4話 危機
「次のターゲットは鷺宮です。脳内のチップを開発した人で、世界の人々の思想を支配しています。」
画面に映し出された顔を見て、わずかに違和感を覚えた。
鋭い目。無駄のない表情。隙がない。
「女性に弱いタイプではないわね。」
「ええ。」
三宅はあっさり認めた。
「むしろ逆です。」
「じゃあ、なんで私に?」
一瞬の間。
「あなたの能力向上に繋がる。リーダーとなるための資質も。」
静かな声だった。でも、その意味は重い。
「失敗したら?」
「あなたは死にます。」
即答。冗談じゃない。沈黙。逃げ場はない。
「やるしかないということね。」
気づけば、そう答えていた。こうでも言わないと、三宅に飲み込まれてしまう。
今回、出会う場所は、美術館のレセプション。人が多い。監視も多い。
そして何より、鷺宮本人が、こちらを見ていた。
早い。普通は、こっちから近づく。でも違う。
あいつは、最初から見抜いている。
「君、初めて見る顔だね。」
先に声をかけてきた。距離が近い。逃げ場を潰される。
「ええ、そうですね。」
微笑む。いつも通りに。でも通じてない。
目が笑っていない。値踏みされている。完全に。
警戒心の塊。相手に気を許す気配がない。
「誰に雇われた?」
いきなり核心をついてくる。心拍数が一瞬だけ跳ねる。でも顔には出さない。
「何のことかしら?」
「とぼけるな。女性だからといって、気を許すことはない。」
声が低くなる。周囲の空気が変わる。まずい。
このままだと、主導権を取られる。
「警察か、それとも・・・。」
言わせない。一歩、距離を詰める。視線を絡める。
強制的に、意識をこちらに引き込む。
「ねえ。」
声を落とす。
「そんな話、ここでする?」
ほんの一瞬、鷺宮の視線が揺れた。入りこんだけど、完全じゃない。でも隙はできた。
場所を変える。人の少ないラウンジ。静寂。逃げ場はない。どちらにとっても。
「で?」
鷺宮が座る。余裕はまだある。完全には崩れていない。面倒。
いつもより、深く踏み込む必要がある。
「あなた、警戒しすぎ。」
わざとため息をつく。
「つまらない人。」
挑発。普通なら、逆効果。でも、こういうタイプは違う。プライドがある。
「ほう。」
食いついた。
「言うじゃないか。」
「だって事実でしょ?」
視線を逸らさない、逃げない、対等を装う。それが一番効く。
会話が続く。探り合い。一歩でも間違えれば終わり。殺される。
でも、読める。思考が手に取るように分かる。
どこで疑い、どこで興味を持つか。体が覚えている。
トレーニングの成果。
「面白いな、君は。」
鷺宮が、初めて笑った。ほんの少しだけ。でも、それで十分。
崩れ始めた。距離を詰める。触れるか触れないか。呼吸が重なる。
「警戒してるくせに、離れないのね。」
「興味があるだけだ。」
嘘。もう半分、落ちている。そして、決定的な瞬間。
視線が完全に絡んだ。警戒が、わずかに消える。
今だ。意識を潜らせる。脳の奥へ。
違和感、硬い、抵抗がある。強引にこじ開ける。
情報が流れ込む。断片的、でも十分。
その時、鷺宮は私を睨む。
「何をした?」
鋭い。完全に気づかれた。まずい。一瞬で距離を取る。
遅い。腕を掴まれる。強い。
「答えろ。」
逃げられない。でも、焦らない。むしろ、笑う。
「ねえ。」
ゆっくりと言う。
「ただの会話をしただけ。それだけ。」
一拍。そして、鷺宮の体が、わずかに揺れた。
脳からはもう情報を抜いてある。
「人って簡単に壊れるのよ。」
その瞬間、鷺宮の顔からは表情が消える。私に背を向けて歩き出した。
そう、私と会ってからの記憶も消してあげた。
今の鷺宮には、私は見えない。ただ、最初のポジションに戻るだけ。
「危なかった。」
小さく息を吐く。いつもより、ギリギリだった。
翌日のニュース。
「鷺宮氏、突然の死。ビルから飛び降り自殺。」
また同じ。誰にも分からない。証拠もない。
組織が殺害。でも、そのきっかけは私。
「今回は少し危なかったですね。」
三宅の声。
「でも、合格です。」
鷺宮と別れた時から、後悔のフラッシュバックに襲われえる。
私は、恐ろしいと思っていたテロリスト集団の一員に成り下がっている。
昔の常識が、さらに薄れている。このままで、いいのかしら。
いえ、私はもう、どこから見ても犯罪者。
最近は、襲われる幻覚をよく見る。
寝ている時も、追い詰められ、叫んで目が覚める夜も多い。
自分が誰なのか、分からなくなる時もある。
この時は、こうだったと言うと、違うと言われることも増える。
記憶が錯綜している? どうしてしまったのかしら。
自分の輪郭が壊れ始めている?
「次はもっと難しいですよ。」
静かに笑う。
「ところで、どうして私だったの?」
「あなたは選ばれたんです。」
三宅は淡々と続ける。
「ミサイル攻撃。あれは、我々の前リーダー、結城を殺すためのものでした。」
結城。聞いたこともない名前。
「政府は成功したと思っています。脳が蒸発したと。ですが我々は、次を用意していました。」
「それが私だったということ? でも、どうして私だったの?」
三宅は、こちらを一瞬だけ見た。
「適合したからです。」
「は?」
「あなたの脳は、その体に適合することが分かっていました。そして、男性が異性のバックアップ体で再生すれば、リーダーとしての資質、相手を支配する能力は格段に向上します。」
三宅は、昔から私を狙っていた。
「異性へのバックアップ体への再生は、ほぼ失敗します。拒絶反応で死ぬ。ですが、例外がある。極めて近いDNA配列。そして特定の条件を満たした場合のみ成功する。」
「それが、私だということを、ずっと前から知っていた?」
「はい。」
即答。逃げ道はない。頭が追いつかない。
「どうして、そんな情報が・・・。」
「私たちの組織の力は、すでにご存知でしょう。」
何かが、壊れた。何もかも奪われた。体も、 名前も、 人生も。
「元の体には戻れないの?」
三宅は、静かに言った。
「無理です。私達には、男性から女性に再生し、能力を圧倒的に向上させたリーダーが必要だからです。」
その言葉に、冷たいものが走る。その時だった。アラーム音が、部屋に響く。
短く、鋭い警告音。三宅の表情が、わずかに変わる。
「どういうこと?」
モニターに映像が切り替わる。見覚えのある場所。私の家だった。
息が止まる。玄関の前に、黒い装備の部隊が展開している。
銃。シールド。完全武装。
「対象、内部に反応あり。突入準備。」
無機質な声が響く。
「やめて!」
思わず叫ぶ。その中には妻がいる。
三宅は、無言で画面を見ている。止める気配はない。
「止めて! 何とかしてよ!」
詰め寄る。腕を掴む。でも、三宅は静かに言った。
「できません。」
その一言で、思考が止まる。
「どうして?」
「私達が、そこに行けば殺されます。あの場所では、私達に勝ち目はありません。政府が用意周到に準備したSAT、殺人部隊ですから。」
淡々と。その言葉が、頭の中で反響する。次の瞬間、扉が爆破された。閃光、煙、突入。
「やめて!」
画面の中で、私が振り返る。その私に、一斉に銃弾が発射される。
妻の姿は見えない。声が出ない。画面がブラックアウトする。静寂。
全身の力が抜ける。何も考えられない。その中で、三宅の声だけが、はっきりと響いた。
「これは、始まりです。」
ゆっくりと、こちらを見る。皮肉をこめた目で。
「あなたは、どちらを壊しますか? 政府か、それとも、自分自身か。」




