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  作者: タナベヒトシ
12/14

動いているもの

 カーテンの隙間が白かった。


 起き上がった。布団を畳み、壁際に寄せた。


 洗面台で顔を洗った。タオルで拭き、元の位置に掛けた。


 やかんに水を入れ、火にかけた。棚からマグカップを一つ出した。インスタントコーヒーをスプーンで一杯入れ、湯を注いだ。


 壁に時計が掛かっている。白い文字盤に黒い数字。三時十二分を指していた。秒針が動いている。カーテンの隙間が白いので、朝のどこかだとわかる。


 コーヒーを飲みながら窓の前に立った。カーテンは開けなかった。布越しの光が、フローリングの上にぼんやりとした四角を作っている。


 飲み終えた。カップを洗い、伏せた。やかんを洗い、コンロに戻した。


 着替えて外に出た。


 外階段を下りるとき、隣のドアの前を通った。閉まっていた。ドアの下の隙間から、テレビの音がかすかに漏れていた。


 コンビニまで歩いた。おにぎりを二つと水を一本、かごに入れた。レジで「温めますか」と聞かれ、「いいです」と言った。袋を渡されるとき、店員の手が少し止まった。こちらを見て、何か言いかけた。後ろに客が並んでいた。手が離れた。袋を受け取り、店を出た。


 帰り道、公園の脇を通った。ベンチに猫がいた。目が合った。猫は動かなかった。そのまま通り過ぎた。


 部屋に戻り、靴を揃え、手を洗った。おにぎりを作業台の上で食べた。鮭と昆布。水を飲んだ。袋を畳み、ゴミ箱に入れた。


 ベランダに出た。手すりには何も掛かっていない。物干し竿もない。隣のベランダとの間に仕切り板がある。向こう側に洗濯物が干してあった。風が仕切り板を軽く鳴らした。しばらく立って、部屋に戻った。


 時計は五時四十一分になっていた。カーテンの隙間の光が傾いている。


 窓際の壁に背を預けて座った。


 隣の部屋から声がした。電話らしかった。女性の声で、言葉は聞き取れなかったが、急に笑った。笑い声は壁を通ると輪郭が鈍くなり、ただの振動になった。しばらくして止み、テレビの音に戻った。秒針が浮かび上がった。


 暗くなり始めた。蛍光灯の紐を引いた。


 隣の部屋が賑やかになった。声が複数ある。笑い声が重なった。何かを置く音。グラスが触れ合う音。話し声は壁を抜けてきたが、中身はわからなかった。


 時計の前に立った。秒針が一秒ずつ進んでいる。長針と短針は、外の暗さとは関係のない場所を指していた。


 布団を敷いた。横になった。天井を見た。


 隣はまだ続いている。笑い声の合間に、秒針が聞こえた。一秒。笑い声。一秒。


 目を閉じた。


 いつの間にか、隣は静かになっていた。


 秒針だけが鳴っている。暗い部屋で、一秒ずつ。

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