第014話 集め手の仕事
朝日が、窓から差し込んでいた。
こよいは、見慣れない天井を見上げて、一瞬だけ自分がどこにいるのか分からなくなった。
境の里だ。
昨日、ここに着いた。長に会った。
「境を越えてくる奴らがいる」と聞いた。
体を起こした。
傷は、まだ少し痛む。でも、昨日よりはずっとましだ。
巾着を手に取った。温かい。
「……おはよう」
小さく呟くと、祠の神の声が返ってきた。
「……おはよう」
「……よく、ねむれた?」
こよいは頷いた。
「うん。久しぶりに、ちゃんと眠れた気がする」
身支度を整えて外に出ると、里はもう動き始めていた。
煙が立ち上っている。朝餉の支度だ。
子供たちが走り回り、大人たちが声を掛け合っている。
普通の村の朝。でも、ここは「境の向こう」なのだ。
広場で簡単な朝餉を済ませた後、長がこよいを呼んだ。
「ついてこい。話がある」
長の家は、集会所のすぐ隣にあった。
質素な木造の家。でも、居間には書物や地図が並んでいる。
囲炉裏の前に座ると、長がお茶を淹れてくれた。
「傷はどうだ」
「……だいぶ良くなりました」
「そうか。若いのは回復が早い」
長は、茶碗を差し出した。
「昨夜、いくつか話した。だが、まだ足りない」
こよいは、茶を受け取った。温かい。苦いけれど、体に染みる味がする。
「お前は、『集め手』だ」
長の目が、こよいを真っ直ぐに見つめた。
「だが、集め手が何をする者か、本当に分かっているか」
こよいは、少し考えた。
「……神を、集める。消えそうな神を拾って、巾着に入れる」
「それだけか」
「……それだけ、だと思ってました」
長は、ゆっくりと首を振った。
「集め手は、神を集めるだけの存在ではない」
その言葉に、こよいは背筋を伸ばした。
「集めるだけじゃない。届けるまでが仕事だ」
届ける。
その言葉が、胸に響いた。
「……届ける?」
「そうだ。神には、行くべき場所がある。置くべき場所がある」
長は、茶を一口飲んだ。
「お前は、消えそうな神を拾った。それは正しい。だが、拾っただけでは終わらない」
「拾った神を、然るべき場所に届ける。そこまでが、集め手の仕事だ」
こよいは、巾着を握りしめた。
祠の神と空き地の神。二柱の神が、その中にいる。
「……届ける場所って、どこ」
「それは、神によって違う。だが、この境界の先には、いくつかの『置き場所』がある」
「昔から、集め手たちが神を届けてきた場所だ」
巾着の中から、小さな声が聞こえた。
「……うん、しってる」
祠の神の声だった。
「……いきたい、ばしょ、ある」
長は、少し驚いた顔をした。
「お前の神は、もう知っているのか」
「……はい。時々、そういうことを言います」
「ならば、話は早い」
長は立ち上がった。
「歩きながら話そう。見せたいものがある」
里の裏山へと続く道を、二人で歩いた。
緩やかな上り坂。木々の間から光が差し込み、地面に斑模様を描いている。
「集め手は、昔から存在した」
長は、歩きながら話し始めた。
「神が消えそうになる時、誰かが拾い上げる。それが集め手だ」
「だが、集めただけでは意味がない」
道の脇に、古い石が積まれていた。祠の跡だろうか。
長は、それを指差した。
「ここにも、かつて神がいた。だが、忘れられ、消えかけた」
「集め手が拾い上げ、別の場所に届けた。今では、その場所で祀られている」
「それが、集め手の仕事だ」
こよいは、石の跡を見つめた。
ここにいた神は、今はどこかで生きている。
そう思うと、少しだけ胸が温かくなった。
「だが」
長の声が、低くなった。
「気をつけねばならないことがある」
坂を上りながら、長は続けた。
「抱え込むと、お前も神も壊れる」
その言葉に、こよいは足を止めた。
「……壊れる?」
「そうだ。神は重い。見た目以上に、重い」
長は振り返った。
「一柱なら、大丈夫だ。二柱でも、なんとかなる。だが、三柱、四柱と増えると……」
「集め手の体が、耐えられなくなる。神々も、窮屈で苦しむ」
巾着が、少しだけ重く感じた。
「……ごめん」
祠の神の声が、小さく聞こえた。
「……おもい、よね」
こよいは、巾着を撫でた。
「ごめんなんて言わなくていいよ」
「……でも」
「ぼくが、ちゃんと届けるから」
長は、その様子を見て、少しだけ目を細めた。
「良い集め手になれそうだな、お前は」
「……そう、ですか」
「ああ。神と話ができる。それは、大事なことだ」
さらに坂を上ると、開けた場所に出た。
そこに、古い石柱が立っていた。
苔に覆われ、刻まれた文字は読みにくい。でも、方角を示していることは分かる。
「これは、置き場所への道標だ」
長は、石柱を指した。
「ここから先に行けば、最初の置き場所がある」
「お前の神が行きたがっている場所かもしれん」
こよいは、石柱を見上げた。
遠くに、山が見える。道は続いている。
「……どれくらい、かかりますか」
「歩いて一日。だが、急ぐ必要はない」
長は、こよいの方を向いた。
「その前に、一つ聞きたい」
長の目が、こよいの腰の巾着を見つめた。
鋭い目だった。何かを測っているような目。
「お前の巾着、もう重すぎないか?」
その言葉に、こよいは息を呑んだ。
巾着を見下ろす。
確かに、重い。最初に比べて、ずっと重くなっている。
祠の神と空き地の神。二柱の神。
それだけで、こんなに重いのか。
「……少し、重いです」
正直に答えた。
「でも、まだ大丈夫です」
長は、ゆっくりと首を振った。
「『まだ大丈夫』は、危険な言葉だ」
「それは、『もうすぐ限界』と同じ意味だからな」
風が吹いた。
木々がざわめき、葉が舞い上がる。
巾着が、確かに重い。
こよいは、初めてその重さを、本当の意味で感じていた。
「……早く、届けないと」
その言葉が、自然と口から出た。
長は頷いた。
「そうだ。それが分かったのなら、お前は正しい道を歩いている」
「明日、この先へ行け。最初の置き場所を目指せ」
こよいは、石柱の向こうを見つめた。
道は、森の中へと消えている。
その先に、神を置く場所がある。
巾着が、少しだけ温かくなった。
「……いきたい」
祠の神の声が、静かに言った。
「……ずっと、まってた」




