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新世界の記憶  作者: 田舎乃 爺
第一章 風
14/17

13 進展

――首都『フォルニア』

  防衛兵団シールダーズ本部5階大会議室『カダリア全土発生障害対策本部』

  21:50



「サーチャーから追加資料到着しました。コピーして回します」


「結界範囲の特定は?」


「現地調査員と護衛団員からの結果待ちです。遅くとも日付変わる頃には」


「ちょっと待って、コンタクト落とした」


「プライバシーの侵害とか言われて調査員が足止め食らってるらしいです」


「治安警備隊を出動させて黙らせろ。今は情報がほしいんだ」


「局長はー? 解析マダー?」


「ねえコンタクトどこかいっちゃったんだけど」


「夜食の確保はできてる?」


「一階の大食堂に届けてもらう様に手配済みです」


「コピー、配布します」



 広大な会議室。数多くの団員と各局員の人数に合わせて並べられた機材たちは全力稼働を続けている。防衛兵団シールダーズ魔術研究所ディヴァイス情報調査集積機関サーチャー技術開発局テクノス、治安警備局、政府関係者が混ざってごった返しになっていた。

 この対策本部が設立されたのは先月の14日。そこからからわずか数日で手詰まりとなり、ここにいる者のほとんどが事態の解決を諦めかけていた。

 そんな絶望的な空気が立ち込めていた中で、朗報が舞い込んできた。



≪プレザントを中心として一部地域の障害が解除された≫



 飛び込んできた調査員の報告で、再びこの対策本部に活気が戻った。解決への糸口が見つかったのだ。

 長距離転移術を利用したやり取りでどんどん情報が流れ込んでくる。休みなしでここにいる全員が作業に当たっていた。

 手早くコピーされて配布された資料に会議室にいる面々が目を通していると、開きっぱなしになっている扉から目の下に大きなくまができているやつれた男性が入ってきた。



「解析完了ー。皆々様中央に注ー、目ー」


「『アイザック』局長! お疲れ様です!」



 入ってきたのは魔術研究所ディヴァイス局長の『アイザック・イングラハム』。ところどころに白髪が目立つぼさぼさの茶髪の頭を掻きながら、中央のテーブルへと印刷してきた資料を置いて椅子に乱暴に座った。

 会議室にいる全員が中央のテーブルを囲むようにして集まり、それぞれが資料を手にしたのを確認すると、アイザックが説明を始めた。



「今回のこの現象を引き起こしてたのは、『カルマ魔核コア』を動力源として広範囲障害を引き起こす結界発生器。これ1つでカダリア全土の10%を包み込める代物だ」



 その報告を聞いて会議室にいた全員がざわついた。信じられない。あり得ないといった声が聞こえてくる。

 魔核コアは様々な物の動力源とすることができるのだが、その魔核コアは錬成技術で複数個を一個にまとめて再生成することで魔力精製能力をあげることができる。現時点では先ほどの話にあったカルマ魔核コアがその最大強化だとされている。

 強力無比の代物であるカルマ魔核コアだが、生成方法と運用方法において様々な問題点が存在する。ちょうど資料をとってテーブルに合流した1人が、その点についてアイザックに問いかけた。

 


「局長。カルマ魔核コアは性質上、単独での使用は不可能なはずです。どのように使用したのですか?」


「それもこれで万事解決。この資料見ろ。それに合わせて解説する」



 アイザックは机に置かれた資料のとあるページの一部分を指さした。指定された箇所の内容を見てその場にいた者たちの大半の顔がひきつり、青ざめていく。

 予想通りの反応にアイザックは疲れを見せながらも簡潔に説明を続ける。



カルマ魔核コアの錬成時には『人間の魂』が必要となるのは周知の事実だ。そして生み出されたカルマ魔核コアは錬成にて消費された者の血縁者か親しい間柄でなければ使えない。だからこれ作った奴はこれを思いついたんだ」



 そういって心底嫌そうな顔をして、アイザックは資料に書いてある発生器の内部図を会議室のモニターへと映し出した。

 資料以外にも分かり易いようにと配慮して映されたそれに、会議室内が凍り付く。



「首都地下監獄に投獄されている犯罪者を錬成の基としてカルマ魔核コアを作り、犯罪者の家族の『中身』を生きたまま冷却術と密閉術を併用した独自の術式で腐らないように球状の中に入れる。こうすることで、カルマ魔核コアの圧倒的な魔力を行使しつつ、その一部を肉塊の保存にも回すことで結界を維持し続けることができる。そういった感じだ」



 一通りしゃべり終えたところで一旦深呼吸をし、さらに続けた。



「今回使われていたのは囚人番号405。そして首都にて1人暮らしをしていた405の母親だ。405の独房と母親のところを調査に向かわせたら、かなり高度の幻覚術式が使われているのを確認。あたかも母親はいつも通り生活し、405もまだ一緒に生活していると他の囚人と看守は錯覚していたそうだ。全体を確認したらあと13人の囚人が同様に消えていることも発覚した。そいつらも今頃はどこかの発生器の中にいると考えていいだろう」


「……作ったのは人間の皮を被った悪魔ですね」


「ああ。それも手先の器用な悪魔だ。人としての心がわずかでもあればこんな非道なんてできんさ」



 周囲からでた感想に、アイザックはため息交じりに応える。事実、悪魔でも一瞬ためらうレベルの物がこうして作り上げられているのだ。

 関係者様にも行き渡るように十分な部数を刷ってきた資料はもう底を着きかけていた。それだけ今回の調査結果に注目が集まっているということなのだろう。

 重い空気の中、資料の先の部分に目を通した男性が驚きの声を上げた。



「局長……! これマジですか!」


「術式行使者名、『ログネス・フォスター』。現臨時首相……!」


「対策本部設立から疑うことは何度かあったが、その予想が当たったってことだな」



 資料の後半。球状の物体に使われていた術式の行使者である人間が書かれていた。

 その男の名は、『ログネス・フォスター』。現カダリア臨時首相を務めており、この国にとっての最重要人物の一人だった。



「これが一番時間かかった。本部のデータだけじゃなくてまさか紙媒体の方にも手を出すことになった時はさすがに心が折れそうになったぞ」



 先ほどよりもさらに大きい、特大のため息をつきながらアイザックは説明を開始する。



「恐らくこの結界器本体の設計自体は俺の知人がやったはず。あいつの癖がよく出てる。技術開発局テクノスの解析班の連中も手伝ってくれたから間違いはないはずだ。問題なのはその結界器に使用されていた馬鹿げてると思えるほどに複雑に組み合わされた改造術式だ。似たようなのがあるか探した結果、保存書庫の紙媒体に答えがあった」


「……術式考案者名、『アダムス・フォン・ロンギヌス』?」


「そう。現臨時首相のご先祖様だと思われる存在だ。この術式の基盤となっている障害発生術式はそのアダムスが『前』世界において確立したものだった」



 魔術研究機関の本部にて紙媒体に術式は残っていたのだ。90ある保管庫の膨大な量の紙束の山から総動員してこれを見つけるのが一番苦労したらしい。



「照らし合わせて削り取っていった結果、この術式は数代に渡って受け継がれている物だと分かった。現物に残っている残滓を解析した結果、ログネスが数度に渡って資料と接触していたのも確認。それも、山ほどある資料から迷いなく選び抜いたことも分かった。最初から、この資料がここにあると知っているかのようにな」


「子孫だからこそ分かる何らかの繋がりで、選び抜いたと……」


「ログネスがかつて孤児だったのは有名な話だ。名も知らぬ生みの親が『ロンギヌス家』の血縁者だった可能性は十分にある。相当に厄介な血筋なのかもしれん」


「局長。ロンギヌス家の末裔が他にいる可能性は十分に考えられると思うのですが」


「その通り。対策として政府や関係各機関内の調査はもちろんのこと、医療機関等を通して国民内にロンギヌス家の血を継ぐ者、それと親交のあった家を調べ上げるよう指示を出した。ログネスに協力した者が複数いる可能性もあるな。尋常なく忙しくはなるが、頑張ってもらうしかない」


「局長、その見つかったという資料についてですが――」


「主犯の可能性があるログネスが何故保管庫の資料をそのままにしておいたか疑問に思ってるんだな?」


「はい。仮にも臨時首相を務めている存在です。その気になれば秘密裏に権限を利用して処分できたと思うのですが」


「答えは簡単。”処分したくても不可能だった”」


「不可能……?」


「残された資料は処分できなかったんだ。燃やせず、破けず、濡れず、魔術も効かず、持ち出そうとしてもいつもまにか手元から消えて所定の位置に戻ってる始末。解除不能な未知の超高度魔術が行使されていた。撮影とメモは大丈夫だったから助かったがな。よほどこの資料を後世に残したかったか、あるいは――」


「――あるいは?」


「――見つけてほしかった。いつか使う者を止めてほしかった。それか、使う者へ試練を課す意味もあったのかもしれん。まあ、作ったのは生まれ変わる『前』世界の人物だから本当の意味なんてこれっぽっちも分からんが」



 投げかけられたいくつか質問に丁寧に説明を続ける中でアイザックは眠気を覚ますためにその場で首を前後左右に動かす。長時間同じ体勢だったこともあり、体の節々が違和感を訴えていた。

 しかしながら休むわけにはいかない。ここからが正念場であることを自らの体にアイザックは言い聞かせる。その思いは、対策本部の面々も同じだった。

 活力が取り戻された会議室内。その中で、アイザックにとって随分久しい友人の声が聞こえてきた。



「なるほどなるほど。実に興味深いことになっているようですねえ」



 突然の声に驚き、その主がいる方向に会議室の全員の視線が集まった。そこには資料に目を通しながら瞳をキラキラと輝かせているオズワルドと疲れ顔のクランがいた。

 扇子を開いてあくびでだらしなく開いた口元を隠しながらクランは報告した。



「局長。言われた通り、少年から場所聞き出して連れてきたわ。あたしはもういいかしら?」


「ご苦労クラン副長。支部に帰ってゆっくり休んでてくれ。後は俺たちが何とかする」


「は~い。でも、休むことはできないわ」


「ほう?」


「例の件が進んでいないからね。遺族への説明、事後処理、本部へ提出する各資料まとめ。まだまだ何も終わってない」


「そうか。だが無理はするなよクラン。もし何か発生した時、現状のカダリアで最後の砦になるのはお前だけだからな」


「分かってるわ。その時は全力で何もかも守り切るから」



 しっかりとした力強い口調でそう言い残すと、クランは転移術で去っていった。その後、残されたオズワルドは中央の机の方へと意気揚々として近づいていく。その場違いな明るさに苛立つ者が数名現れ始める。

 空いていたアイザックの隣の席に躊躇うことなくオズワルドは腰かけた。資料を片手に楽しそうに話しかける。



「久しいですなあ局長殿。お元気でしたか?」


「あんたの研究成果おかげで今カダリア全土が大混乱だ。どうしてくれるこの糞天才野郎」


「いやはや、そんなに褒めていただきますと照れてしまいますな」


「褒めてねーよ糞天才」


 

 そんなやり取りの後、アイザックとオズワルドは目を合わせることなくがっちりと握手をした。仲良さげな有様をみせつけられて訳が分からないといった感じで魔術研究所ディヴァイス以外の面々の目が点になっている。

 研究成果ということは、今回問題となっている結界発生器の設計者なのだろうが、何故こんなにも親しげなのだろうか。それが今会議室にいる大半の疑問だった。

 ざわつく会議室内部。彼らの疑問に答えるようにアイザックが話し始めた。



「こいつはさっき話にでた例の物の設計者だ。だが、恐らくこいつ自身がこれをつくることはない。そうだろオズワルド」


「ええ。これは数年前に私が設計したもので、約1年前にログネス様にお売りしました。国が1つ作れるくらいの額で。ちなみに証拠映像がこちらです」



 オズワルドが軽快に指をぱちんと鳴らすと、突然机の上にモニターが現れ、会議室に設置されているテレビにも映像が流れ始めた。

 ログネスとその秘書官を真正面から映しているその映像では、間違いなく今回の結界発生器である『天才式・虚無障害発生器for禁忌バージョン』の取引が行われていた。



「驚いたのがこの映像を記録していたそれ以外のカメラが全て壊されていたのですよ。まあ、天才である私も対策した結果何とか映像を残すことができました」


「ちなみにどこに隠したカメラだ?」



 アイザックは素朴な疑問をぶつける。するとオズワルドは喜びながらズボンの前チャックを下そうとした。女性から悲鳴が上がる中、アイザックが止める。



「わかったから止めろ。一応女性もいるからな」


「しかしながら、天才的である私の元気の塊を見ればやる気も――」


「いいから止めろ。お前の元気で体調不良者が出る」


「仕方がないですなあ」



 オズワルドは渋々チャックから手を放した。要するに股間の部分に隠していた特殊カメラで撮っていたのだ。汚らしいが重要な証拠になるのは間違いない。

 映像が保存された小型記憶媒体が数個ほど会議室の面々にオズワルドから手渡された。早速これを証拠にログネスの身柄確保へと動くため、政府関係者がその場にいた何人かに指示を出した。受け取った記憶媒体を嫌そうに持ちながらも、数名が会議室から足早に出て行く。

 慌ただしくなってきた会議室の中で、資料に描かれたログネスの術式を見てオズワルドは苦笑いした。



「まさか天才である私の発明にさらに手を加え、これほど強力な物へと魔改造するとは。執念に近いものを感じますねえ」


「同感だ。だが、それを設計し、売ったお前にも罪はある」


「それは自覚しています。その罪を晴らすため、そして反省するためにも私はここへ来たのですから」


「それ以外にもたんまりと罪はあるがな。追放された件、誰も許しちゃいねえぞ」


「今その話します~?」


「禁忌術考案だけでも重犯罪何だよ馬鹿たれ。腹立たしいことにお前いなくなってから色々大変なんだぞ」


「反省してますとも。この通りに~」


「どの通りだっての」



 鋭い眼光を向けるアイザックに対し、オズワルドは茶化したような笑みを返す。見た目は異様に明るく振る舞っているオズワルドだが、心の中では深く反省していた。

 人を豊かにする研究が、時に使用方法を間違えれば多くの存在に害をなすものとなる。研究のための資金稼ぎとはいえ、危険人物となる存在にそれを売り渡したのは許される行為ではない。今回の発生器で被害を被った人のために、オズワルドは持てる全てをぶつけると決めていた。

 そう心の中で決意しながらも、資料を目に通すオズワルドは下唇を噛んだ。悪用されたのは、発生器だけではないからだ。



「ついこの間ディアンの鉱山にていつものふざけ半分の手口で子持ち鉱石回収ワームと鉱石異常発生装置を使用しました」


「かつての追放の原因探り当てた情報調査集積機関サーチャー調査員への嫌がらせだな。調査員のたどり着く先の場所で偽造名義で許可証発行して先に行動開始する手口か。クランからその件に関しては話を聞いている」


「そうですか。油断しました。まさか研究所に知らぬ間に侵入を許していたとは」


「んで、手を加えられていたと」


「はい。臆病なあの子たちが人間を襲うことなんてありえません。掘り進んだ先にいたモグラを見て驚き、失神するほどピュアな子たちなんですよ」



 先ほどクランがやってきたときに、研究所内においてログネスの僅かな侵入の痕跡があることが発覚したのだ。

 『天才式・魔鉱物異常発生装置』を鉱山内部に取り付け、子持ち鉱石回収ワームで異常発生した鉱石を採取する。ワームは人に危害を加えることはないが、その見た目の気持ち悪さからよく騒動になる。鉱山に調査員が赴く際によくオズワルドがやる嫌がらせだった。

 しかしながら、それが逆手に取られてログネスに利用されることとなってしまった。研究所内にて魔物化するように改造が施されていたのである。これがわからぬままでいたら、オズワルドは大量殺人未遂の犯人として捕まることになっていただろう。そうなれば証拠を残したくないログネスの思う壺だ。

 すでに『状況復元術』でその様子をカメラに収め、先ほどの記憶媒体の中に入れてある。しかし、起こってしまった結果が変わることはない。ワームに襲われて犠牲になった人へオズワルドは心の中で謝罪していた。



「ちなみに、私の優秀な助手はどこに?」


「助手を名乗る『バリー・アクトン』とかいうガキか。たぶん今1階で飯食べてると思う。あいつも協力的で助かったわ」



 ワームが数匹駆除されるのはいつものこと。それに対し偽造許可証を片手に助手を向かわせて現地の調査員と警護団員に弁償を要求する。これがいつもの手口であり、助手は欠かせぬ存在だった。

 今回はそのいつものことが予想よりも早かったために、偵察に向かわせた結果助手は捕ってしまったのである。

 優秀な助手には悪いことをした。さぞ怖かっただろうに。そうオズワルドが考えていると、アイザックが問いかけてきた。



「そうだ、アナリスとディアンに出没したお前の副産物に関しても聞いておこうか」


「はい? 副産物?」


「何言ってるんだ。お前の研究の中で生まれたって聞いてるんだが」



 そういうとアイザックは何枚かの写真をオズワルドに差し出した。おぞましく変化を遂げた団員がそこには写されている。



「呪術系の研究の中で生まれたんだろう? これをレギオンズに――」


「……何故これが。これは2年前に完全に抹消したはず――」



 アイザックの問いかけは途絶えた。オズワルドが異様と言っていいほど深刻な顔をしているからだ。

 旧知の仲だがら察することができる。一瞬考え、即座に結論に至った2人は顔を見合わせた。



「「――やられた」」



 同時にそういって2人は駆けだした。会議室にいる面々を押しのけて、全速力でエレベーターへと向かう。慌てふためく2人の様子に驚いて声をかけてくる者を無視する様子は、必死そのものだった。



「完全に私のミスです!優秀だからと言って油断していたこの馬鹿な天才のミスです!」


「どうして疑うことがなかった!」


「4年前に彼に出会ったときには見たんですよ、彼の心境を! 天才的な私の術式行使マシンで! その時は子供の純粋な探求心しかなかった!」


「お前が見抜けなかったとなると相当の手練れか。厄介すぎるな。ああ、ちくしょう、そういえばさっき資料配り終わったとき、周囲を見たが何部か足りなかった気がしたんだ!」


「あなたもじゃないですか!」


「ああそうだよ! 悪かったな!」


「というか何で転移術使わないんです!?」


「使ったら移動がバレるかもしれないだろうが!」


「ごもっともぉ!」



 極度の焦りが2人を襲う。まさかこんなにも近くに一番厄介な存在がいるとは予想していなかった。

 会話の最中で到着したエレベータに飛び込み、1階のボタンをオズワルドが壊れそうになるほどに連打する。乗り込もうとした者たちが異様ともいえるその光景にためらい、外に残った。



「早く、早く、早く!」



 とても長く感じるこの一瞬。1秒が1分に感じるほどの精神的ストレスが2人を襲っている。

 ようやく扉が閉まり、2人を乗せたエレベーターが降下していく。その途中の階でエレベーターが止まるたびに、鬼の形相のアイザックが乗り込みを拒否していた。

 背後の大きな窓から見える首都の夜景は美しいものだったが、焦る2人にはそれが目に入ることはない。オズワルドに連打された1階のボタンはすでに半壊している。階層を表示するパネルをアイザックが凝視していた。

 1階にたどり着き、汗だくになりながらも人の波をかき分け、大食堂にたどり着く。夜食の準備が進められている中で、2人はバリーを探した。

 しかし、見つからない。どこかに隠れているのか。そう考えていた時、用務員のおばさんが2人に話しかけてきた。



「アイザックさんと……、オズワルドさんですか? 可愛らしい男の子からメモを預かっているんですが」



 手渡されたメモ。汗だくの2人は息を切らしながら、そこに書かれていた一文を読んだ。



『資料ありがとうございます。貴重な研究の成果、すべていただきました。また機会があったらお会いしましょう』








     ◆◆◆







「球状物体内部にあった別の血液は一ヵ月前に襲撃されたのち、安否不明だったレイン・クウォーツゲルのものと判明。彼は訓練学校時代にて、あらゆる魔力が関係する物を消し去る、または打ち消すことができる能力を発現……」



 防衛兵団シールダーズ本部の屋上で、少年が手に持った資料の中間部分を音読しながら確認していた。

 彼のほかには屋上には誰もいない。それもそのはず、彼が入り口に細工を施してここに来れないようにしているからだ。



「中央病院に保管されていた彼の血液をログネスが手に入れていたことが調査で明らかに。血中に存在している彼のこの力を応用して、他人の視界から消し去る術式を球状物体に書き込んでいたと考えられる。実際、それだと思われる術式も復元された物から確認されている……。ふうん、そうなんだ」



 すると、1階の出入り口から慌てた男2人が出てきたのを確認した。少年にとって、その様子は見ていて滑稽だった。

 彼のこと、レインのことは前々から危険人物だとは思っていた。それに、消し去るという特殊な能力以外にも彼は『呪詛弾』を所持している厄介極まりない存在だ。

 レギオンズが一ヵ月前にログネスの協力で襲撃した際に、レインは姿を消した。見つけたのはそれから一ヵ月後。オズワルドの元に潜入してあらゆる研究成果を根こそぎ盗み出し、抜け出そうとしていた時期だった。

 辺境の町に彼はいた。以前のことを忘れて楽しそうにしていた。少年はそれを見て虫唾が走った。イライラする。何を考えることもなく、平穏な日々を送るその様子が。まるでレギオンズで活動している自分が否定されているようだった。

 しかし、近々死ぬことになるだろう。新しい力が目覚めたと聞いているが、そんなことは予想の範囲内。それを超える戦力はレギオンズにもあれば、ログネスの元にもある。

 もしこれ以降生き残ることができたのであれば、リーダーの言う通り、彼こそが”生み出された者”だと認めざるを得ない。そうならないことを少年は祈りながらも立ち上がり、転移術の準備を始めた。

 少年が帰るのは皆が待つ安息の場所。4年の時を経てようやく帰ることができ、少年は喜んでいた。



「それじゃあね教授。貴重な研究成果、存分にレギオンズで活用させてもらうよ」



 慌てふためくオズワルドとアイザックを眼下に捉えたまま、少年は屋上から消えた。

 少年の術式が解除された屋上に、職員たちがやってきた。何事もなかったかのよう会話を交えつつ、小腹を満たすための夜食を食べ始める。誰も、屋上が封鎖されていたことに疑問を持ってはいなかった。

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