使えないもの
鍋は助手席に置いた。新聞紙を剥がしたまま渡されたので、シートの上にじかに載せた。信号で止まるたびに、重さで少しだけ前に滑った。
マンションの駐車場に入れて、エンジンを切った。鍋を持ち上げた。片手では安定しない。両手で抱えると、鉄の冷たさが腹に触れた。
エレベーターの中で、鍋の底を見た。黒かった。煤ではなく、油が焼き付いた層だった。縁のあたりに薄い虹色の焼け跡があり、そこだけ少し青みがかっていた。
部屋に入った。靴を脱ぎ、キッチンに立った。鍋をシンクの横に置いた。ステンレスの調理台の上で、それだけが黒かった。
手を洗い、冷蔵庫を開けた。左に飲み物、右に食材。手前が使いかけ、奥が未開封。いつもの配置を確認して、ドアを閉めた。
鍋はまだそこにあった。
スポンジに洗剤をつけて洗った。表面に油の膜があり、泡がすぐに消えた。力を入れてこすると、指先に鉄の凹凸が伝わった。小さな傷が無数にあった。何年分の傷だろうと思ったが、数えようがなかった。
洗い終えて、布巾で拭いた。乾いた鉄の表面は、光の加減で灰色にも黒にも見えた。取っ手の木に鼻を近づけた。油の匂いがした。洗っても落ちなかった。
コンロの横にあるフライパン掛けを見た。壁に取り付けた二連のフックに、テフロンのフライパンと小鍋が掛かっている。中華鍋の取っ手をフックにかけてみた。重さでフックが傾いた。すぐに外した。
シンク下の棚を開けた。鍋類が大きさ順に重ねてある。中華鍋を入れようとした。径が大きくて、他の鍋の上に収まらなかった。
調理台の上に戻した。
三日間、鍋はそこにあった。朝、コーヒーを淹れるとき視界に入った。帰宅して水を飲むとき、横にあった。その場所に置かれているものは本来何もない。タオル掛けとスポンジラックの間の、何も置かないと決めていた場所だった。
四日目の夜、冷蔵庫を開けた。キャベツが半玉、にんじんが一本、豚の薄切りが少し。買い置きの野菜だった。
鍋を持ち上げて、コンロに置いた。五徳の上で少しぐらついた。テフロンの平底とは違う、丸い底の不安定さだった。手を離すと、かすかに金属が触れ合う音がした。
スマートフォンを出して、「中華鍋 使い方」と打った。動画がいくつも並んだ。油をなじませる。煙が出るまで熱する。濡れた布巾で拭く。また油を引く。手順は明快だった。
火をつけた。鍋の底に炎が当たった。しばらくして、鍋肌から薄い煙が上がった。油を入れた。量がわからなかった。動画では大さじ二杯と言っていた。大さじを出して、計って入れた。
油が広がり、かすかに匂った。あの部屋の台所の匂いと同じかどうかはわからなかった。
キャベツを切った。にんじんを切った。豚肉を広げた。動画ではまず肉からと言っていた。
肉を入れた。音がした。テフロンのフライパンとは違う、鉄に油が弾ける乾いた音だった。菜箸でほぐした。肉の色が変わった。野菜を入れた。
鍋を振ろうとした。重かった。片手では振れなかった。左手を添えて持ち上げ、揺すった。中身が偏って、キャベツが鍋の外に一枚落ちた。拾って、捨てた。
塩を振り、胡椒を振った。他に何を入れるのかわからなかった。動画ではオイスターソースと言っていたが、冷蔵庫になかった。
皿に盛った。箸で一口食べた。
食べられないわけではなかった。まずくもなかった。キャベツには火が通っていたし、肉も焦げてはいなかった。しかし何でもなかった。野菜を炒めただけのものだった。
あの台所には、出刃と菜切りと柳刃が並んでいた。どれも研がれていた。コンビニの割り箸を洗って取っておく人が、この鍋で何を作っていたのか。どんぶりが三つあった。一人暮らしの部屋に、三つ。誰かに食べさせていたのか。何を。
箸を置いた。
知らなかった。父がこの鍋で何を作っていたか、知らなかった。いつから料理をする人だったのかも知らなかった。母と暮らしていた頃は台所に立つ人ではなかったはずだ。一人になってから始めたのか。それとも、もっと前から——。
皿を洗い、鍋を洗った。鉄の表面にうっすらと油が残った。完全に落とさない方がいいと、動画で言っていた。何が正しいのかわからなかった。
鍋を乾かした。布巾で拭き、コンロの横に置いた。
翌日、棚の上段を空けた。普段使わない土鍋とカセットコンロが入っている場所だった。土鍋を下段に移し、中華鍋を入れた。取っ手が棚板に当たったので、角度を変えた。扉を閉めた。
キッチンは元に戻った。調理台の上には何もなく、フライパン掛けにはテフロンのフライパンと小鍋が掛かっていた。
何日か経って、仕事から帰り、キッチンに立ったとき、棚の方を見た。扉は閉まっていた。中に鍋があることは、外からはわからなかった。
あの部屋で、あの業者が口を開きかけたことを思い出した。「お父さんは、お仕事で——」。あのとき遮ったのは自分だった。あの先に何があったのか。聞いていたら、今この鍋をどう扱えばいいか、わかったのだろうか。
わからなかった。聞いたところで、それはあの業者が部屋の道具から組み立てた話でしかない。父が何を考えてこの鍋を振っていたかは、誰にもわからない。
ただ、誰かの口から出た言葉であれば、この鍋をどこに置くか、決められたかもしれない。使うか、しまうか、捨てるか。
棚の扉を開けた。鍋はそこにあった。黒くて、重くて、取っ手の木が油で光っていた。
閉めた。
週末に友人が来ることになった。鍋料理にしようと思い、棚の上段を開けた。土鍋を取り出そうとして、手が止まった。中華鍋が手前にあった。下段に移したはずの土鍋がなぜここにないのか一瞬わからず、自分で配置を変えたことを思い出した。中華鍋を片手で持ち上げ、奥の土鍋を引き出した。鍋を戻し、扉を閉めた。
友人が帰った翌日、食器を片付けていた。取り皿が一枚足りないことに気づいた。来客用の小皿は棚の上段にしまっている。扉を開けた。小皿の横に、鍋があった。前に開けたときと同じ角度で、同じ場所にあった。手を伸ばして、取っ手に触れた。木の表面は乾いていた。小皿を取り出して、閉めた。
何日か経って、棚を開けた。
取っ手の木に鼻を近づけた。匂いが薄くなっていた。あの油の、洗っても落ちなかった匂いが、ほとんどしなかった。鉄の表面も、前より乾いて見えた。
スマートフォンを出した。「中華鍋 手入れ」と打った。油を薄く塗って保管する。錆びを防ぐため。手順は簡潔だった。
鍋を調理台に置いた。キッチンペーパーを切り、サラダ油を垂らした。鍋肌に沿って、紙を滑らせた。縁から底へ、底から縁へ。塗り残しがないように、何度も手を動かした。鉄が油を吸い、表面がわずかに光った。
取っ手の木にも塗った。繊維の隙間に油が入り、色が少し濃くなった。鼻を近づけた。油の匂いがした。新しい、自分の台所にある油の匂いだった。
鍋を棚に戻した。黒い表面が、前よりわずかに艶を帯びていた。
閉めた。




