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新世界の記憶  作者: 田舎乃 爺
第一章 風
15/17

14 夜空の下

――新暦195年 7月 15日(金)

  西海岸ライン・サービスエリア

  01:15



 雲1つない夜空を埋め尽くすのは無数の星。絶え間なく輝き続けるそれをサービスエリアのベンチでウィンは眺めていた。

 気温は低くないが、日中との差はそれなりにあった。寒暖差で体調を崩さないようにとリリィからも注意されたのを思い出す。

 営業時間が終わり、飲食店や売店はもう暗くなっている。街灯と自販機、そしてトイレの出入り口の明かりが周囲を照らしていた。

 そうした状況でウィンは今日の出来事を疲れた頭でまとめていた。気づかぬうちにその表情が険しくなっていることに本人は気づいていない。そんなウィンを気遣うかのように、ウィルソンはゆっくりと近づいていった。


 

「ウィンさん、これを」


「おお、ありがとうございますウィルソ……、ウィル」



 自販機で買ってきた缶コーヒーをウィルソンはウィンに手渡した。糖分控えめのそれを2人は喉に通す。

 柔らかな苦みが入り込み、体の中心から温めていく。普段とは違うコーヒーもたまにはいい。しかし、どこかの味と似ていると思ったウィンは脳内を捜索する。

 思い当たる物があった。工場のおやっさんの奥さんが淹れてくれたやつだ。納得がいったウィンはすっきりとした表情でもう一口コーヒーを喉に通した。

 そのすぐ横に腰かけたウィルソンがどこか不満げな表情で手の中にある缶コーヒーを見つめていた。



「やはりリリィさんの淹れてくれたほうが美味しいですね」


「同感。でも、ミアさんが淹れてくれたのはもっと美味しい」


「ほう。覚えておきましょう」



 少しずつ、コーヒーを口にしていく。色々とあったが、僅かなこのひと時が心に安らぎを与えてくれた。

 プレザントを発ってから約8時間。ウィンたちはケネスのバンに乗って西海岸ラインの道中にあるサービスエリアで一晩を明かすことになった。

 ケネスとリリィはすでにバンの中で眠りについている。うまく寝付けなかったウィンが気分転換に外へ出ると、ウィルソンもそれに付いてきた。

 ここまでの道中、準備やら何やらでゆっくりと話す時間が結局なかった。ようやくやってきた会話ができる時間を利用し、ウィルソンが動く。



「ウィンさん。ここまで多忙だったので話す機会がありませんでしたが、昨日の事件の経緯についてお話してもよろしいでしょうか」


「もちろん」


「ありがとうございます」



 丁寧な申し出ののち、ウィルソンは缶コーヒーに残された最後の一口を喉に通し、話始めた。



「昨日正午頃、役所の屋上に手襲撃してきた男の名は『ブレント・コンバース』。レギオンズの構成員の1人で、国際指名手配犯でした」


「レギオンズ。それも、国際指名手配犯か」


「一ヶ月前に首都の防衛兵団シールダーズの寄宿舎襲撃を敢行。以後、行方をくらませていました」


「一ヶ月前……? ウィル、それってもしかして……」


「寄宿舎襲撃の件については、私から説明することはできません。申し訳ございません」


「そうか。なら大丈夫。まあ、予想は出来るけどな……」


 

 秘匿すべき情報は開示できないウィルソンの現状に理解を示したウィンは、それ以上問いを投げることはなかった。

 聞かずとも凡そは想像できる。目的は定かではないが、襲撃の対象は自分レインだったと。

 自身が殺意に支配されて暴走したときに脳裏をよぎった記憶をウィンは思い出す。荒ぶる感情を制御できない程に、自分レインはブレントを恨んでいるのは明白だった。

 仮にまた何処かでブレントに遭遇した時、自分レインを制することができるか不安になるウィン。揺れる思いを払拭するかのようにウィンがコーヒーを一気に飲み干したところで、ウィルソンが続けた。



「続けます。これまでの間、ブレントの手配書及び各種情報には彼の『人の時』の顔しか映っていませんでした。特徴が一致する黒い狼の獣人は世界各地で事件を起こしていましたが、ブレントの変身後の姿だとは考えられていなかったからです」


「別の存在として認識されてたのか」


「はい。以後、カダリア政府は今回の事件を経て『獣魔人じゅうまじん』を新たな亜人種として認定。ブレントと黒い獣人を同一人物として再度国際指名手配することとなりました」


「新しい人種の認定が事件を経てのものに……。もし次に突発発生した獣魔人が一般市民だとしたら、悪い印象抱かれちゃうだろうな……」


「こればかりは仕方がありません。そうした人々の意識を変えるためにも、今後一層の対策が必要となります。そうした対策は、政府にお任せください」



 最悪な形となってしまった新たな人種の出だし。今後における偏見の原因となってしまうのは間違いない。

 自身が変貌した魔人も、発生・発見当初は相当の混乱があったとウィンは知っている。それ以上の多くの困難が、獣魔人には待っているだろう。

 重苦しい空気となってしまったが、時間を無駄には出来ない。気持ちを整理するかのようにウィルソンは短い咳払いをした後、再び口を動かし始める。



「話を戻します。再度指名手配されたブレントは、理由は不明ではありますが不明物体の警護に付いていたらしく、対象物の破損を確認して私たちの前に現れました。ブレントが現れたということはレギオンズが関与している可能性があり、現在調査が進められています」


「あの気色悪い物にも関与してるって、本当にヤバいんだなレギオンズって」


「証拠物を撮影した私のカメラは奇跡的に無事であり、今回の件をまとめた報告書とともに提出しました。どうやらかなり役に立つ情報だったらしく、それを元にある出来事に進展があったそうです。詳細に関しては機密のため、お教えすることができません」


「そうか。役に立ったならよかった」


「ちなみに、今回の一件は役所と工事現場における突発発生した魔人同士の衝突、ということで話をつけることが決定しました。関係各所への根回しは実施済みですので、ご安心ください」


「やることなすことが早い。本当にすみません。何から何まで」


「お気になさらず。これが仕事ですし、私にとっては恩返しのようなものです。あなたが魔人となることなく、リリィさんの治療も遅ければ、私は死んでいたでしょうからね」


「……そうか」



 ウィルソンを救えたという事実を知ったとしても、ウィンは素直に喜ぶことができない。無意識のうちに魔人へと変貌した後の行動は、誇れるようなものではないと理解していたからだ。

 殺意に飲まれて街に被害を出しただけでなく、大切な存在に向けて躊躇うことなく引き金に指をかけたままで銃口を向けた。リリィの助けがなければ元の姿に戻れなかったという結末も、ウィンの表情を曇らせるには十分に過ぎるものだった。

 自分自身が有する制御不能の圧倒的な力。自分レインが抱える問題にさらに重なることとなった大きすぎる課題。それに対する苦悩を感じ取ったウィルソンは、静かに話しかけてくる。



「色々と考えている顔ですね、ウィンさん」


「バレた?」


「ええ。あなたは結構顔に出やすいタイプですね」



 本当に色々なことが起こりすぎた。静かだったあの一か月が嘘のようだった。覚悟はしていたが、この先でもこんなにも大変な出来事に巻き込まれる可能性があるとウィンは想像して身震いした。

 コーヒーを飲み終え、空になった缶を手にうなだれるウィン。それを横目に見ながらウィルソンは夜空を眺める。



「明日寝泊まりするであろう町にすでに助っ人を手配しておきました。私が知りうる中でも相当の手練れで、信頼できる存在です。彼らがいれば道中も少しは安心することができるでしょう」


「助っ人? いつの間に呼んだんだ?」


「もう範囲外に出て使えませんが、これで」



 ウィルソンは視線を夜空から逸らすことなく、懐から取り出した携帯電話を見せてきた。それが使えるようになったことをウィンは忘れていた。

 プレザントでウィンが撃ち落としたあれが強力な障害を発生させる結界を張っていたらしく、破壊したことでプレザントを中心に周囲のいくつかの町の電波が回復した。

 これのおかげで今回の件の収拾も手早く済ませることができたし、一部の地域とはいえ通信などが使用可能になったのは街にとっても大きな利益につながることが考えられた。

 取り出したそれを懐に戻すと、ウィルソンは視線をウィンへと移した。いつもは冷たいとしか思えなかったその瞳だが、今はその奥から人間味のある温かさが感じられる。



「ですので、気負いしないでください。あなたはただ、首都へ無事に到達することを考えていてください」


「……わかりました。何から何まですんません」


「ここは謝る場面ではなく、礼を言ってほしかったのですが」


「ありがとう……、ウィル」


「はい。どういたしまして」



 自分ではまた襲われても対処できないであろう未熟さに気を落としたが、それでも何とか頑張っていこうとウィンは決心した。

 ウィルソンのいう助っ人が合流してくれれば少しは安心できる。そう考えると、ウィンはようやくやってきた眠気を感じながらあくびをした。

 多少でも明るさが戻ったウィンを見たウィルソンは、手の中にある空になったコーヒー缶へと目をやった。

 


「コーヒーで目が冴えるかと思いましたが、逆とは意外ですね」


「そうだな、俺も意外だと思った」


「早めにあの町を出たかったがために、一番疲れているであろうウィンさんを無理矢理連れ出した私の判断のせいですね。申し訳ない」


「いやいや、そんなことはないと思う」


「そういってくれると助かります」


「……あのさウィル」


「何でしょう?」


「ちょっと失礼な質問かもしれないけど、他人から感情表現苦手? って聞かれたことないか?」


「ありますね。自覚もしています。ですがこれが私の性分。簡単には改善できないものです」



 安心と眠気ともにやってきた素朴なウィンの疑問にウィルソンは即座に応える。その口元が苦笑いをしているかのように僅かに動いたことをウィンは見過ごさなかった。

 


「ちなみに遺伝みたいなものなのか?」


「ん……。そうとも言えます」


「そうともとは?」


「私を含め、代々私の家の血を継ぐ男性はこうした性質を持っているんです。女性は正反対に活発になるそうで、実際に私の妹はとても元気な子ですね」


「ほぉー。そんなこともあるのか」


「はい。ですが私はこの性分を嫌だと思ったことはありません。このぱっとしない、もっと簡単に言えば冴えないといえる性質が一族から淘汰されなかったということは、『必要』とされている大切なものだからこそ、残ったものだと考えていますから」


「……めっちゃ前向きだな」


「ええ。それが私のもう一つの取り柄ですから」



 ほとんど表情を動かさない外面の向こうにあるのは、温かくて真っ直ぐな思い。ウィンの中のウィルソンへの印象がまた改まることとなった。

 些細な質問がいい結果を生み出せたことにウィンは内心喜んでいると、再び大きなあくびをしてしまう。抑えきれなくなり始めた眠気に抗うことは得策でないと判断し、動くことへの拒否反応を示し始めた口を開いた。



「……わるい、ウィル。もう無理そうだ」


「そうですか。それではバンにお戻りください。私はここで再度情報をまとめてから戻ります。おやすみなさい、ウィンさん」



 眠気に支配され始めたウィンはバンへと戻ることにした。とぼとぼと歩くその背後からは取り出した端末のキーボードをたたく音が聞こえていた。

 途切れそうな意識を繋ぎ留めながら満点の星空の下を歩く。サービスエリアに停めてある他の車内でも睡眠をとったり、これからの道中を話し合っている様子を確認することができた。

 たどり着いたバンのドアを静かにスライドさせて中に入り、閉める。ケネスは運転席で、リリィは中央の列に寝転がって静かに寝ていた。

 空いている最後部の席に横になり、ウィンはゆっくりと目をつぶった。本当に色々ありすぎた。本当に。

 薄れゆく意識の中で、ふと思い出した単語を口にした。



「……呪詛弾?」








     ◆◆◆







 寒い。よくわからないが寒かった。

 というかいつの間にか立っていることにウィンは気づいた。違和感を感じてゆっくりと目をあける。



(……!?)



 猫の亜人の少女がいた。小学校低学年くらいの。そしてその見た目で一番驚いたのは、顔の右目の部分にぽっかりと風穴が空いていること。

 突き破られたかのような惨たらしい光景に驚愕したウィンだったが、周囲を見渡すと多くの人に囲まれていることに気が付いた。その全員が亜人だった。全身が獣の毛の者もいれば、耳だけ何かしらの獣の耳に変化した半人など、様々だ。

 そして、全員致命傷を負っている。間違いなく死んでいるであろう傷なのにも関わらず、全員がウィンのことを凝視していた。

 何が何だかわからずに混乱するウィン。一体なぜこんなところにいるのか。バンで眠りについたはずなのに。

 そんな時、目の前の少女は手に持った拳銃をこちらに向けてきた。いつの間にか少女の顔からは風穴が消え、周囲もどこかの大きな倉庫のような場所に変貌していた。



「死んじゃえ!」



 意を決した亜人の少女が叫ぶ。その小さな指が引き金にかかる。だが、それよりも先に放たれた一撃が少女の右目に風穴を開けた。驚愕するウィンの右手には、いつもの大型拳銃が握られていた。



 ――殺した。殺してしまった。


 

 力無く少女は床に崩れ落ち、鮮やかな色の血が地面に広がっていく。その後、周囲から一斉に銃撃による攻撃が始まった。

 その全てを障壁で防ぎつつ、ウィンの体は勝手に動きながら、次々と亜人たちを屠っていった。

 少女と同じように顔に一射を加えて黙らせる。恐怖に慄きながらも工具やナイフを手に近づいてくる者たちを手にしたの武器ごと真っ二つに切り裂く。銃の一撃を加えても辛うじて生きていた者は、赤熱した剣を突き刺してとどめを刺した。

 逃げる者や女性や子供にも容赦なく攻撃を加え、1人も逃さずに殲滅する。銃声と悲鳴が止み、静かになった倉庫の中には血の海ができていた。

 やめてほしかった。あまりにも惨すぎる。ウィンはそう考えることしかできなかった。

 


(……え?)



 ウィンが振り向いた。正確に言えば、目の前にいる自分レインが振り向いた。訳が分からなかった。真っ赤な返り血で全身を染める自分自身が、目の前にいる。

 しかし、目の色だけが違うことに気が付いた。目の前の自分レインは深緑の眼だった。だが、それ以外は自分そのものだった。

 言いようのない恐怖にウィンが怯えていると、ゆっくりと目の前の自分が口を開けた。



「これが俺だ。これがお前のやったことだ」


(何を……、言ってんだよお前は)



 その瞳は真っ直ぐとこちらへと向けられている。冷たくも真っ直ぐであり、決して曲がらないであろう強い信念が感じられる。



「それ以前のことも、この結果も、お前に付きまとってくる。逃げられはしない。もう遅すぎたんだ」


(だから、何を言ってるんだよ!)

 


 淡々と語る目の前の自分自身レインにウィンは怒鳴りつけた。

 何を言いたいのかは理解できてしまった。それでも認めたくないウィンは目の前の自分が早く消え去ってくれることを懇願しながら叫ぶ。



(確かに俺がやった! でも、その時はそうするしかなかったはずだ! もう俺とは関係のない――)


「ウィン!!」



 目の前の自分レインの怒号でウィンは黙った。苛立ちからではなく、こちらを諭すような感じが伝わってくる。

 左手に持った赤熱する剣の先をウィンの後方へと向けた。そこには最初の少女の遺体があったはずだ。しかし、振り向いた先にあったのは違った。



「――っああ、そんな! こんな……――、嘘だろお!」



 そこに倒れていたのは猫の亜人の少女ではなく、右目に風穴が空いているリリィだった。

 駆け寄ってその体を抱き上げる。自力で支えられていない頭が垂れたままの様子を見て、ウィンはその場で絶叫した。

 声を上げ泣き叫ぶウィンの背後まで来た自分自身は、静かに言った。



「いずれこうしたツケが回ってくるはずだ。俺にも、お前自身にも」



 もう動くことのない大切な存在の亡骸を抱きかかえて泣き叫ぶウィン。そしてそれを見下ろす自分自身、『レイン』。

 絶望と悲しみによって心の中が埋め尽くされていく。それが涙となって溢れ出していくが、止めることなどできそうになかった。

 


「ごめん……! 俺が、俺が巻き込んだから……!!」



 これが夢か現実かなど、今のウィンには関係がない。大切な存在の、愛する存在の骸を見た彼は、ただただ枯れた声で謝罪を繰り返すことしかできなかった。






     ◆◆◆






「……嘘だ。……そんなこと」



 涙が頬を伝う。あってはならない惨状が頭に焼き付いて離れない。



「リリィ……、ごめん……、俺が……、俺が……」


「大丈夫。私はここにいるよ」



 リリィの声が聞こえてきた。目の前で息絶えていたはずのリリィが。

 頭がぼんやりとしているウィンは状況が分からなかった。今わかるのは温かい何かの中にいるということだけ。



「駄目だった。止められなかった……、俺がやったんだ、俺が……」


「じゃあ私が許してあげる。それじゃあダメかな?」


「……リリィ」


「安心して。ウィンは悪くないし、私も大丈夫だから」


「――」



 リリィの胸の中で、ウィンは再び眠りについた。抱き寄せたウィンが安心したような寝顔をしているのを見て、リリィは安堵した。

 突然ウィンがうなされ始めて何事かと思い、リリィは飛び起きた。最後部の座席へ向かうと、泣きながらうわごとのようにひたすら謝罪するウィンの姿があった。

 しかもそれが自分に対してのことだとわかり、リリィは咄嗟にウィンを安心させようと抱き寄せたのだった。

 ともかく安心してくれた様子を見て、リリィも眠気に襲われる。このまま席を立つことは厳しそうだと判断し、リリィは胸の中で静かに眠るウィンに告げた。



「おやすみ、ウィン」



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