男女の鬱は果たして同じものなのだろうか
鬱病の原因が我慢と葛藤であると踏んでいる私だが
時に思うのが男女の考え方の違いだ
男は問題解決
女は共感
そんなきらいがあると言われている。
そして調べてみれば
どうやら男は一つの問題に特化していて
女は複数の問題に特化しているらしい。
例えば、こんな推測だ
男は考えてもしょうがない無理難題ストレスを延々と考え続けて葛藤に苦しめられ、
女は多くのストレスを人生の成功を担保に我慢し続け、ある時ふっとそれが爆発してしまう
これは男が問題解決に勤しみ、女が我慢強いという勝手な僕のイメージを元の推測だが、どうだろう?
続いて
なんのために思考し、悩むのかという事
これはあっているかどうかわからないが
男は結果のために過程を重視し
女は結果のために過程を軽視している
次からどうするかという反省を見据えた過程の長考をする男と
とりあえず現時点の最善を目指す結果優先の思考
曖昧な部分はなるべくなくしたい思考と
曖昧な部分を抱えても、先へ進む思考
どちらが良いとか、そういうものではないだろう
ただなんとなく想像してみれば
男の方は鬱からの死において、悩んだ時に時間がかかりそうで
女の方は鬱からの死において、悩んだとしてもそう長くはかからなさそう、といった感じだ。
パッと思いつくのは自傷行為で
男はそんなことして意味あるのかと、踏みとどまる一方
女は衝動で、自傷してしまいそうだ。
そして反対に、究極的な思考では
男は死ぬと結論が出たらそれを実行に移し
女は直前でビビりそうだし、なんならそもそも自殺という行為が正解だと確信しなさそうでもある
そして
反芻思考についてはどうだろう
男である僕はなんとなくイメージはある
ぐるぐると原因を探れば探るほど、自分にとってさらに苦しむ要因が見つかっていくだけだ
女はそもそも反芻思考するのだろうか
鬱の最後がそういった思考の末の絶望だとして
女はそこまで思考を深めるのだろうか
あるいは人生の担保を疑うまでの深さに思考をもっていく別の考え方が?
あるいはあるいは人生の担保が、思ったよりも浅いところに出たり消えたりしていたり?
まさかここにきて
俺が性転換してみたいと思うようになるとは




