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作家さん

 ある病院の話である。真夜中のエレベーターには乗ってはいけないという決まりがあった。それは院長が厳しく定めたものである。何故なのかは明かされていない。ただ、真夜中になったら階段を使って行くようにと、理由不明のまま伝達されたのである。

 病院で働く人たちにとってとある噂が囁かれていた。

曰く、真夜中のエレベーターに乗ると異世界に行ってしまい戻れなくなるとか。

曰く、吸血鬼が眠っていて、輸血したものは全部吸血鬼の飲み物になっているとか。

ありもしない噂が病院内で広まっていた。だが、事実はどうであれ、決まりを破った者は皆どこかへと消えてしまったのである。そして、姿を見た者はいない。

 その病院では今でも、真夜中にエレベーターを使うことは許されていない。真夜中に使ったら最後、どうなってしまうのか分からないから。

 その病院に入院しているとある妄想患者がいた。彼は妄想癖が強く、病院で治療を受けていたのである。病院に囚われるかのようにして。世間から隔離されるかのように。

 彼は自分の妄想を一冊のノートに書き綴った。読んだ者は驚いた。内容は妄想的なのに、どこか整然としていたからである。

 その内容というのは、実体を縛られた人が影に意識を向けて、分離して旅をするというものであった。

 影は色々と旅をしていった。ポストに行ったかと思えば幽霊からの手紙を読んだりしていた。

 魔女の使い魔である黒猫との冒険の旅が綴られていた。一人と一匹は空に浮かぶ魔王の空中庭園へと向かっていたのである。そこには宝石が実っていて美しいのだという。ありとあらゆる宝石に魔王が魔力を込めると、魔石になるというもの。その魔石があれば魔女狩りから逃れることができるだろうと一人と一匹は思っていた。

 空中庭園へ行くためには逆さ世界という試練を突破しなければならなかった。何でも逆さまになる世界でゴールしなければ永久に逆さ世界に囚われてしまうというものであった。一人と一匹は協力してゴールを目指して進んでいった。そして、ついには空中庭園にたどり着いたのである。

 一人と一匹はそこで宝石を育てている魔王に会い、魔石を分けてもらうことになる。しかし、残酷な現実を待っていることになってしまった。

 一人と一匹が逆さ世界にいる間に、黒猫の主人である魔女は、魔女狩りに遭い、生命を落とされてしまったのである。

 魔石を持ってきたとしても、魔女はもう土の中。その上に一人の墓守が現れて、詩を墓石に刻んでいった。

「森に住まう賢人だった魔女、使い魔を探し回って、教皇の手により生命を散る」と。

 黒猫は魔女の墓に魔石を供えた。旅の最中にいなくなってしまった主人に別れを告げるようにして。

 そこで、この妄想語りは幕を下ろしたのである。黒猫が最後どうなったのかは知らない。妄想患者だけの秘密である。

 影はどうなったのか。もしかしたら影の国に行ったのかもしれない。それとも、またどこかで旅をしているのかもしれない。黒猫と別れたのか、一緒にいるのかは知る由もない。

 読んだ者は妄想患者のことを親しみを込めて作家さんと呼んだ。どこか照れ臭そうにしていたのが印象的である。

 作家さんは薬を飲みながら、ノートに何かを書き綴っている。それは病院の中での楽しみとなっているのであるーー。 


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