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神雧 - KAMIATSUME -  作者: 神代 一文
第3章 印の輪郭

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123/125

第123話 神の起源

挿絵(By みてみん)


久遠(くおん)目録(もくろく)を閉じた。

 重い音がした。

 紙が紙を打つ音ではなく、何か決定的なものが落下するときのような、胸の底に響く音だった。

 黄金の表紙から立ち昇っていた光は既に(つい)え、そこにあるのはただ、古びた革の装丁(そうてい)だけだった。


 車内に沈黙が落ちた。

 誰も口を開かなかった。

 車輪がレールを叩くリズムだけが規則正しく刻まれ、その単調な反復が、逆にこよいの胸の中の嵐を浮き彫りにしていた。

 窓の外は暗く、硝子(ガラス)に三人の顔がぼんやりと映っている。映った顔は皆、同じ表情をしていた。信じていたものの底が抜けた後の、空白の顔だった。

 神々は、作られた存在だった。


 祈りの残骸(ざんがい)から培養され、世界の燃料(ねんりょう)として消費され、摩耗(まもう)し磨り減ったら解体されて新しい種子へと再利用(さいりよう)される。

 あの温かな神々も、銀色の光も、風の(ささや)きも。

 全てが、観測者(かんそくしゃ)たちの設計通りに生み出された、精緻(せいち)な部品の機能に過ぎなかったのだ。


 目録(もくろく)に記されていた製造記録は、淡々とした数字の羅列だった。

 培養温度。成長速度。耐久年数。廃棄条件。

 神々のことを、帳簿の中の品目のように扱っていた。あの記録を書いた者には、愛も悲しみもなかった。ただ効率だけがあった。

 巾着(きんちゃく)の中で、神々は沈黙していた。


 泣いているのでもなく、怒っているのでもなかった。

 ただ黙っていた。

 真実を知ってしまった者特有の、動けなくなるほど深い静寂の中にいた。

 こよいは(てのひら)の中の微かな振動を確かめた。四つの脈が、どれも弱く、しかし確かに打っている。硝子(ガラス)のような澄ました静けさが、布の奥から(にじ)んでいた。


 こよいは巾着(きんちゃく)(ひざ)の上に乗せ、その温もりを(てのひら)で探った。

 布越しの温度が、いつもより低い気がした。神々が自分の中に閉じこもっているのだ。

 あの温もりは嘘だったのか。こよいの(てのひら)が受け取ってきた脈動は、設計された機能に過ぎなかったのか。


 微かに、本当に微かに、四柱(よはしら)が脈打っていた。

 呼吸をしている。

 まだ、生きている。

 設計された機能だとしても、その脈動はこよいの(てのひら)の中で打っている。目録(もくろく)(ページ)の中ではなく、ここで。


 こよいは目を閉じ、巾着(きんちゃく)の温もりに意識を集中した。

 神々の脈。月の冷たさ。硝子(びいどろ)の静けさ。風の気配。四つの存在が、それぞれの形で息をしている。

 目録(もくろく)が言う「部品」に、これほどの温度があるだろうか。設計図が予測した「機能」に、涙を流す力があるだろうか。

 こよいは知っている。あの神々の涙が、設計の外にあるものだということを。


 「……信じてるよ」


 こよいは巾着(きんちゃく)に向かって、(ささや)くように言った。


 「どんなふうに生まれてきたとしても。あの子たちがぼくの(てのひら)の中で泣いたことは、本当のことだから」


 声が震えた。

 涙は出なかった。

 涙を流すには、まだ怒りが熱すぎた。

 観測者(かんそくしゃ)たちへの怒り。神々を作り、使い、壊してきた者たちへの怒り。そして、その構造の中で何も知らずに暮らしてきた自分自身への怒り。

 怒りは喉の奥で塊になり、飲み込むことも吐き出すこともできず、ただ胸の中で燃えていた。

 久遠(くおん)目録(もくろく)を懐に仕舞(しま)い、目を閉じた。


 義眼(ぎがん)蒼光(そうこう)が消え、彼の顔は年相応の少年のそれに戻っていた。

 (ひたい)に張り付いた髪の間から、限界を超えた情報処理の代償(だいしょう)として浮き上がった細い血管が見えた。

 久遠(くおん)にとって、この真実は長く探し求めていた答えだった。けれどその答えは、彼自身の存在をも揺るがすものだったはずだ。義眼(ぎがん)も、彼が読み解く術式も、全て観測者(かんそくしゃ)の技術から生まれたものなのだから。こよいは久遠(くおん)の閉じた(まぶた)を見つめ、何も言えないまま指先を膝の上で握りしめた。


 あさひは通路に足を投げ出し、天井を仰いでいた。

 剣を膝に横たえ、(つか)を握ったまま力を抜いている。


 「……なあ、こよい」


 「……うん」


 「部品だって何だっていいんだよ。本物かどうかを決めるのは、作った奴じゃない。そばにいる奴だ」


 あさひはそれだけ言って、天井を見た。

 天井板の木目を見つめる目は鋭いのに、声だけが優しかった。こよいは、あさひがこういう言葉を持っていることを、今まで知らなかった。粗い言葉の奥に、誰にも見せない柔らかさがある。

 喉の奥の塊が、少しだけ解れた。こよいは息を吐き、巾着(きんちゃく)をもう片方の(てのひら)(おお)った。


 列車は走り続けていた。

 窓の外の幻影(げんえい)の海は、いつの間にかその姿を消していた。

 代わりに広がっていたのは、ただの(きり)だった。


 どこまでも白い、何も書かれていない(きり)

 経蔵(きょうぞう)の中は文字で(あふ)れていた。どこを見ても名前があり、記録があり、消された声が積み重なっていた。この(きり)には何もない。何も書かれていない。だからこそ、これから書けるのだと、こよいは思った。

 その白さが、こよいの目にはかつてないほど(まぶ)しく映った。

 巾着(きんちゃく)の中で、月の神が微かに銀色の光を灯した。

 続いて風の神が小さく息を吐き、硝子(びいどろ)の神がその光を映して揺らめかせた。


 声はなかった。

 言葉はなかった。

 ただ、光だけがあった。

 作られた存在が、設計を超えて光を灯している。それは小さな反乱だった。観測者(かんそくしゃ)が予測しなかった、(てのひら)の中の小さな奇跡。

 こよいはその光に手を重ね、座席の木の硬さを背中に感じながら、目を閉じた。


 列車の揺れが、ゆりかごのように身体を揺らした。

 車輪がレールの継ぎ目を踏むたびに、短い振動が背骨を伝わる。その規則正しい振動の中で、巾着(きんちゃく)の温もりだけが不規則に脈打っていた。生きているものは、時計のようには動かない。

 (きり)の向こうに、夜明けの気配はまだなかった。

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