第78話 もう一人の少年
写真の中にいた。
自分と同じ顔。
自分と同じ目。
けれど――
あれは、本当に「自分」だったのだろうか。
二人の少年が。
黒い海の底に立っていた。
悠真は、息をすることさえ忘れていた。
「……二人。」
澪が小さく呟く。
壁に並んだ写真。
そのすべてが、いつの間にか同じ景色へ変わっている。
黒い海。
海底。
そして二人の少年。
一人は、悠真と同じ顔。
もう一人は――
顔が見えない。
「……こいつ。」
悠真が写真へ近づく。
胸の奥が痛む。
知らないはずなのに。
見たことがないはずなのに。
なぜか、知っている。
「この子を……俺は知ってる。」
澪が振り返る。
「どこで?」
悠真は答えられない。
その瞬間。
写真の中の二人が動いた。
今度は。
はっきりと。
悠真と同じ顔をした少年が、もう一人の少年へ手を伸ばしている。
もう一人も手を伸ばす。
だが。
二人の間には、透明な壁がある。
――第76話で見た光景。
悠真の記憶と同じだった。
「……同じだ。」
澪が息を呑む。
「何が?」
「この光景。」
悠真は写真を見つめる。
「俺が見た記憶と同じ。」
神崎が近づく。
「記憶?」
悠真は頷いた。
「二人の子どもがいた。」
「一人は俺。」
「もう一人は顔が見えなかった。」
神崎の表情が変わる。
「……そうか。」
「何か知ってるな。」
「知らない。」
「またそれか。」
悠真が睨む。
神崎はしばらく黙っていた。
そして。
一枚の写真を壁から外した。
裏側には。
古い手書きの文字があった。
【01=器】
【02=核】
悠真の目が止まる。
「器……?」
神崎は写真を裏返した。
「これ以上は――」
「教えてくれ。」
悠真の声は静かだった。
怒鳴ってはいない。
だからこそ。
神崎は目を逸らせなかった。
「俺は何なんだ?」
神崎は答えない。
「人間なのか?」
沈黙。
「それとも、何か別のものなのか?」
澪が悠真の隣に立つ。
「悠真。」
「……分かってる。」
悠真は澪を見る。
「怖いんだ。」
その言葉に。
澪が少しだけ目を見開いた。
「ずっと、怖かった。」
悠真は写真を見る。
「自分の中に、自分じゃないものがいる気がして。」
「海を見るたびに、知らない景色を思い出して。」
「知らないはずの人のことを、懐かしいと思って。」
一度、息を吸う。
「でも……」
悠真は拳を開いた。
「それでも俺は、俺でいたい。」
澪は何も言わなかった。
ただ。
悠真の手を握った。
「うん。」
それだけだった。
神崎は二人を見ていた。
そして。
小さく笑った。
「……蒼一が正しかったのかもしれない。」
「何が?」
「お前を海から遠ざけようとしたことだ。」
悠真の目が鋭くなる。
「どういう意味だ?」
神崎は答えず。
古い棚へ向かった。
一番下。
鍵のかかった引き出し。
鍵を差し込む。
開いた。
中には。
一本の古い記録媒体が入っていた。
「蒼一が死ぬ前に、私へ預けた。」
「今まで使わなかったの?」
「使えなかった。」
「なぜ?」
「暗号が、お前の存在を前提に作られていたからだ。」
悠真が黙る。
神崎は記録媒体を端末へ接続した。
画面が点灯する。
【ACCESS CONDITION】
【SUBJECT 01】
【HEART RATE】
【CONFIRMED】
悠真の心拍を読み取る。
数秒後。
画面が変わった。
【ACCESS GRANTED】
澪が息を呑む。
「悠真が鍵……。」
神崎が頷く。
「最初から、そのつもりだったのかもしれない。」
音声が再生される。
ノイズ。
そして。
蒼一の声。
『もし、この記録を再生しているなら――』
悠真は画面を見つめた。
『悠真は、もう海を見てしまったんだな。』
胸が締め付けられる。
『なら、もう隠す意味はない。』
音声の向こうで。
蒼一が一度だけ息を吐いた。
『まず、知ってほしい。』
『お前は、私たちが作ったものじゃない。』
悠真の目が見開かれる。
『お前は――』
そこで音声が途切れた。
「……何?」
澪が端末を確認する。
「途中で切れてる。」
神崎が再生を試みる。
反応しない。
「壊れた?」
「いや。」
悠真が言った。
「違う。」
端末を見る。
画面に新しい表示が浮かんでいた。
【SECOND KEY REQUIRED】
【SUBJECT 02】
神崎が固まる。
「……そんな。」
「どうした?」
「この記録は、SUBJECT 01だけでは最後まで再生できない。」
「じゃあ……。」
悠真は画面を見る。
「02が必要なのか。」
その瞬間。
施設の全照明が消えた。
暗闇。
そして。
どこからともなく。
声がした。
『……悠真。』
澪が息を呑む。
神崎が振り返る。
「誰だ!」
返事はない。
ただ。
悠真には分かった。
この声を。
知っている。
ずっと昔から。
忘れていた。
もう一人の少年の声だった。
『……やっと、思い出した?』
――ドクン。
悠真の胸の奥で。
二つ目の鼓動が鳴った。
第78話をお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、悠真が初めて自分自身について「怖い」と口にしました。
強さや謎だけではなく、自分が何者なのか分からない恐怖。
そんな悠真の隣に澪がいることも、この物語では大切にしていきます。
そして。
SUBJECT 01=器。
SUBJECT 02=核。
さらに蒼一が残した、
「お前は、私たちが作ったものじゃない。」
という言葉。
しかし、その続きはまだ語られませんでした。
最後に現れた声。
「やっと、思い出した?」
その声の主は誰なのか。
そして、本当にSUBJECT 02なのか。
ここから過去の謎と現在の出来事が、少しずつ重なっていきます。
次回もよろしくお願いいたします。




