7話 政府の転覆
「最終段階に入ります。」
三宅の声は、いつもと同じだった。でも、その一言だけで、部屋の空気は凍りつく。
ここまでの全てがこの瞬間に収束する。
「ターゲットは政府中枢です。」
来た。心臓が、ゆっくりと重く沈む。
「規模が違うわね。」
今までとは違う。人を一人殺すのとは違う。組織を潰すのとも違う。
これは、世界そのものを壊す行為だ。
「ええ。」
三宅は淡々と頷く。
「だからこそ、あなたが必要なのです。」
その言葉に、胸の奥で何かが軋む。必要? 違う。私のことを使うだけでしょう。
「今までの全部、そのため?」
「そうです。」
一切の迷いがない。
「あなたは、そのために設計された。」
その瞬間、すべてが繋がる。事故、再生、女性の体、訓練、殺し、選別、進化。
全部、私のためじゃなかった。
「拒否をすることはできるの?」
分かっていて聞く。
「できません。」
即答。逃げ場はない。
「やるしかないわね。」
静かに言った。三宅が、わずかに笑う。
「さすがです。」
「ところで・・・。」
私は、ゆっくりと振り返る。
「私は、どこまで自由なの?」
三宅の目が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「どういう意味ですか?」
「そのままよ。」
一歩、近づく。
「これは、本当に私の意思なのかしら?」
空気が、張り詰める。数秒の沈黙。
「もちろんです。私は、ただ、あなたの背中を少し押しているだけです。」
嘘。今なら分かる。呼吸、視線、間。全部。
「じゃあ、なんで?」
さらに距離を詰める。
「ここまで全部、あなたにとって都合よく進んでるの?」
沈黙。それが、答えだった。思わず笑いが漏れる。
「やっぱり。」
胸の奥にあった違和感が、形になる。
「私は、ただの駒。」
「違います。」
三宅が、初めて強く否定する。
「あなたは・・・。」
「いいわ。」
遮る。
「もう、分かったから。」
静かに息を吐く。そして、決める。
「だったら、使わせてもらう。」
「何をですか?」
三宅が問う。その瞬間。私は、動いた。触れる。ほんの一瞬。
それで十分だった。開く。三宅の思考が、完全に。流れ込む。
計画、構造、実験、記録、分岐。そして、本当の目的。
「そういうことなのね。」
理解した瞬間、視界がクリアになる。
今まで見えていなかったものが、全部見える。
三宅、政府に意識を乗っ取られている。私が女性に変わった時から。
私をリーダーにすれば、この組織は崩壊すると考えて。
女性の弱さから、メンバーの期待に応えられないと。
凶暴だった桜井も、その一人だったのかもしれない。
三宅から聞いたことは多くが嘘。
でも、この組織の目指す方向は変わっていなかった。
それなら、政府を転覆する考えに変わりはない。それが今の私の役割。
でも、私は、想定を超える。期待を裏切った。
私は三宅に気づかないふりをして最初のターゲットに近づく。内閣中枢の一人。
私は、この組織のメンバーの期待に応えたい。
「来たか。」
相手は、すでにこちらを見ていた。
「お前が例の女性か。」
目が鋭い。完全に警戒している。読まれてる。
「歓迎されてないみたいね。」
軽く笑う。だが次の瞬間。
「囲め。」
銃声と同時に、空気が弾けた。左右、背後、天井。完全包囲。
「対象、脳波一致。排除許可。」
政府はもう気づいている。想定より早い。
でも、三宅の仕組んだシナリオじゃない。少しだけ私がずらしている。
「撃て。」
銃声。だが、遅い。視界が開く。思考が、全員に流れ込む。
恐怖、緊張、命令、忠誠。全部、見える。
「止まりなさい。」
一言。その瞬間、全員の動きが止まる。引き金にかけた指が、震えたまま固まる。
「何をした?」
政府の男の声が、わずかに揺れる。私は、ゆっくり近づく。
「ねえ。」
距離を詰める。
「あなた、怖い?」
その一言で、心が開く。ほんの少しの隙。それで十分。侵入。
流れ込んでくる。膨大な情報。権力構造、裏切り、監視網、粛清計画。
処分対象は私なの。思わず、笑いが漏れる。
「最初から殺す気だったのね。」
男の目が見開く。
「何を見た?」
答えない。代わりに、もっと深く潜る。その奥。さらに奥。
あれ、痛い。初めて抵抗がある。強制的に弾かれる。
「対精神干渉プロトコル起動!」
次の瞬間。頭に激痛が走る。膝が崩れる。
初めてのこと。効かないことがあるなんて。政府は対策済みなのね。
「やはり危険個体だな。」
冷たい声。
「ここで終わらせる。」
再び銃が向く。これは負けるかも。そうしたら死ぬ。
その瞬間。頭の奥で、何かが弾けた。ノイズ、記憶、声。
「適合率は上昇、制御解除は許可、制限は外れます。」
誰の声? 分からない。でも次の瞬間、世界が、変わる。
「遅いのよ。」
自分の声が、別人みたいに冷たい。視界が広がる。
個じゃない。全体が見える。この部屋、この建物、この都市。全部、繋がっている。
その力で、全員の動きを止める。そして、内閣中枢の一人だけに集中する。
その男性に触れる。それだけでいい。
「やめろ!」
男性は叫ぶ。でも、もう遅い。
「あなた達、もう終わり。」
私は、ただ疑念を置いた。それだけ。
思考が流れ込む。権力構造、利害関係、裏切りの可能性、恐怖と欲望の分布。
まるで、巨大な蜘蛛の巣。
「綺麗ね。」
思わず呟く。そして同時に分かる。これは壊れる。簡単に。
必要なのは、爆弾じゃない。疑念。
政府中枢の一人の頭に静かに囁く。
最初に、小さな違和感を植える。
「彼は、あなたを切り捨てるつもりよ。」
根拠は薄くていい。でも、タイミングが全て。次に、別の人間へ。
「あなたの情報、すでに流れてるわ。」
「次はあなたが消される。」
ほんの小さな嘘。でも、本当かもしれない程度の精度。それだけでいい。
点が、線になる。線が、網になる。やがて互いに疑い始める。
私は、三宅に微笑む。
「内部から崩壊させる。」
「何をです?」
「全部よ。」
政府も、組織も、そして、このシステムそのものを。
数時間後。通信が乱れる。命令系統が崩壊する。
「待て!それは誤情報だ!」
「証拠は!?」
「誰を信じればいい?」
叫びが飛び交う。誰もが、他人を信じられない。私はただ、それを見ている。
全員が疑っている。外から見れば、突然の崩壊。でも違う。
「腐らせただけ。」
私は、静かに呟く。
数日後。ニュースが騒ぎ始める。
「政府内で大規模な内部対立。」
「機密情報の流出。」
「複数の幹部が失脚。」
さらに数時間後。政府は、完全に機能停止した。
誰も指示を出せない、誰も信じられない、誰も動けない。
外から見れば突然の崩壊。でも違う。内側から、静かに腐らせただけ。私が。
「想定以上です。」
三宅の声。でも、もう響かない。その笑顔が、もう気持ち悪く感じない。
理由は簡単。もう、恐れていないから。
「終わったわね。」
私は、ただ呟く。達成感はない。あるのは空虚と、奇妙な確信。
「これで、満足ですか?」
背後から声。振り返らない。
「いいえ。」
はっきりと言う。
「全然。」
少し笑う。
「むしろ、ここからよ。」
ゆっくりと振り返る。三宅を見る。もう、怖くない。
「次は、どっちを壊す?」
その言葉に、三宅の表情が初めて崩れる。ほんのわずか。驚き。そして興味。
「あなたは本当に・・・。」
「予想外?」
代わりに言ってやる。沈黙。そして、私はゆっくりと手を上げる。
三宅の視線が、一瞬だけ遅れる。遅い。
「呼吸を止めなさい。」
脳に、直接命令する。次の瞬間、三宅の体は痙攣する。苦しそうに、喉を押さえる。
「ぐっ・・・。」
私は、ただ見ている。感情は、ほとんど動かない。
「これが、あなたの作ったものよ。」
静かに言う。
「最高傑作でしょう。」
三宅が、崩れ落ちる。
「これからは、自由にさせてもらう。」
小さく呟く。もう一つだけ、確かなことがある。私は、もう駒じゃない。
開放感。また一つ、私の中で、何かが壊れた気がした。
そして、この世界を壊す側に立っていることを実感する。
その晩、また不思議な夢を見る。妻とベッドで一緒に寝ていた。
一緒に暮らしているときは、それが当たり前だった。
悲しい。この体では、妻を包み込んであげられない。
ただ、あの時は気づかなかった。時々、妻が、深夜、寝室から抜けていたことを。
ただ、仕事が忙しいのだと思っていた。笑顔で戻ってくる妻の顔を見て。
「晃一は最適なの。これで、あの組織は内部から崩壊する。やっと、私達が勝てるの。」
寝室の外で妻が、小さくも、強い語調で話す。
そういえば、確かに私の名前を呼んでいた。仕事と関係ないのに。どうして?
妻は寝室に笑顔で戻る。
「あら、起こしてしまったわね。」
「なにか、仕事のトラブルか?」
「そうなの。本当に、できない人がいると大変。そんなことは、どうでもいいわ。晃一さん、明日の朝は早いんでしょう。早く寝ましょう。」
私は、天使のような妻の顔に口付けをする。
私の一番の理解者。妻が私の生きがい。
そんな妻が、私に隠し事なんてするはずがない。




