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【完結】屋根裏の義弟に手を差し伸べたら、九年越しに求婚されました  作者: フトダマノミコト


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7/20

第7話 弟が過保護すぎて困っています

 あの夜から、九年が過ぎた。


 私は十九歳になり、ルシアンは十八歳になった。


「姉様、起きてください。朝ですよ」


 柔らかな声と一緒に、カーテンが開けられる音がした。


 まぶしさに目を細めると、窓辺に背の高い青年が立っている。朝日に透ける銀色の髪。すっと通った鼻筋に、甘く細められた紫の瞳。


 かつて屋根裏で膝を抱えていた小さな男の子は、いつの間にか立派な美青年になっていた。


(……毎朝見ても、慣れないなあ)


「おはよう、ルシアン。でも、起こしに来るのはマリーの仕事よ?」


「マリーには頼んで譲ってもらいました。姉様の寝顔を最初に見るのは、僕がいいので」


「もう、またそういうことを言って」


 ルシアンはくすりと笑って、ベッドの脇に膝をついた。そして、ごく自然に私の手を取り、指先に唇を寄せる。


「よく眠れましたか? 背中は痛みませんか?」


「痛むわけないでしょう。何年前の話よ」


 あの夜以来、お義母様の部屋に呼ばれたことは一度もない。


 ルシアンが、片時も私のそばを離れなくなったからだ。


 朝は起こしに来て、昼は一緒に勉強をして、夜は私が部屋に戻るまで廊下で見送る。お義母様が私を呼びつけようとすれば、いつの間にかルシアンが隣に立っていて、にこにこと笑いながらついてくる。


 お父様の目もあり、正式な息子に手を上げることは、さすがのお義母様にもできなかった。


 あれから、お義母様とダミアンは私たちを遠巻きに睨むだけになった。今でも廊下ですれ違うと、体が勝手にこわばってしまうけれど。


「今日は、ヘンドリック伯爵家のお茶会でしたね。ドレスはこちらでいかがですか?」


 ルシアンが、すでに用意されていた淡い水色のドレスを示す。


「あら、私は赤いのにしようと思ってたのに」


「赤は駄目です」


 即答だった。


「姉様の赤いドレスは、目立ちすぎます。余計な虫が寄ってくる」


「虫って」


「それに、首元がもう少し詰まったものにしましょう。今日は少し肌寒いですから」


(……寒くないけど)


 窓の外は、雲一つない春の陽気だ。


 でも、ルシアンがあまりにも真剣な顔をしているので、私は苦笑して頷いた。


 


 ヘンドリック伯爵家の庭園は、春の花で埋め尽くされていた。


「エーデル公爵令嬢、お久しぶりです。今日もお美しい」


 声をかけてきたのは、ヘンドリック伯爵家の次男、アラン様だった。人当たりのいい笑顔で、私に手を差し出す。


「よろしければ、庭園をご案内しても?」


「まあ、ありがとうございます。ぜひ――」


「姉様」


 背後から、すっと腰に手が回された。


 振り返ると、ルシアンがにこやかに微笑んでいた。


「申し訳ありません、アラン殿。姉は少し体が弱いもので。日差しの強い場所は避けるよう、医師から言われているのです」


(えっ、言われてないけど!?)


「そ、そうでしたか。それは失礼を」


「いえ。ああ、そういえば」


 ルシアンは、笑顔のままアラン様に一歩近づいた。


「先月、アラン殿が王都の賭博場で作られた借金の件。伯爵閣下は、もうご存じなのでしょうか?」


 アラン様の顔から、さあっと血の気が引いた。


「な、なぜそれを」


「さあ、なぜでしょう」


 ルシアンは小首をかしげる。


「姉様のお相手には、誠実な方がふさわしいと思いませんか?」


 アラン様は真っ青な顔で一礼すると、逃げるように去っていった。


 私には、二人の会話がよく聞こえなかった。ルシアンが私の耳をさりげなく手で覆っていたからだ。


「ルシアン、今アラン様と何を話していたの?」


「大したことではありませんよ。姉様の体調を気遣っていただいたので、お礼を」


「そう? なんだか、ものすごく顔色が悪かったけど……」


「春は体調を崩しやすいですからね」


 ルシアンはにっこりと笑った。


 


 その後も、似たようなことが三回あった。


 話しかけてきた子爵家の令息は、なぜか急用を思い出して帰っていった。ダンスに誘ってくれた騎士様は、ルシアンと何か話したあと、真っ白な顔で「やはり遠慮します」と頭を下げた。


(……私って、そんなに魅力がないのかしら)


 帰りの馬車の中で、私はため息をついた。


「どうしました、姉様?」


「ううん。ただ、私って男性に好かれないんだなあって」


 向かいに座っていたルシアンが、一瞬だけ動きを止めた。


「十九歳にもなって、浮いた話の一つもないなんて。王太子殿下との婚約がなければ、きっと行き遅れね」


 そう。私には、婚約者がいる。


 この国の王太子、エドワード殿下。十五歳のときに結ばれた政略結婚で、殿下は私に興味がないらしく、手紙の一通もくれたことがない。


(そして来月から、ゲームの本編が始まる)


 王立学園に、平民出身の聖女ヒロインが編入してくる。殿下はヒロインに恋をして、最後には私を断罪する。


 ゲームの知識を思い出すたび、胃のあたりが重くなった。


「姉様は」


 ルシアンの声に、顔を上げる。


 向かいの席から、彼が身を乗り出していた。紫の瞳が、いつもより少しだけ暗い色をしている気がした。


「姉様は、好かれたいんですか? 僕以外の男に」


「え?」


「……いえ。なんでもありません」


 ルシアンはすぐにいつもの笑顔に戻って、私の手をそっと握った。


「姉様は、世界で一番魅力的な人ですよ。僕が保証します」


「ふふ、ありがとう。ルシアンは本当に優しいわね」


 私は笑って、彼の手を握り返した。


(こんなに姉思いの弟に育ってくれて、本当によかった)


 あの夜、泣きながら「姉様」と呼んでくれた小さな男の子。今ではすっかり立派になって、こうして私を気遣ってくれる。


 少し過保護すぎるのが、玉に瑕だけれど。


「ルシアンも、そろそろ好きな人を見つけないとね。あなたほど素敵なら、どんな令嬢だって喜ぶわ」


 握った手に、ぎゅっと力がこもった。


「――好きな人なら、もういますよ」


「えっ、本当!? 誰、誰なの?」


 思わず身を乗り出した私に、ルシアンはただ微笑んだ。


 どこか切なげで、それでいて、決して逃がさないとでも言うような目で。


「秘密です。……今は、まだ」


 


 馬車が屋敷に着くまで、ルシアンは私の手を一度も離さなかった。

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