第058話 機械の番人
番人は速かった。
金属の体とは思えない俊敏さで、あさひに飛びかかる。
鋭い爪が、岩壁を切り裂く。
爪が石に当たるたび、火花が散り、青白い光に混じって赤い筋が走る。空洞の天井から石粉が舞い落ち、呼吸が一瞬詰まった。こよいは袖で口元を覆い、巾着を胸に抱える。風の神が怯えた気配を見せるが、こよいは「ここにいて」と心の中で頼んだ。
「くっ!」
あさひは剣で受け止めるが、衝撃で吹き飛ばされる。
重さが違う。まともに受けたら骨が砕ける。
背中が岩にぶつかり、鈍い音が空洞に響いた。こよいは足を踏み出しかけ、あさひの「来るな!」という叫びで止まる。近づけば巻き込まれる。今は踏ん張るしかない。
「排除を開始する」
番人が金属めいた声を発した。
背中から火筒のようなものが撃ち出される。
円筒状の弾が空中で回転し、尾を引く火花を散らした。風が巻き起こり、熱が頬に刺さる。こよいは身を伏せ、爆風が頭上をかすめるのを感じた。
ドォォン!
爆発。
土煙が舞い上がる。
「あさひ!」
こよいは叫んだ。
煙の中から、あさひが飛び出してきた。
着物が焦げ、額から血を流している。
血が頬を伝い、泥と混じっている。あさひは舌打ちし、手の甲で血を拭った。息は荒いが、目はまだ鋭い。こよいは胸の灯に触れ、落ち着くよう自分に言い聞かせた。
「……硬いな。普通の剣じゃ斬れねえ」
「どうするの?」
「弱点を探す。……関節か、目の感知器か」
あさひは地面を滑るように動き、番人の足元に潜り込んだ。だが金属の尾がうなりを上げ、岩を削る。こよいは息を呑み、風の神に「今は待って」と告げた。乱れた風は味方の足場を崩す。
あさひは再び突っ込んだ。
番人の攻撃を紙一重でかわし、懐に潜り込む。
剣を一閃。
足の関節を狙う。
しかし番人は予測するように膝を折り、金属の尻尾で反撃した。尾が岩を削り、破片が飛ぶ。あさひは身を伏せて避け、立ち上がりざまに二撃、三撃と斬りつけたが、どれも鈍い音だけを残して弾かれた。
こよいは目を凝らし、番人の動きを追う。肩の装甲が開閉するたび、内部の赤い光が瞬く。そこが関節だ。あさひに伝えたいのに、声が届くか分からない。こよいは大きく息を吸い、叫んだ。
「肩! 肩の継ぎ目!」
あさひは一瞬だけ視線をこちらに向け、頷いた。
ガキン!
弾かれた。
装甲が厚すぎる。
刃が跳ね、耳に金属音が刺さる。あさひは体勢を立て直すが、番人の影がすぐに覆いかぶさった。こよいは歯を食いしばり、周囲の砂利を見た。砂なら、装甲の隙間に入り込めるかもしれない。
「無駄だ」
観測者の隊長らしき男が言った。
「その機体は、神気遮断合金で作られている。神の力も、物理攻撃も通じない」
男の声は冷たく、誇らしげだった。機械を見上げる視線には、作ったものへの自負が見える。こよいはその目に怒りを覚えた。神の命を奪って作ったものに、誇りなどあっていいはずがない。
隊長の背後で、観測者たちが計器を操作し始めた。番人の目が赤く強く灯り、動きがさらに速くなる。こよいは息をのんだ。機械は強化されていく。時間をかければ不利になる。
「なんだと!?」
番人が腕を振り回す。
あさひは回避するが、追い詰められていく。
背中がパイプにぶつかり、蒸気が吹き出した。熱い白煙が視界を塞ぎ、足元が滑る。こよいは風を細く送り、煙を裂いた。あさひの姿が見え、剣がぎりぎりで爪を弾いた。
こよいは、巾着を握りしめた。
風の神が、震えている。
『……こわい』
『……あれ、きらい』
「大丈夫。今だけ力を貸して」こよいは囁き、巾着に額を当てた。風の神は小さく震え、やがて短い風を起こす。こよいはその風に手を重ね、目を凝らした。番人の目の赤い光は、唯一の露出だ。でも、何かできるはずだ。
風の力なら、隙間に入り込めるかもしれない。
「風!」
こよいは叫んだ。
「あいつの目! 目を砂で潰して!」
『……うん!』
風の神が応える。
突風が吹き荒れ、地面の砂利を巻き上げた。
砂嵐が、番人の顔面を襲う。
砂粒が金属の隙間に入り、きしむ音がした。番人の動きが一拍遅れ、追撃のタイミングがずれる。あさひがそれを見逃さない。
番人は腕を広げ、体を震わせて砂を払おうとした。だが目はまだちらつき、視界が戻らない。こよいはもう一度風を送り、今度は足元に砂を集めて滑りやすくした。番人の足がわずかにずれ、体勢が崩れる。
「視界不良。感知器の目、洗い直し中」
番人の動きが止まった。
赤い目が明滅している。
光が弱まり、機械の唸りが一瞬途切れた。こよいは息を止め、あさひの動きを追う。勝負は一瞬だ。
あさひは地面に滑り込み、番人の腹下へ潜る。そこは装甲が薄く、配線が束になっていた。剣先で配線を引き裂くと、火花が散り、番人の体がびくりと震えた。こよいはその瞬間に風を送り、熱い火花を遠ざける。風が火花を散らし、視界を確保した。
あさひは地面を蹴り、番人の肩の隙間に剣をねじ込んだ。刃先が装甲の内側で引っかかり、金属の軋む音が響く。番人が大きく身じろぎ、爪が空を切った。
「今だ、あさひ!」
「おう!」
あさひが跳んだ。
番人の頭上に。
そして、剣を逆手に持ち、首の隙間に突き刺した。
ズプッ。
金属の擦れる音がして、火花が散った。
番人が痙攣する。
赤い光が走り、体の関節が一斉に固まる。番人は膝をつき、重い頭が床にぶつかった。衝撃で岩が砕け、空洞の空気が揺れた。
床に亀裂が走り、粉塵が舞う。観測者たちが一歩下がり、機械の周囲がざわついた。番人が倒れた衝撃は、ただの勝利ではなく、彼らの計画の歯車を狂わせた証だった。
隊長が短く指示を出し、観測者たちは隊列を整え直す。番人の代わりに人が前へ出る。冷たい視線が集まり、空洞の温度がさらに下がった気がした。
こよいは胸の灯に触れ、今ここで決めなければならないと悟った。
逃げるより先に、守るべきものがある。
こよいはその重みを胸の中で確かめ、迷いはなかった。あさひの背の頼もしさにそっと頷き、息を整えて足の震えを抑えた。胸の奥で風が鳴いた。目が冴える。
こよいは一歩踏み出し、あさひの肩を支えた。あさひは短く「平気だ」と言いながらも、息が荒い。額の血がさらに滲む。こよいは袖で血を拭い、風の神に「少しだけ癒して」と頼んだ。風が薄くあさひの肩を撫で、痛みを散らす。
「機能停止」
番人は、ドサリと崩れ落ちた。
勝った。
「……やったな」
あさひが肩で息をしながら言った。
「いい判断だったぜ、こよい」
こよいは小さく頷いたが、喜びは長く続かない。機械の中心が青白く脈打ち、警めの鈴がさらに高くなる。観測者たちは立ち直り、銃を構えていた。
銃口が閃き、白い火花が足元を切り裂く。こよいは咄嗟に身を伏せ、風の神で小さな壁を作った。壁は薄いが、視線を逸らすには十分だった。
あさひは息を整え、剣を構え直す。「あと少しだ。あいつらは機械を守ることしか考えてねえ。なら、機械を壊せば逃げる」
こよいは頷き、巾着に手を当てた。風の神はまだ震えているが、戦いの中で少しだけ強くなった気配がある。恐怖の中でも動ける。それが、今の風の神の成長だった。「……うん」でも、まだ終わっていない。
観測者たちが、周りを取り囲んでいる。




