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9、HYDRA CHRYSALIS ―AWAKENING― 「境界が崩れた時、世界は真実に目覚める」  作者: Nao9999


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第74話 海からの記憶

忘れていたわけじゃない。


思い出せなかっただけだ。


記憶とは、

消えるものではなく――


時が来るまで、

眠っているものなのかもしれない。

「悠真を、海から遠ざけてくれ。」


その言葉だけが、頭から離れなかった。


音声データは、すでに停止している。


それでも。


悠真の耳には、何度も繰り返し聞こえていた。


海から。


遠ざける。


なぜ。


「……悠真。」


澪の声がする。


「大丈夫?」


「ああ。」


答えた。


だが、自分でも分かっていた。


大丈夫ではない。


神崎は黙ったまま端末を操作していた。


何度試しても、残りのデータは開かない。


「蒼一は、何かを隠していた。」


悠真が言う。


神崎は頷いた。


「そうだろうな。」


「あなたも知らない?」


「知らない。」


即答だった。


「だが、一つだけ思い当たる。」


神崎が古い資料を取り出す。


紙だった。


二十八年前のものだ。


「蒼一が研究を始める前に書いたメモだ。」


紙の中央に、手書きの図があった。


円。


その中央に、一人の人間。


周囲を囲むように、いくつもの波形。


悠真は眉を寄せる。


「これ……。」


「何か分かるか?」


「分からない。」


しかし。


見覚えがあった。


どこかで見た。


夢だったのか。


記憶だったのか。


分からない。


その瞬間。


悠真の視界が揺れた。


――海。


まただ。


黒い海。


だが、今回は違う。


遠くに誰かがいる。


小さな子ども。


裸足で海辺に立っている。


顔は見えない。


少年は海を見つめていた。


そして。


海の中から、一人の女性が現れる。


長い髪。


白い服。


顔は見えない。


それでも。


悠真には分かった。


「……母さん。」


澪が振り向く。


「え?」


映像の中で、女性が少年へ手を伸ばす。


少年も手を伸ばす。


しかし。


二人の間に黒い波が入り込む。


女性の姿が消える。


少年が泣く。


そして。


誰かの声。


『まだ早い。』


低い声だった。


『この子を、海へ返してはいけない。』


悠真は目を開けた。


「……っ!」


息が苦しい。


床へ手をつく。


澪がすぐに支える。


「悠真!」


「今……見えた。」


「何を?」


「子ども。」


神崎が顔を上げる。


「どんな子だ?」


悠真は答えようとして。


止まった。


その子どもの顔が。


自分と同じだった。


「……俺。」


神崎の表情が変わる。


「何?」


「子どもが……俺だった。」


静寂。


誰も動かない。


神崎がゆっくりと立ち上がる。


「それは記憶か?」


「分からない。」


「夢か?」


「分からない。」


「じゃあ、何だ?」


悠真は首を横に振る。


「……でも。」


胸へ手を当てる。


「知ってる。」


「何を?」


「この海を。」


その瞬間。


施設内の全端末が一斉に起動した。


【NOAH LINK】


【6.2%】


【MEMORY RESPONSE】


神崎が画面を見る。


「記憶反応……?」


表示が変わる。


【SEA MEMORY】


【ACCESS DENIED】


【REASON】


そして。


最後の一行。


【SUBJECT IS NOT AUTHORIZED】


悠真の背筋が凍る。


「俺が……?」


澪が画面を見つめる。


「じゃあ、誰が許可されてるの?」


答えは出なかった。


その時。


始原の雫が、静かに揺れた。


『違う。』


悠真が振り返る。


『許可されていないのではない。』


「じゃあ、何なんだ?」


『お前は、まだ思い出してはいけない。』


「なぜ?」


始原の雫は沈黙する。


そして。


初めて、明確な恐怖を含んだ声で言った。


『思い出せば、海もお前を思い出す。』


――ドクン。


世界中で。


海が動いた。


同時刻。


日本から遠く離れた海域。


一隻の調査船が、異常を記録していた。


「船長!」


「どうした?」


「海底から反応です!」


「地震か?」


「違います。」


若い観測員が画面を見つめる。


「反応が……上へ移動しています。」


「深度は?」


観測員が答えられない。


数字が。


意味を失っていた。


海底。


そのさらに下。


存在するはずのない場所から。


何かが上がってくる。


「船長……。」


「何だ。」


観測員が震える声で言った。


「海底じゃありません。」


「じゃあ何だ?」


「……海の下に、もう一つ海があります。」


船内が静まり返る。


その瞬間。


ソナーに一つの反応が現れた。


人間。


一人。


海底から、ゆっくり上昇している。


そして。


その反応がこちらを向いた。


観測員の顔から血の気が引く。


「……こっちを見てる。」


画面が暗転する。


最後に残ったのは。


一つの文字。


【NOAH】


そして、その下に。


【SUBJECT 02】


――世界胎動は。


まだ始まったばかりだった。

第74話をお読みいただき、ありがとうございました。


悠真が見た「海の記憶」。


そこにいた子どもは、悠真自身でした。


そして、始原の雫が告げた、


「思い出せば、海もお前を思い出す。」


この言葉の意味は、まだ明かしません。


さらに最後には、海底から現れた謎の存在。


そして表示された、


【SUBJECT 02】


第二の継承者との繋がりも、ここから少しずつ動き始めます。


過去と現在。


悠真と海。


NOAHと世界。


それぞれが、少しずつ一本の線へ繋がり始めます。


次回もよろしくお願いいたします。

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