謎の駅
彼は電車に乗っていた。しかし、降りる駅を乗り過ごしてしまっていた。仕事の疲れが溜まっていたからである。
彼が気がつくと、終点まで電車が来てしまっていた。いや、終点すら通り越してしまっていたのだ。雲の上にまで来てしまっていた。どうしてなのか分からない。そもそも、これは夢なのかと頬を叩く。痛みがある。ならば夢ではない。そうなると現実である。
彼が今いる場所は地図が無い。時刻表も同じく。ただ雲が眼下に広がるばかり。きさらぎ駅じゃあるまいなと、彼は身構える。だが、駅名は不明である。きさらぎ駅ならば、駅名が書かれているはずだから。
腕時計を見る。時刻は深夜2時。丑三つ時と呼ばれる時間である。どうすれば家に帰れるのだろうか。
不意を衝くかのようにして、バイオリンを弾く音が聞こえてきた。奏でているのはドクロの仮面を被った黒衣の男。死神だと彼は感じた。直感的に。しかし、死神は彼に気付くことなく去っていった。
バイオリンを弾くことに夢中になっていたのかもしれない。真相は分からないが、彼は安堵の溜息を吐いた。
死神の後からやって来たのは一人の老人。バケツを持って足元を掬っている。老人は彼に気付くことなくそのまま去っていった。眼下の雲を見ると白くなっていた。雨雲を集めていたのだろうか。それは分からない。
彼はまた眠りについてしまっていた。微睡みに抗えなかったから。
鏡の中の世界にいた。頬を叩く。痛くない。これは夢の中だろう。黒い太陽が雲の上を照らしている。空は鳥人たちが手紙を運んでいた。郵便配達をしているのだろう。
消毒液の匂いがする。病院にいた。古臭い年代物の建物である。時の魔法によって、止まっているのだろうか。思い出を残すかのようにして。時計の針も動いていない。あえて止まっているのかもしれない。時計職人の手によってかもしれないが。止めるぐらいなら、誰にでもできそうだけれども。
骨董品にいつの間にか囲まれていた。店主らしき老人は何故か顔にトカゲのような鱗に覆われていた。竜なのかもしれない。
老人は目を合わせない。客と話している。黒衣の男だ。声で分かった。一見すると長い黒髪が女性のように思えるのに。
懐かしいのか昔話に花を咲かせている。久しぶりに会うのかもしれない。もしかしたら、彼ならば今の自分の状況を変えられるのではないだろうか。そもそも言葉が通じるのか。話している内容は外国語らしく、なかなか聞き取れないが。
黒衣の男が彼に気付く。無言で手紙を渡してきた。手紙を開くと新聞があった。その新聞に書かれていたのは、自分の状態だった。生死不明の昏睡状態。生きていながら死んでいる。目ざめなければ、死と判断されるもの。
黒衣の男が指を鳴らす。すると、彼の視界は闇に包まれてしまった。目蓋を閉じるかのようにして。
彼は目が覚める。夢の中から。そして包帯が巻かれていることを知る。嗚呼、そうだ。自分は電車の事故に巻き込まれてしまったのだ。なら、自分がさっきまで見ていたのは死後の世界なのだろうか。
だとしたら、らしくないと思う。色々雑多になっていたような気がするから。
医者がやって来る。色々と何かを話している。なのに、なかなか耳に入って来ない。どういうことだろうか。
目が覚めたばかりで混乱しているのだろうという事だけ分かった。退院したら、できたら、庭師になりたいと何故か思っていたーー。




