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9、HYDRA CHRYSALIS ―AWAKENING― 「境界が崩れた時、世界は真実に目覚める」  作者: Nao9999


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第79話 思い出せない約束

忘れていた。


そう思っていた。


けれど――


忘れたのではなく、

思い出すことを拒んでいたのだとしたら。


あの日、二人は何を約束したのか。

『……やっと、思い出した?』


その声が消えた。


施設は静まり返っている。


悠真は動けなかった。


「……今の声。」


澪が悠真を見る。


「知ってるの?」


「……分からない。」


本当に分からない。


それなのに。


胸の奥が痛かった。


懐かしい。


悲しい。


そして――


寂しい。


そんな感情だけが残っている。


神崎が通信装置を確認する。


「発信源を探す。」


「分かるの?」


「施設内の通信じゃない。」


神崎の指が止まる。


「外部から入ってきた形跡もない。」


「じゃあ、どこから?」


神崎は答えなかった。


その時。


端末に文字が浮かんだ。


【SECOND KEY REQUIRED】


その下に。


【SUBJECT 02】


そして。


さらに一行。


【MEMORY SEQUENCE 01】


「……メモリーシーケンス?」


澪が画面を見る。


「再生できるの?」


神崎が操作する。


画面に映像が現れた。


海。


静かな海だった。


波打ち際に。


二人の子どもがいる。


一人は悠真と同じ顔。


もう一人は、まだ顔が見えない。


二人は砂浜に座っていた。


「これ……。」


悠真は息を呑む。


映像の中の二人は、何かを話している。


音声は聞こえない。


だが。


突然。


一人の少年が小さなものを差し出した。


黒い飴。


悠真の目が見開かれる。


「……飴?」


澪が画面を見る。


少年は笑っている。


もう一人の少年も笑った。


そして。


黒い飴を半分に割る。


一つを自分へ。


もう一つを相手へ。


映像の中の少年が口を動かす。


音声が復元される。


『約束。』


悠真の胸が締め付けられた。


『海が怖くなっても。』


もう一人の少年が頷く。


『絶対に、忘れない。』


画面が乱れる。


『……二人で帰ろう。』


そこで映像が途切れた。


悠真は呆然としていた。


「黒糖……。」


澪が振り向く。


「え?」


「黒糖の味がする。」


「悠真?」


「口の中に……。」


何も食べていない。


それなのに。


確かに。


甘い。


懐かしい味。


黒糖のような。


深い甘さ。


そして。


胸の奥に。


別の記憶が浮かぶ。


――海辺。


――二人の少年。


――黒糖飴。


――約束。


『絶対に帰ろう。』


悠真は目を閉じる。


「……俺は。」


声が震える。


「この子と、何か約束した。」


神崎が黙っている。


「何の約束かは、まだ分からない。」


悠真は画面を見る。


「でも……。」


少年の顔を見る。


「俺は、この子を置いてきた。」


その瞬間。


画面が激しく乱れた。


【MEMORY ERROR】


【SEQUENCE LOCKED】


そして。


一瞬だけ。


もう一人の少年の顔が映った。


悠真と同じ顔。


だが。


その瞳だけが違った。


深い青。


まるで。


海そのもののような瞳。


悠真は息を呑んだ。


「……俺じゃない。」


澪が小さく言う。


「うん。」


「でも……。」


悠真は画面へ手を伸ばす。


「俺と同じだ。」


神崎が呟いた。


「……双子。」


悠真と澪が同時に神崎を見る。


「双子?」


神崎は首を振る。


「いや。」


「違う。」


「これは、血縁の話じゃない。」


「じゃあ何?」


神崎は画面の文字を指差した。


【01=器】


【02=核】


「同じ人間を二つに分けた。」


悠真の顔から血の気が引く。


「……分けた?」


「身体と。」


神崎が言葉を選ぶ。


「存在を。」


その瞬間。


施設全体が揺れた。


――ゴォォン。


天井から砂埃が落ちる。


「地震?」


澪が身構える。


神崎が端末を見る。


「違う。」


「海だ。」


「海底で何かが動いた。」


再び。


――ゴォォン。


今度はもっと大きい。


施設の壁に亀裂が走る。


悠真は目を閉じた。


聞こえる。


あの声が。


『悠真。』


『約束を思い出して。』


「……お前は誰だ。」


悠真が呟く。


返事があった。


『僕だよ。』


一瞬。


悠真の脳裏に。


幼い少年の笑顔が浮かんだ。


『ずっと待ってた。』


悠真の目から。


一滴の涙が落ちた。


理由は分からない。


ただ。


その声を聞いた瞬間。


ずっと昔に失った何かが。


戻ってきたような気がした。


『でも――』


声が変わる。


悲しげな声。


『もう、間に合わない。』


「……何が?」


沈黙。


そして。


『海が起きた。』


――ドクン。


世界中の海が。


同時に脈打った。

第79話をお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、悠真とSUBJECT 02の間にあった「約束」が初めて描かれました。


そして黒糖飴。


これは偶然の小道具ではありません。


悠真の過去と、SUBJECT 02との関係を繋ぐ重要な記憶として、今後さらに意味を持たせていきます。


「01=器」

「02=核」


この二つが何を意味するのか。


そして二人は、本当に一人の存在を分けたものなのか。


まだすべては明かしません。


ただ一つ。


悠真は、SUBJECT 02を「知らない存在」としてではなく、「失った誰か」として感じ始めています。


そして最後に――


「海が起きた。」


第4章「世界胎動」は、ここからさらに大きく動き始めます。


次回もよろしくお願いいたします。

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