表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神雧 - KAMIATSUME -  作者: 神代 一文
第1章 霧の序章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/125

第018話 束の間の休息

挿絵(By みてみん)


夕暮れの森を、案内人と一緒に戻った。

 行きと同じ道なのに、景色が違って見える。

 体が軽いからだろうか。それとも、心が軽いからだろうか。


 巾着(きんちゃく)は、まだ重い。でも、さっきまでの鉛のような重さではない。

 (ほこら)の神と空き地の神が、静かに中にいる。


 「……らく」


 空き地の神の声が、かすかに聞こえた。


 「……すこし、ひろくなった」


 (ほこら)の神の声も。


 三柱(みはしら)だったのが、二柱(ふたはしら)になった。

 その分だけ、巾着(きんちゃく)の中に余裕ができたのだ。


 道標(みちしるべ)の神の最後の言葉が、頭の中で繰り返されていた。


 「……わからない」


 また会えるか、わからない。

 それが、別れの真実だった。


 空が茜色に染まり、やがて薄暗くなっていった。

 森の奥から、夜の気配が近づいてくる。でも、怖くはなかった。里に戻れば、安全だ。


 二時間ほど歩いて、(さかい)の里に着いた。

 広場では、焚き火が燃えていた。

 数人の里人が、火を囲んでいる。


 「戻ったか」


 誰かが声をかけた。


 「うまくいったみたいだな」


 案内人が頷いた。


 「ああ。置いてきた」


 「そうか。ご苦労だった」


 こよいは、焚き火の温かさに、少しだけほっとした。

 ここは安全な場所だ。少なくとも、今夜は。


 夕食の前に、(おさ)の家を訪ねた。

 報告しなければならないと思った。


 (おさ)の家には、囲炉裏(いろり)の火が灯っていた。

 温かいお茶が出された。


 「置いてきました」


 こよいは言った。


 「三柱(みはしら)目の神を」


 (おさ)は、ゆっくりと頷いた。


 「そうか。よくやった」


 その言葉に、重みがあった。


 「……軽くなりました」


 「そうだろう。それが、届けるということだ」


 (おさ)は、茶を一口飲んだ。


 「お前はまだ二柱(ふたはしら)抱えている。(ほこら)の神と、空き地の神だったな」


 「……はい」


 「あと二つ、届ける場所がある」


 こよいは、背筋を伸ばした。


 「……次は、どこですか」


 (おさ)は、囲炉裏(いろり)の火を見つめながら言った。


 「第二境界の向こうだ」


 「ここから、二日はかかる」


 「名無しの谷(ななしのたに)を通る。気をつけろ」


 名無しの谷(ななしのたに)

 その言葉だけで、不穏な空気が漂った。


 「……何があるんですか」


 「名前が溶ける場所だ」


 (おさ)の声が、低くなった。


 「そこでは、自分の名前を忘れそうになる」


 「名乗ってはいけない。呼んでもいけない」


 こよいは、その言葉を胸に刻んだ。

 名無しの谷(ななしのたに)。名前が溶ける場所。

 また、新しい試練が待っている。


 「……でも」


 こよいは、ふと疑問を口にした。


 「……なぜ、神を届けるんですか」


 (おさ)は、少し驚いた顔をした。


 「なぜ、とは」


 「集めて、届けて、置く」


 こよいは、言葉を選びながら言った。


 「それを繰り返して、何になるんですか」


 (おさ)は、しばらく黙っていた。

 囲炉裏(いろり)の火が、パチリと爆ぜた。


 「届けないと、散り散りになったままだ」


 (おさ)は、ゆっくりと言った。


 「神は、一つの場所に留まれない。忘れられれば、消える」


 「だから、集め手が拾って、(しか)るべき場所に届ける」


 「そうすれば、神は消えずに済む」


 「……でも、ずっとそうなんですか」


 こよいは聞いた。


 「ずっと、集めて、届けて、の繰り返しですか」


 (おさ)は、首を振った。


 「いいや。いつか、終わりがある」


 その言葉に、こよいは息を呑んだ。


 「終わり……?」


 「神は、いつか一箇所に集まる」


 (おさ)の目が、炎に照らされて光った。


 「それを、『神雧(かみあつめ)』という」


 神雧(かみあつめ)

 その言葉が、胸に響いた。


 「かみ……あつめ」


 こよいは、呟いた。


 「(かみ)が、集まる」


 「そうだ」


 (おさ)は頷いた。


 「集め手が集めた神々が、いつか一つの場所に集まる」


 「散り散りになった神々が、再び一つになる」


 「それが、神雧(かみあつめ)だ」


 こよいは、その言葉を噛み締めた。

 神雧(かみあつめ)。全ての神が、一箇所に集まる。

 それが、終わりの形なのだろうか。


 「……いつ、集まるんですか」


 こよいは聞いた。


 「いつ、神雧(かみあつめ)は起きるんですか」


 (おさ)は、首を振った。


 「分からん」


 「でも、いつか必ず起きる」


 「昔、全ての神が一箇所に集まったことがある」


 その言葉に、こよいの心臓が跳ねた。


 「……あるんですか。本当に」


 (おさ)は、遠い目をした。


 「伝承(でんしょう)だ。とても古い」


 「その時、何が起きたかはわからない」


 「ただ、神々が集まった。それだけは確かだ」


 神雧(かみあつめ)

 全ての神が、一箇所に集まる。

 昔、それは実際に起きた。

 そして、いつかまた起きる。


 「……ぼくが集めた神も、いつか」


 こよいは、巾着(きんちゃく)を見下ろした。


 「(ほこら)の神も、空き地の神も、道標(みちしるべ)の神も」


 「みんな、集まるんですか」


 (おさ)は、ゆっくりと頷いた。


 「そうかもしれん」


 「だから、届けるのだ」


 「届けた場所から、神々はいつか旅立つ」


 「そして、神雧(かみあつめ)の場所へ向かう」


 こよいは、その言葉を胸に刻んだ。

 届けることは、終わりじゃない。

 神雧(かみあつめ)への、始まりなのかもしれない。


 (おさ)の家を出て、広場で夕食を食べた。

 簡素な食事だったが、温かかった。

 体に、栄養が染み込んでいく。


 食事の後、用意された小屋で休んだ。

 藁の布団は、少し硬かったけれど、疲れた体には十分だった。


 布団の中で、巾着(きんちゃく)を握りしめた。

 温かい。(ほこら)の神と空き地の神が、静かに眠っている。


 「……神雧(かみあつめ)


 小さく呟いた。


 巾着(きんちゃく)の中から、かすかな声が聞こえた。


 「……かみ、あつめ」


 (ほこら)の神の声だった。


 「……いつか、みんな、あつまる」


 空き地の神の声も。


 「……そうなんだ」


 こよいは、目を閉じた。


 「……いつか、みんな集まるんだ」


 神雧(かみあつめ)

 全ての神が、一箇所に集まる日。

 それがいつ来るのか、わからない。でも、その日は必ず来る。


 昔、全ての神が一箇所に集まったことがある。

 その言葉が、頭の中で繰り返されていた。


 眠りに落ちる前、こよいは思った。

 集めて、届けて、置く。

 それは、神雧(かみあつめ)への道なのかもしれない。

 自分は、その道の途中にいる。


 まだ二柱(ふたはしら)の神を抱えている。

 まだ、届けなければならない場所がある。

 第二境界の向こう。名無しの谷(ななしのたに)を越えて。でも今夜は、休む。

 束の間の休息。

 明日から、また歩き出す。


 巾着(きんちゃく)が、ほんのり温かい。

 その温もりを感じながら、こよいは眠りに落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ