5話 裏切り者
「一人、消えました。」
三宅の声は、いつもと同じだった。でも、その内容は違う。
「誰なの?」
「大聖です。」
その名前を聞いた瞬間、胸の奥が、わずかにざわついた。
数少ない顔を知っているメンバー。
無口で、感情が薄くて、でも任務は確実にこなす男。
「逃げたの?」
「いいえ。」
三宅は首を振る。
「裏切りました。」
空気が変わる。
「証拠は?」
無言で、データが投影される。通信記録。位置情報。
そして、政府側の施設への出入り履歴。完全にクロだった。
「現在、彼の情報提供により、複数のメンバーが拘束されています。」
一瞬、思考が止まる。
「何人?」
「7名。」
少なくない。むしろ、致命的。
「場所は?」
三宅が一瞬だけ迷う。
「政府の隔離施設です。」
つまり正面から行けば、死ぬ。沈黙。部屋の空気が重い。
「救出は不可能なの?」
三宅が静かに言う。
「現実的ではありません。」
合理的な判断。正しい。でも行くしかない。
自分の声が、先に出ていた。三宅が、わずかに目を細める。
「どうしますか? リーダー。」
「私が決めた。助ける。」
即答する。その瞬間、部屋の空気が変わった。誰も何も言わない。
でも全員が理解した。リーダーが決断したと。
準備は最小限。時間がない。情報も足りない。でも動くしかない。
「正面突破は無理です。」
「分かってる。」
頭の中で、ルートを組む。監視、死角、交代時間。全部を繋げる。
「裏から入るしかないですね。」
「成功率は?」
「分からないです。」
答えになっていない。でも、それでいい。
「やるしかない。」
夜。施設は静かだった。不気味なほどに。
フェンスを越える。足音を殺す。呼吸を整える。心臓の音だけがうるさい。
来た。中に入った瞬間、分かる。これは罠。
気配が多すぎる。隠しているつもりで、隠しきれていない。
「大聖ね。」
小さく呟く。読まれている。完全に。それでも進む。
止まったら終わり。廊下を抜ける。監視を避ける。
一つずつ、潰していく。静かに。確実に。そして見つけた。
拘束されたメンバー。ガラス越し。動かない。
でも、生きている。
「間に合った。」
ドアに手をかける。その瞬、背後から声。
「遅いよ。」
振り向く。そこにいたのは、大聖だった。
「やっぱり来たな。」
笑っている。初めて見る顔だった。
「なんでなの? なんで裏切ったのよ?」
短く問う。大聖は肩をすくめる。
「簡単だよ。」
あっさりと。
「こっちの方が、正しいと思ったから。」
「正しい?」
思わず笑う。
「仲間売って?」
「仲間?」
大聖の目が冷える。
「最初から、そんなものじゃないだろ。」
言葉が、刺さる。いつから大聖は変わってしまったの?
私のどこが間違っていたのかしら?
「だからって、裏切る理由にはならないわ。」
「なるさ。」
一歩、前に出る。
「お前もすぐ分かる。」
その瞬間、周囲に気配。完全に囲まれている。
「全部、終わりだ。」
大聖が言う。
「あなたもね。」
大聖の口から皮肉な笑いがもれる。最後のあがきだと。
銃口が向けられる。数が多すぎる。逃げ場はない。普通なら終わり。
「そうでもない。」
小さく呟く。大聖が、眉をひそめる。
「何?」
その瞬間、意識を一気に広げる。視界に入る全員。思考、隙、全部を読む。
一歩、踏み出す。距離を詰める。近い。近すぎる。
「何を考えている?」
言い終わる前に、敵の脳に入り込む。一瞬。それだけでいい。連鎖する。
一人、二人、三人。意識が崩れる。動きが止まる。
大聖の顔が歪む。
「何をした?」
答えない。必要ない。そのまま、一直線に進む。誰も止められない。
ドアを開ける。拘束を外す。
「立てるか?」
仲間が、ゆっくり頷く。
「待て!」
大聖が叫ぶ。振り返ると目が合った。
敵は、皆、床に倒れ、動けない。
大聖の目には、初めて焦りがあった。
大聖は、政府から責任を取らされる。殺される。
殺されるシーンが頭の中で、幾度も投影される。
大聖を助けようか。それはできない。裏切者とは一緒に帰れない。
「お前、何者だよ。」
少しだけ、考える。そして答えた。
「リーダー。」
それだけで十分だった。施設を抜ける。背後で警報。でももう遅い。
外に出る。夜の空気。生きている。車に乗り込む。全員無事。
奇跡みたいな状況。でも現実。
「助けに来るとは思わなかった。」
誰かが呟く。
「私には、みんなが必要なの。」
私は、少し驚いていた。
そして、ふと、気づく。さっきの戦い。明らかに、今までと違った。
範囲、速度、精度、全部、上がっている。強くなっている。確実に。
三宅の言葉が思い出す。
「男性が女性のバックアップ体で再生すると、リーダー資質が遥かに向上することが分かったのです。」
リーダーの資質?
「優れた決断力、しなやかな感性、深い協調性、その上での高い統率力など、リーダーとしての資質が格段に上がります。」
そうだったのね。だから、私の体は女性に変えられた。
女性として過ごしてきた。1年ぐらい。
悩みを抱えた人々が大勢いる。誰もが、助けを求めている。
自分を後ろから押して欲しいと願っている。
男性の時には、そんなことに気づけなかった。
ただ、自分のことだけを考えていた。単純に、前に進むことだけを。
それはそれで正しい。周りのことを気にしすぎれば、前進できない。
でも、それで切り捨てられ、悲しんでいる人々がいる。
女性になって生理もある。いつも計画通り進められるわけでもない。
そんな人達も巻き込まなければいけない。リーダーとしては。
今では、周りの人の気持ちが分かる。私の心の中に濁流のように入り込む。
ちょっとした表情の変化に敏感になった。
女性の方が、周りの気持ちの動きに敏感。
ここまで来るのは大変だった。
でも、周りに助けられてなんとかここまで来れた。
その中で、相手へのリスペクトと感謝を学んだ。
三宅は、私が別のことを考えていることを鋭く見抜く。
そして、語気を強めて、私に念を押す。
「しかも、相手の脳をコントロールする力も身に付くのです。そのために、男性だったあなたを女性に変えたのですから。」
もう、私は、ただのリーダーではない。武器になっている。
「リーダー。」
車が走り出してしばらくしてから、三宅が静かに口を開いた。
「先ほどの戦闘、明らかに能力が上がっていましたね。」
私は、窓の外を見たまま答えない。分かっている。あれは今までと違った。
「進化です。」
三宅は続ける。
「想定以上に、早い。」
その言葉が、妙に引っかかる。
「想定って何?」
問いかける。三宅は一瞬だけ黙った。
「データです。」
短く答える。
「あなたの。」
嫌な予感が走る。
「私の、何のデータ?」
三宅は答えない。代わりに、車内のモニターを操作する。
映し出されたのは複数の名前。見覚えがある。
佐伯。鷺宮。そして、ついさっき救出した仲間たち。
その全員の横に、同じ項目が並んでいた。
接触日時、感情変化、脳反応、死亡時刻
呼吸が止まる。
「これって何?」
声が震える。三宅は、こちらを見ずに言った。
「観測結果です。」
あまりにもあっさりと。
「あなたが接触した対象の。」
頭の中が真っ白になる。
「私を使って、記録してたの?」
沈黙。それが答えだった。
「じゃあ、さっきの任務も・・・。」
「ええ。」
即答。
「裏切り者の排除と同時に、あなたの能力の拡張を確認する目的もありました。」
理解した瞬間、全身が冷たくなる。
「私も、実験体ってこと?」
三宅は、ほんのわずかに笑った。
「もではありません。」
その言葉に、心臓が跳ねる。
「あなたが中心です。」
視線が合う。逃げられない。
「この計画の。」
その瞬間、モニターに新しい映像が割り込む。警告音。ノイズ。
そして、見覚えのある顔が映る。
「え?」
息が止まる。それは私の元の体だった。だが、今度は違う。
拘束されている。無数のケーブルに繋がれ、椅子に固定されている。
そして、その背後に立っている人物。
白衣を着た男。その顔を見た瞬間、血の気が引いた。三宅だった。
「は?」
ゆっくりと、隣にいる三宅を見る。同じ顔。同じ声。
でも、画面の中の三宅は、無機質に口を開いた。
「記録開始。個体No.0、再調整を行う。」
個体No.0。その言葉が、頭の中で反響する。
「どういうこと?」
震える声。隣の三宅は、静かに微笑んだ。
「もうすぐ分かります。」
その瞬間、映像の中の私が顔を上げる。そして、まっすぐ、こちらを見た。
まるで、気づいているかのように。次の瞬間、画面が途切れる。
車内に、重い沈黙が落ちる。
ただ、一つ不思議なことがある。
罪悪感が少しづつ減っている気がする。今回の事件を通じて。
自分が変わっていく。私はどこに向かっているのか?




