第68話 始原の雫
どんな真実にも、始まりがある。
世界を書き換えた力は、
ある日突然生まれたものではない。
その始まりは、一滴の雫だった。
螺旋階段は、どこまでも続いていた。
悠真たちは慎重に足を進める。
壁面には規則正しく蒼い光が灯り、まるで彼らを導いているかのようだった。
「地下施設……。」
責任者が小さく呟く。
「こんな規模のものが存在していたなんて……。」
誰も答えない。
それほどまでに、目の前の光景は現実離れしていた。
やがて階段は終わり、一枚の巨大な扉が姿を現す。
表面には無数の紋様が刻まれ、その中心には一滴の雫を模した紋章が浮かび上がっていた。
悠真が近づく。
――ドクン。
胸の奥でNOAHが脈打つ。
【NOAH LINK 5.4%】
【始原保管庫を確認】
【管理者認証を開始】
蒼い光が悠真の手を包み込む。
低い駆動音とともに、巨大な扉がゆっくりと開いた。
その先に広がっていたのは、想像を遥かに超える空間だった。
天井は見えない。
無数の光が星空のように瞬いている。
中央には、透明な球体。
直径は十メートルを超えていた。
球体の内部には、一滴の蒼い水が静かに浮かんでいる。
小さな雫。
だが、その存在感は圧倒的だった。
澪は思わず息を呑む。
「これが……初代HYDRAコア。」
悠真は一歩ずつ近づく。
不思議と恐怖はなかった。
懐かしさだけが胸に満ちていく。
その時だった。
雫が静かに揺れた。
波紋が球体全体へ広がる。
そして、誰も聞いたことのない声が響いた。
『……ようやく。』
悠真たちは身構える。
しかし、その声には敵意がなかった。
『長い時間だった。』
『人の子よ。』
悠真は静かに問いかける。
「お前が……HYDRAなのか?」
少しの沈黙。
『違う。』
『HYDRAとは、お前たちが付けた名前。』
『私は、ただ在る。』
澪は思わず顔を見合わせる。
責任者も言葉を失っていた。
『私は世界の始まりを見た。』
『海が生まれる前も。』
『命が芽吹く前も。』
『そして、お前たちが初めて空を見上げた日も。』
その言葉は、とても嘘には聞こえなかった。
悠真は一つの疑問を口にする。
「どうして今まで眠っていた?」
球体の光が静かに揺れる。
『眠っていたのではない。』
『待っていた。』
『対話できる者が現れる日を。』
その瞬間。
研究施設全体が激しく揺れた。
ゴゴゴゴゴ……!
警報が鳴り響く。
『警告。』
『施設外周へ多数の侵入反応を確認。』
責任者が端末を操作する。
モニターへ外部映像が映し出された。
そこには、武装した部隊が施設を包囲していた。
装甲車。
武装ヘリ。
完全武装の兵士たち。
そして、その先頭に立つ一人の男。
黒いコートを羽織った壮年の男が、ゆっくりと施設を見上げる。
「誰だ……。」
澪が呟く。
責任者の顔色が変わった。
「そんな……。」
「まさか……。」
男は静かに通信機を口元へ運ぶ。
『こちら特別対策機関《ECLIPSE》。』
『対象施設を確認。』
『HYDRAコアを回収する。』
『抵抗する者は、すべて排除せよ。』
その命令と同時に。
施設の外で爆発音が響いた。
物語は、新たな敵の登場によって大きく動き始める。
第68話をお読みいただき、ありがとうございました。
ついに「始原の雫」と呼ぶべき存在が姿を現し、HYDRAが敵ではなく、人類との対話を待ち続けていた存在であることが示されました。
しかし、その真実を知る者たちの前に、新たな勢力《ECLIPSE》が現れます。
彼らの目的はHYDRAコアの回収。
第4章「世界胎動」は、ここから新たな局面へ突入します。
引き続き『HYDRA CHRYSALIS ―REBIRTH―』をよろしくお願いいたします。




