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9、HYDRA CHRYSALIS ―AWAKENING― 「境界が崩れた時、世界は真実に目覚める」  作者: Nao9999


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第84話 門の前で

帰る場所は、一つだと思っていた。


けれど。


もし「帰る」ということが、

誰かを置いていくことだとしたら。


その一歩は、本当に正しいのだろうか。

「……母さん。」


榊美咲は、ゆっくりと振り返った。


長い髪が海流もない空間で静かに揺れる。


その瞳は、悠真の記憶にある母と同じだった。


けれど。


どこか違う。


「来てしまったのね。」


美咲の声は優しかった。


責めるような響きはない。


それが余計に苦しかった。


「会いたかった。」


悠真の口から、自然と言葉がこぼれた。


美咲は少しだけ笑う。


「私もよ。」


その笑顔は、本物だった。


澪は二人を見守っていた。


声を掛けることができない。


この時間は、悠真だけのものだと分かっていた。


「聞きたいことが山ほどある。」


悠真が一歩近づく。


「俺は何なんだ。」


「SUBJECT01って何だ。」


「02は誰なんだ。」


「どうして海が俺を呼ぶ。」


「どうして父さんは俺を海から遠ざけようとした。」


一気に溢れ出した。


美咲は静かに目を閉じる。


「全部答えたい。」


「でも。」


彼女はORIGINの門へ視線を向けた。


巨大な黒い塔。


その中心で、門が微かに脈打っている。


「門が開き切る前に、一つだけ伝えなくちゃいけない。」


悠真は息を呑む。


美咲は右手を胸へ当てた。


「あなたは選ばれたんじゃない。」


「生まれたの。」


その言葉は、第67話で語られた真実と繋がる。


「あなたは実験じゃない。」


「誰かの代用品でもない。」


「私たちの子。」


悠真の目に涙が滲んだ。


「でも。」


美咲の表情が変わる。


「その命を、この海が覚えてしまった。」


その瞬間。


門が震えた。


――ドクン。


海全体が呼吸を始める。


SUBJECT02が石碑の前で顔を上げた。


「もう時間がない。」


少年の声は焦っていた。


「何が始まるんだ。」


悠真が叫ぶ。


少年は門を指差した。


「帰還。」


「誰の。」


「みんなの。」


意味が分からない。


しかし。


始原の雫が初めて強い光を放った。


『門は閉じられる。』


『ただし。』


『代償が必要。』


神崎の通信が復旧する。


『悠真!』


『聞こえるか!』


『門を閉じる方法が分かった!』


ノイズ。


『01と02が揃えば閉じられる!』


一瞬、希望が生まれた。


だが。


次の言葉で凍りつく。


『ただし、一人は向こうへ残る。』


沈黙。


澪が悠真を見る。


SUBJECT02も動かない。


美咲は静かに頷いた。


「だから蒼一は苦しんだ。」


「二十八年前。」


「彼は、一人を置いて帰った。」


悠真は石碑を見る。


『帰る者が一人なら。』


『残る者も一人。』


あの言葉の意味だった。


「嫌だ。」


悠真は首を振る。


「そんな終わり方は嫌だ。」


SUBJECT02が笑った。


「君らしい。」


初めてだった。


その笑顔に諦めではなく、温かさがあった。


「約束、覚えてる?」


「二人で帰る。」


「うん。」


少年は頷く。


「だから。」


手を差し伸べる。


「今度こそ、一緒に考えよう。」


悠真は迷わず手を伸ばした。


二人の指先が触れる。


その瞬間。


【NOAH LINK】


【7.0%】


数字が変わる。


しかし。


今までとは違った。


【SUBJECT01】


【SUBJECT02】


二つの表示が重なる。


そして。


新しい文字。


【BOUNDARY ESTABLISHED】


境界、確立。


巨大な目が苦しむように震えた。


ORIGINの門が軋む。


世界中の海が、一斉に波を立てる。


美咲が息を呑む。


「……そんな。」


神崎の声も震えていた。


『蒼一の仮説が正しかったのか。』


悠真が振り返る。


「何だ。」


神崎はゆっくり答えた。


『境界は、一人では作れない。』


『二人で繋ぐものだったんだ。』


その瞬間。


門の中心に。


一本の光が走る。


黒い扉へ、白い亀裂が入る。


巨大な目が閉じ始めた。


世界が揺れる。


海が唸る。


そして。


美咲が最後に微笑んだ。


「行って。」


「まだ終わってない。」


「ここからが、本当の始まり。」


門が光に包まれる。


悠真は少年の手を強く握った。


二人は同時に、一歩を踏み出す。


境界の向こうへ。


世界は静かに息を吸う。


終焉の先で。


世界は、もう一度生まれ変わろうとしていた。

第84話をお読みいただき、ありがとうございました。


第4章「世界胎動」は、この第84話で一つの節目を迎えました。


美咲が語った「あなたは選ばれたんじゃない。生まれたの。」という言葉。


そして、


「境界は、一人では作れない。」


この考え方は、シリーズ全体の中心となるテーマへ繋がります。


さらに、悠真とSUBJECT02が手を取り合い、


【BOUNDARY ESTABLISHED】


という新たな段階へ到達しました。


ここで物語は、大きな転換点を迎えます。


次回、第85話からは——


第5章「原初帰還」。


いよいよORIGINの門の向こう側へ踏み込み、シリーズ最大の真実へ迫ります。


引き続き『HYDRA CHRYSALIS ―REBIRTH―』をよろしくお願いいたします。

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