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9、HYDRA CHRYSALIS ―AWAKENING― 「境界が崩れた時、世界は真実に目覚める」  作者: Nao9999


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第80話 目覚めの海

海が起きた。


それは、誰かが目を覚ますという意味ではなかった。


世界そのものが、

長い眠りから動き始めるということだった。

――ドクン。


世界中の海が脈打った。


その瞬間。


研究施設の照明が、一斉に消えた。


完全な暗闇。


悠真は動かなかった。


目を閉じても。


開いていても。


同じだった。


黒い。


ただ、胸の奥に残る鼓動だけがはっきりしている。


――ドクン。


「……悠真。」


澪の声。


「いる?」


「ああ。」


「よかった。」


その一言に。


悠真は少しだけ笑った。


「俺が消えると思った?」


「……少し。」


「そっか。」


短い会話。


それだけだった。


けれど。


今の悠真には、それだけで十分だった。


自分が何者なのか。


SUBJECT 01とは何なのか。


SUBJECT 02とは誰なのか。


まだ何も分からない。


それでも。


自分の隣に澪がいる。


それだけは確かだった。


「照明、復旧する。」


神崎の声がした。


数秒後。


非常灯が点灯する。


赤い光が施設を照らした。


その瞬間。


三人は同時に気づいた。


床が濡れている。


「……水?」


澪がしゃがみ込む。


指先で触れる。


「海水……。」


神崎が周囲を見る。


「あり得ない。」


施設は海底ではない。


ここまで海水が入り込む経路など存在しない。


それなのに。


床を薄く覆う水は。


どこからともなく流れ込んでいる。


悠真は水面を見た。


何かが映っている。


天井。


照明。


自分。


澪。


神崎。


そして。


知らない少年。


「……。」


悠真は振り返った。


誰もいない。


もう一度、水面を見る。


少年がいる。


悠真と同じ顔。


深い青色の瞳。


SUBJECT 02。


少年は。


水面の向こうから悠真を見ていた。


『……やっと。』


声がする。


悠真の頭の中へ直接響く。


『海が、君を見つけた。』


「お前は……誰なんだ。」


『知ってるだろ?』


「知らない。」


『じゃあ、思い出して。』


水面が揺れる。


映像が変わった。


幼い悠真。


海辺。


黒糖飴。


そして。


もう一人の少年。


二人は並んで座っている。


今度は。


声が聞こえた。


『悠真。』


『なに?』


『海って、どこまで続いてるのかな。』


『分かんない。』


『じゃあ、いつか一緒に見に行こう。』


『うん。』


少年が笑う。


『約束ね。』


悠真も笑う。


『約束。』


映像が途切れる。


悠真は立ち尽くしていた。


「……俺は。」


声が震える。


「この約束を忘れてた。」


神崎が水面を見る。


しかし。


彼には何も見えていないらしい。


「何が見える?」


「子ども。」


「どんな?」


「俺と……もう一人。」


神崎の表情が険しくなる。


「またか。」


「何か知ってるんだろ。」


「……。」


「今度こそ言ってくれ。」


神崎は黙った。


やがて。


小さく頷く。


「蒼一は、お前を守ろうとしていた。」


「海から?」


「ああ。」


「でも。」


神崎は水面を見る。


「同時に、もう一人を探していた。」


「SUBJECT 02?」


「そうだ。」


悠真の目が変わる。


「なぜ?」


「お前一人では、完成しなかったからだ。」


澪が息を呑む。


「何が完成しないの?」


神崎は答えない。


その代わり。


施設の壁に設置された古いモニターが起動した。


一台。


また一台。


次々と画面が点灯していく。


表示されたのは。


世界地図だった。


その上に。


無数の赤い点。


「これ……。」


澪が画面へ近づく。


「海域の異常反応。」


神崎が言った。


「世界中で同時に発生している。」


赤い点が増えていく。


日本。


太平洋。


大西洋。


インド洋。


地中海。


北極海。


そして。


深海。


「全部……海?」


「ああ。」


神崎が答える。


「陸地には一つもない。」


悠真は地図を見つめた。


その時。


一つの赤い点が青へ変わった。


「……何?」


澪が呟く。


赤い点が。


一つ。


また一つ。


青へ変わっていく。


まるで。


何かが世界中の海を繋いでいるように。


そして。


地図の中央に。


一つの文字が浮かび上がった。


【HYDRA】


悠真の胸が痛む。


「……また。」


神崎が画面を見つめる。


「違う。」


「何が?」


「今までのHYDRAとは違う。」


「どういうこと?」


神崎が指を震わせる。


表示が変わった。


【HYDRA】


その下に。


新しい文字。


【RE:GENESIS】


悠真の呼吸が止まる。


「……再生?」


澪が呟く。


神崎は首を横に振った。


「違う。」


「これは……。」


神崎の声が震える。


「再生じゃない。」


画面に。


最後の一行が現れた。


【GENESIS HAS ALREADY BEGUN】


始まりは。


すでに始まっている。


その意味を理解した瞬間。


施設の外から。


巨大な音が響いた。


――ゴォォォォン。


三人が振り返る。


壁の向こう。


海がある。


そのはずだった。


しかし。


窓の外に見えたものは。


海ではなかった。


巨大な黒い壁。


いや。


違う。


それは。


海そのものが。


立ち上がっていた。


悠真は言葉を失った。


黒い水の壁が。


空へ向かって伸びている。


何百メートル。


何千メートル。


それでも。


倒れてこない。


ただ。


立っている。


そして。


その水の向こう側に。


一人の少年が立っていた。


深い青色の瞳。


悠真と同じ顔。


少年は。


こちらを見ていた。


そして。


笑った。


『約束……覚えてる?』


悠真は答えられなかった。


少年が手を上げる。


すると。


黒い海の壁に。


一本の道が開いた。


海の向こうへ続く。


誰も歩いたことのない道。


その先には。


何もない。


ただ。


暗闇だけが続いている。


そして。


悠真の胸の奥で。


二つ目の鼓動が。


初めて。


自分の鼓動と完全に重なった。


――ドクン。


――ドクン。


一つの音になった。

第80話をお読みいただき、ありがとうございました。


「世界胎動」が、ついに目に見える形で動き始めました。


世界中の海で起きる異常。


そして表示された、


【HYDRA】

【RE:GENESIS】

【GENESIS HAS ALREADY BEGUN】


これまでの物語で積み重ねてきた「HYDRA」という存在が、ここから新しい意味を持ち始めます。


そして最後に現れた、もう一人の少年。


悠真とSUBJECT 02。


二人の鼓動が初めて一つになりました。


ただし、まだ二人が何者なのか、その答えは出しません。


ここから第4章「世界胎動」は、施設の中だけではなく、世界そのものへ舞台を広げていきます。


次回もよろしくお願いいたします。

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