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9、HYDRA CHRYSALIS ―AWAKENING― 「境界が崩れた時、世界は真実に目覚める」  作者: Nao9999


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第76話 同じ海を見ている

同じ鼓動を聞いている。


同じ海を見ている。


それなのに――


なぜ、出会ってはいけないのか。

――ドクン。


もう一度。


二つの鼓動が重なった。


悠真は画面から目を離せなかった。


【SUBJECT 01】

【ACTIVE】


【SUBJECT 02】

【ACTIVE】


その二つの表示は、一定の間隔で点滅している。


「……どっちが、俺なんだ?」


悠真が呟いた。


神崎が顔を上げる。


「何?」


「SUBJECT 01と02。」


悠真は画面を指差す。


「俺は、どっちだ?」


神崎は答えなかった。


その沈黙が答えのように感じられた。


「……神崎。」


「今はまだ――」


「また“まだ”か。」


悠真の声が低くなる。


「俺は自分のことを何も知らない。」


「何をされたのかも。」


「なぜ海が俺を呼ぶのかも。」


「そして、なぜ俺と同じような存在がもう一人いるのかも。」


拳を握る。


「それなのに、みんな俺に何も教えない。」


澪が静かに口を開いた。


「悠真。」


「……何?」


「私は、話していいと思う。」


神崎が澪を見る。


澪は目を逸らさなかった。


「もう、隠しても意味がないよ。」


「世界中の海が動き始めてる。」


「今までとは違う。」


「悠真だけじゃなくて、世界そのものが変わろうとしてる。」


神崎は長く息を吐いた。


そして。


古い端末を閉じた。


「……一つだけ教える。」


悠真と澪が顔を上げる。


「SUBJECT 01と02は、普通の意味での“被験者”じゃない。」


「じゃあ何だ?」


「……起点だ。」


「起点?」


「HYDRA計画は、人間を進化させるための研究じゃなかった。」


悠真の表情が変わる。


神崎は続けた。


「人間と世界。」


「その境界を作るための研究だった。」


――境界。


その言葉を聞いた瞬間。


悠真の胸の奥が痛んだ。


「……境界。」


どこか懐かしい。


昔から知っていた言葉のような感覚。


澪が悠真を見る。


「大丈夫?」


「ああ。」


だが。


始原の雫が反応した。


透明な光が、ゆっくりと明滅する。


一度。


二度。


そして。


悠真の前へ一本の光が伸びた。


「また……。」


澪が息を呑む。


光は悠真の胸へ触れる。


――ドクン。


瞬間。


世界が反転した。


海。


また海だった。


だが、今度は黒くない。


透明だった。


どこまでも透き通った海。


その中央に、二人の子どもが立っている。


一人は悠真。


もう一人は――


顔が見えない。


二人は向かい合っていた。


何も言わない。


ただ。


互いの手を伸ばしている。


そして。


二人の手が触れる直前。


巨大な壁が二人の間に現れた。


透明な壁。


海そのものが、二人を分けている。


『まだ、会ってはいけない。』


誰かの声。


少年の悠真が叫ぶ。


「なんで!」


返事はない。


もう一人の子どもが、壁の向こうから悠真を見る。


その目だけが。


異様にはっきりと見えた。


悲しそうだった。


まるで。


ずっと待っていたような目。


悠真は手を伸ばす。


「待って!」


その瞬間。


映像が砕けた。


「――っ!」


悠真が目を開く。


床に膝をついていた。


澪がすぐに駆け寄る。


「悠真!」


「……今の。」


息を整える。


「SUBJECT 02を見た。」


神崎が固まる。


「顔は?」


「見えなかった。」


「何か分かったか?」


悠真は答えようとして。


止まった。


「……悲しそうだった。」


それだけだった。


神崎は何も言わない。


その時。


通信端末から音がした。


ピッ。


新しいデータ。


自動受信。


【UNKNOWN】


神崎が画面を開く。


そこには。


一枚の画像だけがあった。


黒い海。


その中央に、一人の人影。


深海服。


割れたヘルメット。


第41話で悠真たちが見たものと同じ姿だった。


しかし。


今回は違った。


その人物が。


こちらを向いている。


そして。


ヘルメットの奥から。


一文字だけ表示された。


【01】


悠真の背中に寒気が走る。


「……SUBJECT 01?」


神崎が呟く。


だが。


画像の下には、別の文字があった。


【WARNING】


【SUBJECT 01 IS NOT THE ORIGINAL】


「……何?」


澪が画面へ近づく。


「オリジナルじゃないって……どういう意味?」


神崎も答えられない。


その瞬間。


画像の人物が動いた。


静止画のはずだった。


ゆっくりと。


こちらへ手を伸ばす。


そして。


画面いっぱいに文字が現れる。


【02 IS WAITING】


通信が切れた。


同時に。


始原の雫の透明な光が消える。


完全な暗闇。


誰も喋らない。


数秒後。


悠真が小さく呟いた。


「……待ってる。」


澪が見る。


「誰が?」


悠真は答えなかった。


ただ。


自分の胸に手を当てる。


そこには。


確かに。


もう一つの鼓動があった。


――ドクン。


自分の心臓とは違う。


それでも。


なぜか。


怖くなかった。


むしろ――


懐かしかった。


そして遠い海の底で。


誰かもまた。


同じ鼓動を聞いていた。

第76話をお読みいただき、ありがとうございました。


今回は、SUBJECT 01とSUBJECT 02の関係に新しい謎を置きました。


「SUBJECT 01 IS NOT THE ORIGINAL」


そして、


「02 IS WAITING」


果たしてSUBJECT 01とは何なのか。


そして、悠真が見た「もう一人の子ども」は何者なのか。


二人は敵なのか。


それとも――。


まだ答えは出しません。


第4章「世界胎動」は、世界が変わるだけではなく、悠真自身の「存在」が何なのかという核心へ、少しずつ近づいていきます。


これまで積み重ねてきた「境界」という言葉も、ここから重要な意味を持ち始めます。


次回もよろしくお願いいたします。

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