思い出せないふり
第3話です。
今回は山内ルナとの再会と、少しだけ過去に触れる回になります。
大きな出来事はありませんが、莉愛の中で静かに変化が起き始めます。
ゆっくりとした空気を感じてもらえたら嬉しいです。
昼休みのあと、教室に戻る途中だった。
廊下の角を曲がったとき、ふと足が止まる。
少し先に、見覚えのある背中があった。
長い黒髪。
静かに立っているその姿。
――山内ルナ。
「……山内」
呼ぶと、彼女は少しだけ驚いたように振り返った。
「……莉愛」
名前を呼ばれる。
それだけで、少しだけ距離が縮まった気がした。
「さっきは……びっくりした」
「うん。私も」
短い会話。
でも、思っていたより空気は柔らかかった。
「同じクラスなんだね」
「うん。席、後ろの方」
「そっか」
少しの沈黙。
「……美術部、続けてる?」
自然と、口に出ていた。
山内は少しだけ目を伏せてから、頷く。
「続けてる」
「そっか」
少し安心する。
中学の頃から、山内はずっと絵を描いていた。
「莉愛は?」
「……続けてる。一応」
「一応?」
「うん。……美大、行こうと思ってるから」
言ってから、自分でも少し驚いた。
こんなふうに口に出したのは、久しぶりだった。
山内は一瞬だけ目を見開いて、それからゆっくりと頷いた。
「……そっか」
その声は、どこか遠かった。
「山内は?」
聞くと、彼女は少しだけ間を置いてから答えた。
「私は……行かない」
「え?」
思わず、声が出る。
「美大」
静かに言い切った。
「なんで……」
そこまで言いかけて、言葉を飲み込む。
聞いていいのか、分からなかった。
山内は少しだけ笑って、首を横に振る。
「向いてないから」
短い言葉。
でも、それだけじゃない気がした。
「……そっか」
それ以上、踏み込めなかった。
踏み込んだら、何か壊れる気がしたから。
「莉愛は、行けると思う」
ふいに言われる。
「え?」
「ずっと描いてたし」
その言葉に、胸の奥が少しだけ揺れる。
嬉しいはずなのに、素直に受け取れない。
「……そんなことない」
思わず否定してしまう。
山内は何も言わず、ただ少しだけ目を細めた。
その視線が、少しだけ苦しい。
そのとき。
「莉愛ー、どこ行ってんの。サボり?」
後ろから声が飛んできた。
振り返ると、中井が手を振っている。
「授業始まるって。早く戻ろーぜ」
いつもの調子。
その軽さに、少しだけ救われる。
「……ごめん、行くね」
山内にそう言うと、彼女は小さく頷いた。
「うん。また」
その一言が、思っていたより自然で。
少しだけ、嬉しかった。
歩き出して、ふと振り返る。
山内はまだそこに立っていて、こちらを見ていた。
目が合う。
今度は、逸らさなかった。
――あの頃とは、少し違う。
でも。
彼女の中で、止まったままの何かがある気がした。
そして。
自分もまた、同じ場所に立っている気がして。
胸の奥が、静かにざわついた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
山内との関係や、美大という進路の話が少しずつ見えてきました。
それぞれが違う選択をしていることも、これからの物語に関わっていきます。
次回は新たな出会いも含めて、少し動きのある回になる予定です。
よければ続きも読んでいただけると嬉しいです




