8話 審判の日
「まだ初めに戻っただけで、これだけでは何も良くなりません。」
組織のメンバーは穏やかに話を進める。
三宅が亡くなり、組織は活性化する。これまでにないほど。
「私達は、切磋琢磨するシステムを導入していく。常に競争社会になり、研究投資も十分に行われることで、技術の革新が次々と起こる。弱肉強食で切磋琢磨していく風土を作りあげていきます。」
「その後、私は、何をすればいいの?」
「それが定着すれば、私達の役割は終わりです。リーダーにも、穏やかな日々を過ごしてもらいます。不満ですか?」
「そんなことはない。私は、リーダーなんて、本当は重荷なの。穏やかに暮らせるなら、それは良かった。」
私達は、競争原理を浸透させていく。
誰もが賛同した。自発的な活動を通じて、世の中は大きく変わる。
人は、誰もが他人に勝ちたい。そういう本能を持っている。
技術の進化も加速した。組織のリーダーも優秀な人々が担う。
競争の結果だから、誰もが結果に従う。
新たな社会が再構築されていった。
今は、誰もが、私のことを尊敬してくれている。
組織は解散し、誰もが一般人として暮らしている。
これまでの苦労は報われた。
いきなり、知らない女性の体に変えられる。
テロリスト集団のリーダーになれと言われる。あの恐れていた集団の。
混乱する毎日だった。でも、その中で仲間との出会いもあった。
お互いに信頼し合ってきた。同じ目標に向かって進んできた。
だから後悔はしていない。
私達、テロリスト集団は解散することになる。
今日は、国家再興の日の記念式典が開かれる。
私は、リーダーの立場を降りた。今は穏やかな生活を送っている。
その直後、一つ分かったことがある。
私は妊娠していた。間違いなく佐伯の子。
それ以降、男性とのエッチはしていない。
冷静に見ると、この世界の改革はわずかな時間で成し遂げられた。
堕すことも考えた。でも、今は、子供ができないこの時代。
そんな中で、天から授かった奇跡の子。
私も奇跡の子と言われた。お母さんの深い愛情の下に育てられた。
私の遺伝子は、この時代でも子供を産める何かを持っている。
だから、佐伯の子でも産むことを決めた。
つわりも経験する。辛い日々もあった。
でも、お腹の子は愛おしい。きっと、可愛い子供に違いない。
最近は、我が子のことしか考えられない。
気づかないうちに微笑み、お腹に話しかけている。
検査で男の子だと分かった。
自分の分身。女性にとって息子は愛おしい。
この子をずっと見守る。立派に育て上げるのが、次の私の仕事。
いつも体の中で一緒にいる。朝目覚め、お昼に散歩し、夜寝ても一緒。
この子と一緒に暮らす日をイメージする。
これまで感じたことのない幸せを感じていた。
産まれたら、すぐに暖かく抱きしめてあげよう。私がママだと言って。
我が子への愛情の日々が続いていていく。
私は、お腹の中の命を感じながら、静かに歩いていた。
最近、どうしても気になることがある。妻は、どうしているのか。
足は自然と、かつての家へ向かっていた。
見慣れた外観。変わっていない。時間が止まったように、そのままだった。
門の前で立ち止まる。その時、いきなり玄関の扉が開いた。
妻が出てくる。
「あら、お嬢さん。何か御用かしら。」
柔らかい声。何も知らないような顔。
「いえ、散歩していて。素敵な家だと思って。」
言葉は自然に出た。笑顔は崩さない。
「そう? せっかくだし、この先のカフェに行かない?」
一瞬、迷う。初めて会った女性を誘う。そんな妻には違和感もあった。
だけど断れなかった。懐かしさが判断を鈍らせる。
店に入る。静かな空間。女性客ばかりで、浮かない。席に着く。
「妊娠してるのね。」
視線が腹に落ちる。
「はい。」
「この時代に珍しいわね。」
「そうですね。」
会話は続く。表面だけの、穏やかな時間。だが、どこかがおかしい。
「あなた、再生は何回目?」
「一度だけです。」
あの事故のことを話す。ミサイルで多くの人が死んだ、あの日。
「私の夫は、政府のよるミサイル投下事件に巻き込まれて再生したの。」
胸がわずかに軋む。
「でもね、変わってしまったの。」
妻は、静かに続ける。
「前みたいじゃなくなった。」
違う人間になったと。そして、思いもしない言葉が妻の口から出る。
「1ヶ月前に離婚したわ。」
三宅が見せたあの映像は嘘だったのか。私の心を拘束するため。
でも、妻には苦労をさせてしまった。
私は何も言えなかった。自分のせいだと分かっているから。
妻は孤独だった。離婚して。だから、知らない女性を誘った。
そういうことだったのだと思う。違和感を感じたことを悔やむ。
妻の心は、どこまでも澄んでいる。そんなことすら忘れていた。
事故の後の激動の時間の中で。
その時だった。ガラスが震える。低い振動音。嫌な予感が走る。
飛行機? こんな低空を飛ぶことなんてない。なんだろう?
同時に、頭の奥に昔のメンバーからの声が響いた。
「リーダー、逃げてください。ミサイルが来ます。あと一分です。」
位置が割れている。あり得ない。でも現実。
「逃げよう。」
立ち上がる。妻の腕を握る。でも、妻は動かない。
「逃げないわ。」
静かに言う。違和感が、確信に変わる。
「どうして?」
「分かっていたもの。」
「何が?」
視線が、真っ直ぐ私に突き刺さる。
「あなたが誰かを。」
呼吸が止まる。
「最初から気づいていたわ。晃一。姿はすっかり変わってしまったけど。」
遅すぎた。罠だった。逃げようとする。でも、体が動かない。
妻の腕が、強く絡みつく。異常な力。
「これが、私の役目。」
優しく笑う。その瞬間、全てが繋がる。
監視されていた。待っていた。私は、ここに誘導された。
時間がない。子供を守る。それだけを考える。
妻が自分の頭を守ろうとして手を伸ばす。手の先にあるカプセルを私は奪った。
ナイフを掴む。躊躇はなかった。腹を切る。激痛。視界が白く飛ぶ。
それでも、止まらない。我が子を取り出す。震える手で、カプセルへ。
だけど、カプセルは奪われてしまった。
激痛の中で、妻の力には逆らえない。
「汚さないで。」
冷たい声。妻はカプセルを下に向ける。子供は、乱暴に道路に落とされた。
呼吸できず、もがいている。視界が歪む。
「あなたは、全部壊したのよ。」
妻の声が遠い。
「平和だった世界を。誰もが競争し、一握りの成功者以外は、皆、苦しむ世界に変えてしまった。あなたの役割は、あの組織を内部から崩壊させることだったのに。余計なことをして。」
言葉が刺さる。でも、もう何もできない。体が動かない。
子供が苦しんでいる。でも、手が届かない。
「さようなら。」
そんな妻の言葉は、もう耳には入ってこない。
ただ、我が子を見つめていた。
お腹の中で、少しだけど一緒に過ごせた。楽しかった?
でも、この世で、楽しむ時間をあげられなかった。
きっと、友達とサッカーとかして、生きていれば楽しんでいたよね。
本当に、ごめんなさい。
光、熱、音。その瞬間、全てが消える。
その時から、抗争は激化していく。日本でも政府とテロリスト集団との間で。




