくれたのだろうか・・・。)
祖父上様は、如何していたのだろう。そうか、常に祖母上様に寄り添い、話をし、贈り物をしたのか。
(・・・これぐらいならば私でも実践する事が出来そうだ。)
城の外に出るのは100年振りくらいか。だが、今回はユリと二人だ。誰にも邪魔はさせぬ。自分でも驚くぐらいに浮かれている。こんなに楽しみな事など・・・かつての私にあっただろうか。今回、私は絶対にユリともっと親しくなるのだ。
(・・・よし。漸く、己がどう行動すべきか解決の糸口が見えてきたな。その為には先ず・・・。)
私は次の策を講じるため、日記を閉じるとオームを呼んだ。
計略 けいりゃく 目的が達せられるように前もって考えておく手段。また、相手をだまそうとするたくらみ。




