潤、仕事中もシュレーディンガーのカレイ
日本海側の港町で郵便配達をしている広瀬潤(39)は、最近すっかり釣りにハマっていた。とくに前回発明した「シュレーディンガーのカレイ」という言葉を気に入りすぎて、日常生活にまで持ち込んでしまっている。
この日も、潤は郵便バイクにまたがりながら、海風を感じていた。
「この風……今日は絶対釣れるな……」
配達先の家のポストに郵便物を入れながら、潤はふと妄想を始めた。
「この郵便物も、見るまで何が届いたかわからない……つまり“シュレーディンガーの郵便”……」
そこへ偶然通りかかった佐伯が声をかけた。
「広瀬、お前また変なこと考えてるだろ」
「いや、佐伯。僕は気づいてしまったんだ。郵便配達も釣りと同じなんだよ」
「同じじゃないだろ」
潤は真剣な顔で語り始めた。
「釣り上げるまで何のカレイかわからない。それが“シュレーディンガーのカレイ”。そして郵便も、確認するまで何が入ってるかわからない。つまり“シュレーディンガーの郵便”。この二つは本質的に同じなんだよ」
「いや、郵便は種類書いてあるだろ。封書とか、ゆうパックとか」
「でも中身はわからないだろ!」
「それはそうだけど、釣りと一緒にするな」
潤はバイクを走らせながら、次の家へ向かった。途中、海が見える坂道に差し掛かる。
「この坂……海が見える……あの海のどこかに今日の“シュレーディンガーのカレイ”がいるんだ……」
完全に仕事中なのに釣りモードである。
配達先の家の前で、潤はポストに郵便物を入れながらつぶやいた。
「このポストの奥に、マコガレイが潜んでいる可能性もゼロではない……」
「ゼロだよ!」
いつの間にか佐伯が後ろに立っていた。
「広瀬、仕事中にカレイのこと考えすぎだろ」
「いや、佐伯。僕はもうカレイと郵便の境界を越えたんだよ」
「越えなくていいよ」
潤は真剣な顔で佐伯を見た。
「佐伯、僕は思うんだ。郵便配達とは、人生という海で“何が届くかわからない未来”を運ぶ仕事なんだよ」
「急に哲学っぽくするな」
「つまり、人生そのものが“シュレーディンガーのカレイ”なんだよ」
「もう何言ってるかわからないよ」
佐伯は呆れながらも笑っていた。
潤はバイクにまたがり、海を見ながらつぶやいた。
「今日の配達が終わったら、また釣りに行こう。そして新しい“シュレーディンガーのカレイ”を確定させるんだ……」
佐伯はため息をついた。
「広瀬、仕事終わるまでにその哲学を一回整理しろ」
潤は佐伯の言うことを聞かずにバイクを走らせた。こうして、郵便配達と釣りが完全に融合した“広瀬潤のカレイ哲学”は、ますます奇妙な方向へ進んでいくのだった。




