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  作者: タナベヒトシ
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娘の線

 テープは剥がされていた。


 父の遺品整理を業者に頼んでから一ヶ月が経っていた。実家の二階に上がり、父の部屋を開けると、何もなかった。畳の上に午後の光が差しているだけだった。


 しかし線は残っていた。テープの下だけが畳本来の色を保ち、周囲が黄ばんでいるために、色の差が一本の線になっている。端から端まで、まっすぐに。


 しゃがんで指先で触れた。段差はない。感触も同じだった。テープは意志で剥がせる。この線は二十年の日焼けが刻んだもので、消しようがなかった。


 立ち上がり、向かいの母の部屋に入った。父の部屋と鏡写しの配置だった。テーブル、座椅子、衣装ケース。母は施設に入っていて、戻る見込みはない。この部屋も片付けて、家を売る。


 母のテーブルの上に眼鏡ケースがあった。開けると、赤いフレームの老眼鏡が入っている。レンズに指紋が残っていた。


 父の老眼鏡のことを思い出した。あの業者が言った言葉。テープの向こう側に置いてあった、と。あのとき何も答えなかった。意味がわからなかったのではない。事実を、受け取りたくなかったのだと思う。


 眼鏡ケースを閉じ、段ボールに入れた。


 一階の台所を片付けていたとき、食器棚の中に茶碗が二つ並んでいるのが目に入った。同じ形、同じ大きさ。しかし片方は内側が茶渋で濃く染まり、もう片方はほとんど白いままだった。同じ棚に、隣り合って、別々の時間を過ごしていた。


 新聞紙で包み、同じ段ボールに入れた。


 夕方までに片付けを終えた。段ボール十二箱。処分が九箱、保管が三箱。最後にもう一度、二階の父の部屋を見た。西日が低くなり、畳の線は影に沈んでほとんど見えなくなっていた。来週、畳屋が入る。全て剥がして、新しくする。線も消える。


 家を出て、車で四十分走り、自分のマンションに戻った。


 靴を脱いで、キッチンで水を飲んだ。冷蔵庫の中は左に飲み物、右に食材。手前が使いかけ、奥が未開封。調味料はドアポケットに背の順で並んでいる。


 リビングに入った。テーブルの上にはリモコンとコースターとペン立てがあり、それぞれに定位置がある。本棚は上段が単行本、下段が文庫。背表紙の高さが揃っていた。


 クローゼットを開けた。左が仕事用、右が私服。境目に一本、空のハンガーが掛かっている。いつからそうしていたか、覚えていない。


 シャワーを浴びた。シャンプーとコンディショナーはラックの上段、ボディソープは下段。タオルは色で用途を分けていた。


 髪を乾かし、寝室に入った。


 ベッドに横になった。ダブルベッドの左半分に体を寄せ、掛け布団を胸まで引き上げた。右半分のシーツに皺はなかった。

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