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潤、カラスガレイを選ぶ

 仕事帰りの夕方。広瀬潤(39)は突然、胸の奥から強烈な欲求が湧き上がった。


「今日は……絶対にマコガレイの煮つけが食べたい……!」


 昨日サバ味噌で妥協した反動が来たのだ。


 潤は勢いよく家を飛び出し、佐伯に電話した。


「佐伯!僕は今から大型魚屋に行く!」


「潤、またカレイかよ」


「今日は本物のマコガレイを確定させる日なんだ!」


「確定って何だよ。まあいいや、俺も行くわ」


 ◇大型魚屋に到着


 店内は広く、鮮魚コーナーは日本海の恵みがずらり。潤は目を輝かせた。


「うわぁ……カレイがいっぱい……今日は絶対にマコガレイを買う……!」


 ショーケースの前に立つと、そこには立派なマコガレイが並んでいた。


『マコガレイ1枚1,280円』


 潤は固まった。


「……1,280円……?」


 佐伯が横で言った。


「まあ、マコガレイは高級魚だからな」


「高い……高すぎる……僕の財布が……悲鳴を上げている……」


 潤は値札を見つめたまま動けなくなった。


 ◇カラスガレイ発見


 ふと横を見ると、そこには別のカレイが並んでいた。


『カラスガレイ1パック480円』


 潤は目を見開いた。


「佐伯……見てくれ……カラスガレイ……安い……!」


「まあ、そうだな」


「480円……マコガレイの半分以下……!」


「潤、落ち着け」


 潤はカラスガレイを手に取り、真剣に見つめた。


「……見た目は……ほぼ同じじゃないか……?」


「いや、違うだろ」


「煮つけにしたら……味も……ほぼ同じじゃないか……?」


「いや、違うだろ」


 潤は自分に言い聞かせ始めた。


 ◇潤、自己説得モードに入る


「佐伯……僕は気づいてしまったんだ」


「嫌な予感しかしない」


 潤は胸を張った。


「カラスガレイを煮つけにすれば、“ほぼマコガレイの煮つけ”になるんだよ!」


「ならないよ」


 潤は止まらない。


「だって、白身だし……形も似てるし……煮つけにしたら……たれの味が染みて……違いなんて……わからないかもしれない……!」


「潤、それはただの願望だよ」


 潤はさらに続けた。


「つまり、カラスガレイをマコガレイだと思い込んで食べれば、精神的にお買い得なんだ!」


「またその“精神的お買い得理論”かよ」


 潤は満足げに頷いた。


 ◇カラスガレイ購入


 潤はカラスガレイをカゴに入れた。


「今日は……これで行く……僕の心の中では……これはマコガレイなんだ……」


「潤、もう帰ろう」


 レジに向かいながら潤はつぶやいた。


「1,280円の満足度を……480円で得られる……これは……“カレイ経済学の勝利”だ……」


「潤、経済学を語るな」


 ◇帰宅


 母が言った。


「潤、何買ってきたの?」


「カラスガレイ……でも……煮つけにしたら……ほぼマコガレイなんだ……」


「潤、もう寝なさい」


 父が即答した。


 潤は満足げに笑った。


「今日は……“値札に負けてカラスガレイを選ぶ日”だったんだ……人生は……確定しない……全部……シュレーディンガーの煮つけなんだ……」


 こうして潤の一日は、また奇妙な哲学とともに幕を閉じた。


 

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