↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神雧 - KAMIATSUME -  作者: 神代 一文
第14章 風の残像

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
429/438

第429話 情報の墓所

挿絵(By みてみん)


停車場(ていしゃじょう)の空気が、(こお)っていた。


 列車(れっしゃ)の扉が開いた瞬間、車内の温もりが吸い出されるように消えた。代わりに入ってきたのは、鉱石(こうせき)のように硬い冷気だった。肺に入ると重く沈み、吐く息が白く固まって足元に落ちた。白い息が地面に触れ、石畳(いしだたみ)(しも)と混ざって消えていく。


 石畳(いしだたみ)の表面に(しも)が張っていた。だが、(しも)の下が光っている。銀色の微細な粒子(りゅうし)が、石の継ぎ目に沿って()い回り、灯籠(とうろう)残光(ざんこう)に触れると空中に舞い上がった。舞い上がった粒子(りゅうし)は、一つずつ灯籠(とうろう)の火に吸い寄せられるようにして消えていく。灯籠(とうろう)の火が、粒子(りゅうし)を飲み込むたびにわずかに明るくなり、すぐにまた暗く沈んだ。


 石の底から、名前の残骸(ざんがい)が這い上がってくる。


 こよいは足を止めた。この場所全体が、記録(きろく)墓所(ぼしょ)だった。柱の森にあった柱は、一本ずつが墓標(ぼひょう)だった。ここは違う。停車場(ていしゃじょう)そのものが、一つの巨大な墓になっている。


 柱に古い(ふだ)が何枚も重ねて貼られていた。(はか)り手の札だと、久遠(くおん)が言った。風もないのに一枚が揺れ、死者の呼吸(こきゅう)のような気配を(ただよ)わせた。(ふだ)の端が黄色く変色し、(すみ)の字が薄くなっている。何度も貼り替えられた痕跡(こんせき)が、(のり)の跡として柱の表面に残っていた。


 久遠(くおん)目録(もくろく)を開いた。義眼(ぎがん)蒼光(そうこう)(ページ)を走る。文字が光に浮かび上がっては薄れ、浮かんでは消える。真実を暴かれることを拒むように、(すみ)(ページ)の奥へ逃げ込んでいく。


 久遠(くおん)は歯を食いしばり、消えかける文字を追い続けた。義眼(ぎがん)蒼光(そうこう)を限界まで上げ、逃げる文字を蒼い光で追い詰める。


 「ゼロ地点で見た再定義(さいていぎ)が、ここまで進んでいる」


 低い声だった。怒りを押し殺している。


 「奴らは記録(きろく)を消すだけじゃ足りなくなって、記録(きろく)の定義そのものを書き換えている。ここにあった名前は、削除されたんじゃない。最初から存在しなかったことにされている」


 こよいは巾着(きんちゃく)を胸に引き寄せた。神々が布越しに震えている。冷気に(おび)えているのではない。この場所の底に沈んだ無数の名前の気配に、反応している。


 「あの子たちの名前も、白くなるの」


 声が震えた。ここにある銀色の粒子(りゅうし)が、かつて名前だったものだと分かった。石の底に押し込められ、形を失い、光の(くず)になって這い上がってくる。灯籠(とうろう)に吸われて消える。それが、この停車場(ていしゃじょう)で繰り返されている。


 久遠(くおん)(ページ)から目を離さなかった。


 「消える順序がある。まず意味。次に音。最後に形。この場所の粒子(りゅうし)は、形すら崩れかけている。だが——」


 義眼(ぎがん)蒼光(そうこう)石畳(いしだたみ)の下に沈めた。光が(しも)を透過し、石を透過し、その下の暗い土の中を照らした。


 「根が来ている。薄いが、金色の脈が停車場(ていしゃじょう)の下を通っている。粒子(りゅうし)全部灯籠(とうろう)に吸われる前に、一部が根に触れて地下に引き込まれている」


 全部は救えない。だが、全部が消えるわけでもない。根が地下から手を伸ばし、崩れかけた名前の欠片(かけら)を拾い上げている。


 あさひが三人の先頭に立った。剣の(つか)に手を添え、前方の闇を見据(みす)えている。吐く息が白い。


 「長く立つな。この場所は身体から熱を抜く。足が動かなくなる前に抜ける」


 低い(かね)が鳴った。石畳(いしだたみ)を伝って足裏に届く振動(しんどう)が、脊髄(せきずい)を這い上がった。銀色の粒子(りゅうし)が一斉に舞い上がり、三人の周囲を取り囲むように(うず)を巻いた。粒子(りゅうし)(うず)が、微かに(おと)を立てていた。砂時計(すなどけい)の砂が落ちるような、乾いた(おと)


 こよいは声を出しかけた。粒子(りゅうし)の一つ一つに、名前だったころの温もりが微かに残っている。呼んであげたい。けれど。


 あさひが振り返らずに言った。


 「呼ぶな。ここで名前を声にしたら、お前の名前も石に吸われる」


 こよいは(くちびる)()んだ。巾着(きんちゃく)を握る手に力を込め、声にならない温もりだけを送った。神々が一度だけ強く脈打ち、布越しに淡い光を放った。その光が足元を照らし、石畳(いしだたみ)(しも)の下で銀の粒子(りゅうし)が一瞬だけ金色に揺れた。


 根に触れた粒子(りゅうし)だった。巾着(きんちゃく)の光に応えて、地下へ引き込まれていく。


 あさひが歩き出した。こよいは巾着(きんちゃく)を胸に抱え、あさひの背中が切り開く闇の隙間(すきま)に向かって足を運んだ。久遠(くおん)目録(もくろく)を閉じ、最後尾で二人に続いた。


 (かね)(おと)が遠ざかっていく。石の底で粒子(りゅうし)がまだ這い上がっている。冷気が背中にまとわりつき、一歩ごとに振り払うような重さがあった。けれど三人は止まらなかった。闇の先に、次の道がある。


 おたまが石畳の割れ目へ小鈴を近づけると、地下の金色の根が音を受け取り、銀の粒子を灯籠ではなく下へ導いた。三人は呼び声を使わず、猫の鈴と巾着の光で救える粒だけを根へ渡す。前の間引き場を沈黙で抜けた時とは違い、今回は小さくても回収の手を動かせた。


 久遠(くおん)は再定義の発見ではなく、拡大範囲と根による回避例を記した。既知の脅威がどこまで来たかを知ることが、次の防壁を作る材料になる。

 闇の先へも、金色の根はなお続いていた。

 闇の先へ、金色の根はなお続く。どれだけ深くても、根が伸びるかぎり、名前はまだ生きている。こよいはその一本を頼りに、光の絶えた道へ、迷わず踏み込んだ。

 根が伸びるかぎり、名前は生きている。その一本の光を頼りに、こよいは闇を恐れなかった。光の絶えた場所にこそ、拾うべきものがある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。