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  作者: タナベヒトシ
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預かりもの

 一軒家だった。住宅街の奥まった場所にあり、門扉はなく、短いアプローチの両脇に雑草が伸びていた。表札は苗字だけで、インターホンを押すと、すぐにドアが開いた。


 依頼主は息子だった。五十代の前半に見える。作業着姿で、仕事の合間に来たのだろう。名刺を受け取ると、ほとんど見ずにポケットに入れた。


「母が先月亡くなりまして。一人暮らしでした」


「お悔やみ申し上げます」


「ありがとうございます。家は売ることになるんで、中のもの全部お願いします。立ち会いますんで」


 一階はリビングと台所と和室。二階に三部屋。築四十年近い木造で、柱が少し傾いでいるのが目でわかった。


 リビングから始めた。古いソファ、テレビ台、食器棚。仏壇が部屋の隅にあり、線香の匂いが染みついていた。息子は玄関の上がり框に座って、スマートフォンを見ていた。


 二階に上がった。一部屋目は寝室だった。布団が畳まれ、枕元に薬と水差しが置いてある。二部屋目は物置になっていた。段ボールや古い家電が積まれている。


 三部屋目のドアを開けた。


 子供部屋だった。


 六畳の和室の壁に、絵が貼ってあった。クレヨンで描かれた絵が四枚。画用紙の端がセロテープで留められている。テープは黄ばんでいたが、絵の色はまだ鮮やかだった。赤い屋根の家。青い空に黄色い太陽。緑の木。その横に人が三人、手をつないで立っている。


 部屋の隅に、小さな学習机があった。引き出しの取っ手にキーホルダーがぶら下がっている。机の上に鉛筆立てがあり、短くなった鉛筆が四本と、赤い鉛筆が一本入っていた。


 押し入れを開けた。赤いランドセルがあった。傷はあるが、革はまだしっかりしている。その隣に、小さな靴が二足。白い運動靴と、赤い長靴。どちらも二十センチに満たない。


 ランドセルの下に、紙袋があった。中を見た。通知表だった。三年生まで。名前のところに、息子とは違う苗字が書いてある。


 部屋を見渡した。絵も、机も、ランドセルも、靴も。どれも丁寧にそのまま残されていた。埃はあるが、押し入れの中は整頓されている。捨てられたのではなく、保管されていた。


 階段を下りた。息子はまだ上がり框に座っていた。


「二階の奥のお部屋なんですが」


「ああ」


「お孫さんのお部屋ですか」


 息子はスマートフォンをポケットにしまった。


「姉の子です。母から見たら孫ですけど」


「通知表や絵が残っていました。ランドセルも靴も、きれいに保管されていたので——」


 タツヤは言葉を選んだ。選んでいるつもりだった。


「お孫さんのこと、大切にされていたんですね」


 息子は少しの間、何も言わなかった。それからゆっくりと立ち上がった。


「姉が置いていったんです。子供ごと」


 タツヤは黙った。


「姉は出ていきました。子供が小学三年のときに。で、そのまま連絡つかなくなって。母が引き取って面倒見てましたけど、中学に上がる前に児相が入って、施設に移りました」


 息子は階段の方を見た。二階を見上げるような目だった。


「あの部屋のもの、母は絶対に触らせなかった。俺が片付けようかって言っても、駄目だって。姉が取りに来るかもしれないからって」


「……」


「孫を大切にしてたんじゃないですよ。あれは姉の荷物なんです。姉がいつか取りに来る、そう思って置いてあっただけで」


 息子の声は平坦だった。怒りはなかった。長い時間をかけて確認してきた事実を、もう一度なぞっているだけのように聞こえた。


「孫のことはかわいがってましたよ、それは間違いない。でもあの部屋は違う。あれは姉のためのものです。姉が戻ってきたときに、全部揃ってるように。三十年、ずっとそう言ってました」


 大切にしていたのは、孫の痕跡ではなく、娘が帰ってくるという可能性だった。


 タツヤは何も言えなかった。


「処分でいいです。全部」


 息子はそう言って、また上がり框に座った。スマートフォンを出して、画面を見た。


 タツヤは二階に戻った。子供部屋のドアを開けた。さっきと同じ部屋だった。クレヨンの絵。学習机。鉛筆立て。押し入れのランドセルと靴。


 何も変わっていない。しかしさっきとは違うものが見えた。いや、見えたのではない。さっき見えていたものが消えた。


 絵の中の三人の人物は、手をつないで笑っている。この子が描いたときの気持ちは、たぶん本物だった。しかしこの絵がここに残り続けた理由は、この子とは関係がなかった。


 壁からセロテープごと剥がすのか、それとも画用紙だけ外すのか。タツヤは絵の端に手をかけて、止めた。


 そのまま、しばらく立っていた。

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