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神雧 - KAMIATSUME -  作者: 神代 一文
第14章 風の残像

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第437話 島影の道

挿絵(By みてみん)


露岬(つゆみさき)の仮停車場から再乗車すると、線路は海岸線に沿って西へ伸びていた。


 左手に海、右手に崖(がけ)。列車(れっしゃ)は岩壁(がんぺき)を削って作られた狭い棚(たな)の上を走っている。窓から身を乗り出せば、真下に波が砕ける岩礁(がんしょう)が見えた。

 こよいは窓の外を眺(なが)めていた。潮(しお)の匂いが車内に届き、巾着(きんちゃく)の紐(ひも)が風に微かに揺れている。海上に、島が点在している。大小さまざまな島影(しまかげ)が、水平線(すいへいせん)に沿って並んでいた。


 午後の陽光が傾き始めると、島々の影(かげ)が海面に落ちた。


 最初は、ただの影(かげ)に見えた。島の形をした黒い影(かげ)が、水面に揺れている。だが、列車(れっしゃ)が進むにつれ、影(かげ)の位置関係が変わっていった。

 一つの島の影(かげ)が、隣の島の影(かげ)に繋(つな)がった。

 さらにその先で、三つ目の島の影(かげ)と重なる。影(かげ)と影(かげ)が接続し、海面の上に一本の暗い帯(おび)が現れた。


 「……道だ」


 こよいが呟(つぶや)いた。


 島影(しまかげ)が、海の上に道を作っている。島と島の影(かげ)が連なり、黒い帯(おび)が海面をまっすぐに走っていた。波は帯(おび)の周囲で砕けるが、影(かげ)の上だけは水面が平らに凪(な)いでいる。


 久遠(くおん)が目録(もくろく)を開き、頁(ページ)を繰った。義眼(ぎがん)の蒼光(そうこう)が頁(ページ)の上を走る。


 「島影(しまかげ)の道」


 久遠(くおん)が低く言った。


 「記録(きろく)がある。この鉄道が敷設(ふせつ)された当時の設計図(せっけいず)だ」


 こよいは久遠(くおん)の隣に寄り、目録(もくろく)を覗き込んだ。古い図面が写し取られている。海岸線と島の配置が描かれ、島と島の間に点線が引かれていた。点線の横に、細かい数字が並んでいる。


 「角度と時刻だ。島の位置は、影(かげ)が特定の時間帯に連続する道を形成するように計算されている」


 「……島を、わざとそこに置いたってこと?」


 「島そのものを動かしたかは分からない。だが、鉄道の経路は、島影(しまかげ)の道が見える位置を通るように設計されている。偶然じゃない」


 あさひが窓の外を見た。


 「影(かげ)の道は、どこに向かってる」


 久遠(くおん)は目録(もくろく)の図面を指で辿(たど)った。点線の先端が、一つの地名で終わっている。


 「経蔵(きょうぞう)だ」


 三人とも、黙った。

 かつて真実の目録(もくろく)を持ち出した経蔵(きょうぞう)。三人が正門から入ったときには、海側に外郭があることまで分からなかった。古い設計図の点線は正門ではなく、島影(しまかげ)を縫ってその海側へ廻り込んでいる。車内の空気が張り詰め、車輪がレールの継ぎ目を越える鈍い音(おと)だけが、沈黙を刻んだ。


 「島影(しまかげ)の道は、経蔵(きょうぞう)への航路(こうろ)を示している。設計者は、鉄道と島影(しまかげ)の両方を使って、経蔵(きょうぞう)への道筋を残した」


 こよいは窓の外に目を戻した。

 影(かげ)の帯(おび)は、水平線(すいへいせん)に向かってまっすぐ伸びている。午後の光が傾くにつれ、影(かげ)は濃くなり、道の輪郭(りんかく)が鮮明になっていく。


 「時間で変わるのか」


 「ああ。午後二時から四時の間だけ、影(かげ)が繋(つな)がる。それ以外の時間帯は、ただの島影(しまかげ)に戻る」


 列車(れっしゃ)が岬(みさき)を回り、角度が変わった。

 影(かげ)の道が、列車(れっしゃ)の進行方向と平行に走っているのが見えた。線路と影(かげ)が、同じ方角を指している。


 こよいは巾着(きんちゃく)を胸に当てた。中の名前たちが、かすかに温かい。怖がっているのではない。方角を感じている。


 「名前たちも、分かってる。あっちだって」


 久遠(くおん)が目録(もくろく)を閉じ、窓の外を見つめた。


 「設計者が誰なのかは分からない。だが、この鉄道を作った者は、経蔵(きょうぞう)を知っていた。そして、辿(たど)り着く方法を島影(しまかげ)に刻んだ」


 あさひが腕を組んだ。


 「親切だな。罠(わな)じゃないのか」


 あさひの目が細くなった。剣の柄(つか)に置いた手が、無意識に力を帯びている。


 「罠(わな)かもしれない。だが、今のところ、海側から経蔵(きょうぞう)へ戻る手がかりはこれしかない」


 列車(れっしゃ)は海岸線を離れず、ゆっくりと西へ進み続けた。

 窓の外で、島影(しまかげ)の道が伸びている。午後の光が低くなるにつれ、影(かげ)は海面の上で最も濃い黒を纏(まと)い、やがて夕暮れの赤に溶けて見えなくなった。


 「明日の午後には、また見える」


 久遠(くおん)が静かに言った。


 こよいは窓に映る自分の顔を見つめた。

 影(かげ)の道は消えた。だが、方角は覚えている。巾着(きんちゃく)の中の名前たちが、身体の芯(しん)に方向を刻んでいる。西。海の向こう。島影(しまかげ)の先。


 列車(れっしゃ)の車輪が、規則正しくレールを叩いた。

 その音(おと)が、こよいには足音のように聞こえた。誰かが、ずっと先を歩いている。影(かげ)で道を作りながら、後から来る者のために印を残している。


 こよいは目を閉じた。

 瞼(まぶた)の裏に、島影(しまかげ)の帯(おび)が焼きついている。あの黒い道が海面に描いた一本の線を、身体の奥で辿(たど)り直していた。

 列車(れっしゃ)の揺れに身を預け、巾着(きんちゃく)の温もりを胸に感じながら、影(かげ)の道の先にあるものを反芻(はんすう)した。


 おたまが窓辺で影の帯を追い、島と島の切れ目ごとに小鈴を鳴らした。午後二時を過ぎると返る音が一本の連続した余韻になり、四時前にはまた途切れる。設計図の時刻と、猫が拾った音の窓は一致した。


 久遠(くおん)は設計者の意図を断定せず、翌日の同じ時刻に再観測する印をつけた。罠なら同じ形を保てない可能性がある。道を信じる前に、一度だけ反復を確かめる。

 こよいは島と島の切れ目を三つ、窓枠(まどわく)に指で刻むように覚えた。明日、影が同じ位置に繋がらなければ渡らない。その選択に、巾着(きんちゃく)の名前たちが穏やかな一拍を返した。

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