潤、魚屋でもマコガレイを量産する
日本海側の港町で郵便配達をしている広瀬潤(39)は、実家暮らしである。両親はのんびりした性格で、潤が最近「シュレーディンガーのカレイ」なる哲学を語り始めたことにも、特に深く突っ込まない。
そんなある休日、母が言った。
「潤、今日は大きい魚屋さんに行くよ。夕飯の魚を選びたいから」
「いいね。僕のカレイ哲学が火を吹く時が来た」
父はため息をついた。
「今日もカレイだろうなあ」
最近、潤がカレイをよく釣ってくるので夕飯はカレイが多かった。
◇魚屋に到着
巨大な鮮魚コーナーには、ズラッと並ぶ日本海のカレイたち。広瀬はテンションが爆上がりした。
「うわぁ……全部シュレーディンガーのカレイだ……!」
母は首をかしげた。
「何それ?」
「釣り上げるまで種類が確定しないカレイのことだよ。僕が発明したんだ」
父は小声で母に言った。
「最近こうなんだよ」
◇カレイを見ては即断する広瀬
広瀬は魚屋のカレイを見つけるたびに叫んだ。
「これはマコガレイ!」
「いや、それマガレイって書いてあるよ」
母が値札を指さした。
「これはマコガレイ!」
「いや、それイシガレイって書いてあるよ」
父が値札を指さした。
「これはマコガレイ!」
「いや、それムシガレイですよ」
店員さんが値札を指さした。
広瀬は悔しそうに唸った。
「ここ、なんでこんなに種類置いてるの……?」
「大きい店だからね」
父が即答した。
◇そして事件は起きる
広瀬はついに大きなカレイを見つけた。
「これは絶対マコガレイ!」
「それはクロガレイですよ」
店員さんが優しく説明した。
広瀬はショックを受けた。
「魚屋さんに来ても僕はマコガレイを当てられないのか……」
母は笑いながら言った。
「潤、あなたの“マコガレイ判定”はほぼ外れるのよ」
父も続けた。
「むしろ逆に考えろ。潤が“マコガレイだ”と言ったら、だいたい違う種類だ」
店員さんまで笑い始めた。
「広瀬さん、あなたの判定は“逆張りカレイ判定”として有名になれますよ」
広瀬は胸を張った。
「それだ!僕は“逆張りカレイ鑑定士”として生きていく!」
父はため息をついた。
「郵便配達員を続けてくれ」
◇帰り道
母は買ったマガレイを抱えながら言った。
「潤、夕飯はこのマガレイを煮付けにするね」
「いいね。僕は食べるまでマコガレイだと思っておくよ」
父がまたため息をついた。
「なぜなんだ」
「魚屋でも、家でも、人生でも……全部シュレーディンガーのカレイなんだよ」
「もう何言ってるかわからないよ」
母は笑いながら調理を始めた。
こうして広瀬の“カレイ哲学”は、家庭内にもじわじわと浸透していくのであった。




