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9、HYDRA CHRYSALIS ―AWAKENING― 「境界が崩れた時、世界は真実に目覚める」  作者: Nao9999


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第83話 見てはいけないもの

目が合った。


その瞬間。


見たのは、こちらではなかった。


見られたのだ。

『……二人とも、見つけた。』


その声が響いた瞬間。


時間が止まった。


悠真は瞬きすらできなかった。


海の流れ。


澪の呼吸。


自分の鼓動。


すべてが静止している。


動いているのは。


巨大な目だけだった。


瞳孔の奥。


黒よりも深い闇。


その中に、小さな光が無数に浮かんでいる。


星ではない。


違う。


「あれは……。」


悠真の喉が震えた。


人だった。


何百。


何千。


何万。


数え切れない人影が、その瞳の奥に沈んでいた。


全員がこちらを見ている。


『見るな!』


少年——SUBJECT02が叫ぶ。


その声で。


悠真はようやく目を逸らした。


同時に。


世界が動き出す。


――ゴォォォン!


海が唸る。


黒い水壁が揺れ、海の道へ無数の亀裂が走った。


澪がよろめく。


「悠真!」


「大丈夫!」


手を掴む。


冷たい。


海水ではない。


もっと冷たい何かが指先を撫でていた。


神崎の通信が途切れ途切れに届く。


『……聞こえるか……!』


『そこから……離れろ……!』


ノイズ。


『ORIGINは……!』


通信が切れる。


悠真は舌打ちした。


「くそ……!」


その時。


始原の雫から預かった記録媒体が、再び光を放つ。


画面に映ったのは。


榊蒼一。


今まで見てきた記録とは違う。


ひどく疲れた顔だった。


『もし、お前がORIGINを見たなら。』


悠真の息が止まる。


『私は約束を破った。』


ノイズ。


『あの日。』


映像が切り替わる。


二十八年前。


同じ海の道。


若い蒼一。


若い神崎。


そして。


もう一人。


深海服を着た人物。


ヘルメットには。


【S.O】


その人物が、黒い塔を見上げていた。


蒼一が叫ぶ。


『見るな!』


しかし。


S.Oは目を逸らさなかった。


巨大な目と。


視線が交わる。


その瞬間。


深海服のヘルメットに亀裂が入る。


バキッ。


顔は見えない。


だが。


S.Oは静かに笑った。


『聞こえる。』


蒼一が駆け寄る。


『戻るぞ!』


S.Oは首を横に振る。


『帰れない。』


『何を言ってる!』


『もう。』


ゆっくりと。


S.Oの身体が、水へ溶け始める。


指先。


腕。


胸。


『向こうが、私を思い出した。』


蒼一の顔が歪む。


『やめろ!』


S.Oは最後に、小さな何かを蒼一へ投げた。


それは。


黒糖飴だった。


映像が止まる。


悠真は記録媒体を見つめた。


黒糖飴。


まただ。


母。


少年。


そしてS.O。


なぜ皆、黒糖飴を持っている。


その疑問を口にする前に。


SUBJECT02が初めて走った。


「待て!」


悠真も追う。


少年はORIGINではなく。


塔の横へ向かっていた。


そこには。


半分崩れた石碑が立っている。


少年は石碑へ手を当てた。


「ここ。」


「何だ?」


「ここが。」


少年の声が震える。


「約束した場所。」


悠真も石碑へ触れる。


瞬間。


文字が浮かび上がる。


古い刻印。


今度は。


悠真にも読めた。


『二つで一つ。』


『片方だけでは、門は閉じない。』


その下に。


さらに文字。


『帰る者が一人なら。』


『残る者も一人。』


悠真の背筋が凍る。


「……帰る者。」


少年が目を伏せた。


「だから。」


小さく笑う。


「僕は待ってた。」


その笑顔は。


今までで一番悲しかった。


「二十八年間。」


悠真の喉が詰まる。


「……お前。」


少年が初めて。


悠真へ向き直った。


「約束。」


ゆっくりと手を伸ばす。


「今度は、一緒に帰ろう。」


その瞬間。


巨大な目が。


初めて瞬きをした。


世界が暗転する。


そして。


塔の奥。


誰もいなかったはずの門の前へ。


一人の女性が立っていた。


長い髪。


白い服。


顔は見えない。


それでも。


悠真は一歩踏み出した。


「……母さん。」


女性は振り返らない。


ただ。


静かに言った。


『遅かったわね、悠真。』


その声は。


榊美咲のものだった。

第83話をお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、第41話の「見てはいけない」という伏線を本格的に繋げました。


ORIGINの目を見ること。


それは単なる恐怖ではなく、「向こう側から思い出される」という現象だったことが示されました。


そして新たな重要人物。


S.O。


彼が蒼一へ託した黒糖飴。


悠真とSUBJECT02が約束した石碑。


『二つで一つ。』


『片方だけでは、門は閉じない。』


この言葉は、第4章の核心へ繋がる大きな伏線になります。


最後に現れた榊美咲。


彼女は本当に本人なのか。


それとも——。


次回もよろしくお願いいたします。

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