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第64話 さくしとだーくほーす


『体育祭期待の新生』

『奴に会ったら逃げられない』

『工業科の新たなるダークホース』


去年の体育祭によって、仁都はこれらの異名を持つようになったという。馬鹿みたいにダサい異名だが、そのダサさとは反面、田端の語り口調からはそんな甘いものではないと聞かされた。


まずは、『騎馬戦』だ。

学年混合で4人1組のチームを作り、相手チームの騎手が巻いているハチマキを奪い取る競技である。一般的に、この競技は男子生徒のみが参加するものだが、うちの学校では女子も参加するようで、毎年白熱しているようだ。


この競技はハチマキを奪うことでポイントが付き、その合計によって勝敗が決まる。それだけならまだ普通だが、うちの学校の騎馬戦は訳が違う。

女子の騎馬戦の後に男子の騎馬戦が行われるのだが、恐ろしいことに、男子の騎馬戦ではハチマキを取った者のポイントが2倍になるのだ。


リレーや綱引きの次に盛り上がるのが、この騎馬戦である。会場のボルテージも高まっていたらしい。その中で、一番才能を開花させていたのは仁都だった。


「……あいつはな、スタートした瞬間、持ち前の運動神経と反射神経で、相手の動きを見て裏を掻きながら、1人で相手チームのハチマキを毟り取ったんだ」


田端の迫真めいたその言い方は、まるで悪魔でも見たかのように怯えていた。田端曰く、相手チームのハチマキを片手で掲げる仁都はまるで百獣の王のように、高らかな雄叫びを上げていたのだという。


誰とも揉み合いになることはなく、目にも止まらぬ速さで奪い取るその姿はまさに、獲物を仕留める肉食動物のようで、先輩相手にも構わずプレッシャーをかけていたと。

ちなみに、仁都を騎手に選んだのは工業科内での策略らしく、体育の授業中に工業科内で騎馬戦の練習をした際、ご覧の有様になり、これはいけると彼を選んだのだとか。


「そん時はまだ、仁都如月が元不良だったって皆知らなくてさ……。知ってからみんな納得したんだけどな……本当に怖かったんだよなぁ」


聞けば、仁都と同じ中学の同輩が居なかったようで、このことは誰も知らなかったらしい。体育祭の後に仁都とある高校生が喧嘩している現場を何人かが目撃したらしく、それからバレて広まったとのこと。

本人は特に気にしてなかったみたいで、工業科の人間もうっすらそんな感じなんだろうなと察していたらしい。

当の仁都は生徒会と生徒指導部から1ヶ月の間ほぼ毎日呼び出されていたらしいが、次第に皆のほとぼりも冷め、1か月が過ぎてからは難なく学校生活を送って、現在に至るようだ。


そんな事がバレたとはいえ、それは過去の仁都であって今の仁都では無いのは、人柄の良さによく現れているのだろう。納得した。


「まぁ、それは置いといてだよ!次の伝説ですわ、次!」


すごい。自分の話じゃないのに、こんなにも自慢げに話せるその姿には感心しますよ、田端さん。

せめて、その意欲を勉強に向けてあげると、瀧本が喜ぶと思いますがね。

と、言いかけたのを飲み込んで耳を傾けた。


次は、『玉入れ』。玉入れなんて、力技というよりも、コントロールや量を重視した競技だ。むしろ仁都には向いてな……と、言いかけたところで思い出す。エト誘拐事件の時の、あの抜群のコントロール。寸分の狂いなく、相手の頭を狙ったその力を目の当たりにした俺は、玉入れがどんな物だったか、大体に察しがついてしまった。


「パワー系男子は玉入れに向いてないと普通は思うだろ?だけど、仁都如月の怖いところは、どこからでも確実に玉を籠に入れるんだよ。まるで、籠の中に玉が吸い込まれるが如くの百発百中。野球部の顔も真っ青だったさ」


うんうんと田端は大きく頷いた。俺は思わずポカーンとした。なんなの?仁都は体育祭の申し子なのか?背丈だけでも玉入れには充分な筈なのに、それでもまだ神様はこいつに力を与えるのですか?


なんなのこの、不平等条約。神様、俺……いや、人間に対して不平等過ぎませんか?


「まぁ、最後はここまで来ると察しがつくと思うんだけど、『学年別リレー』、なんだよねー」


ええ、まあ、それは予想できた。ここまで運動神経がいいのに、足が遅いとかだったら変だよな。

まぁ、充分過ぎるくらい神様からの贈り物は貰ってるんだけどな。


「リレーは言わずもがな。むしろ、言わなくてもいいよねレベルなんだけど、聞きたい?ねぇ、聞きたい?」


……なんだろう。お前のその顔に腹が立つのは、だいぶ俺も瀧本の気持ちが理解出来てきたんだろうか。


「まぁ、今日の田端様は機嫌がいいからね。教えてあげましょうかね!」


……課題が間に合って、瀧本に怒られなかっただけでめちゃくちゃ偉そうなんですが、これは。


「リレーに関してなんだけど、実は、仁都如月のチームが暫定最下位で来てたんだよね。ラストのアンカーが彼だったんだけど、遅れを取り戻すかのような走りを見せてきて、それはもう陸上部が卒倒するレベル。もうね、会場の盛り上がりも最高潮!」


あの時の歓声は今思い出しても鳥肌が立っちゃうねえ、としみじみしながら笑っていた。

ちなみに、最後のアンカーは一周分多く走らないといけないみたいで、帰宅部である仁都がそれを難なくやり遂げたのが、かなりの革命だったらしい。


そのリレーで大逆転劇を起こし、仁都如月率いるチームが総合優勝したのだと言う。それ以来、仁都如月はあの様な異名で呼ばれるようになったそう。


聞けば聞くほど、仁都如月という男が、如何にスポーツに愛された男かというのがわかる。だから、神様はバランスが取れるように、彼から知性というものを奪ったのか、と納得してしまった。


……いや、納得してはいけないのだが。


と、そんな話を零すと、「ああ〜、そんな事もあったなあ」と坂田は懐かしむように首を縦に振った。


「ってか、仁都のその伝説作ったのは、ほぼほぼ俺だからね〜」

「……は?マジかよ」

「マジマジのマジで〜す。同じチームだったし、あいつの出る種目とか指定したの、全部俺だし?」

「うげぇ……」

「坂田、勝負事になると、ほんとに頭の回転早いからねぇ。策士だよ、策士。このこと知った時はゲス過ぎて何も言えなかったよ」

「ゲス、じゃなくて、戦略的勝利をしたと言ってほしいね〜?」


そう言って、大魔王のようにニシシと笑った。彼の容姿も相まってその効果は絶大だった。まるで、仁都を自分の手の平で転がしてるかのように、悪い顔をした。


というか、意外だった。坂田は何事にも無関心だと思っていたのに、こういう行事ごとにはかなり白熱するようだ。

今年はどんな作戦にしようか、なんてもう既に頭の中で練っているのだろう。ぜひその頭の中身を解体してみたいものだ。


そう思いながら、坂田の新たな一面に驚きを隠せないでいると、急にこちらに向き直り、


「……でもさー、俺からしたら、すずめくんの方が驚きなんだけど?」


と、尋問するかのようにシャーペンで俺を指した。


「……なんで俺なんだよ?」

「えー、だってー。すずめくんこそ、見た目、ザ・運動苦手男子って感じなのにさ、運動神経がいいよね、意外〜」

「確かにそうだね。エトちゃんの時も仁都に引けを取らずに助けてくれたし……昔は運動系の部活とかやってたの?」

「あー……それなー……まあ昔、色々な〜」


そう言葉を濁すと、坂田と田本は「えー……」と不満そうな顔をした。「教えてよケチー」「いけずー」なんて、なんでこんな時だけシンクロしてるんだよ、お前ら。女子高生か。いや、こんなむさい女子高生とは仲良くなりたくない。


「ま、まーあれだ。そのうち話してやるよ、そのうちな……!」


そう言って、机の上に置いてあったペットボトルのミルクティーを飲み干した。少し甘ったるく舌に残る後味が好きだったりする。一応、仁都とは違って元不良とかそういうのじゃないことは伝えたが、半分も信用されていないようだった。

あれやこれやと、記者のように根掘り葉掘り訊いてくる二人に耐えながら、俺は話を戻した。


「……聞くけど、今年も仁都はリレーの選手になるのか?」


そう尋ねると、大魔王……いや、策士である坂田はうーんと顎に手を当てて深く考えたあと、ニッコリと笑った。


「もっちろん」


ですよねー、知ってた。


「むしろ、仁都をリレーの選手にしなかったら、チームからクレーム来ることは確実なんだし、こればっかりはしょうがないっしょ」

「ウワマジカヨメンドクセー」

「雀宮くん、棒読み棒読み」

「まぁ、すずめくん。これはドンマイってことで」


そう言って、坂田は憎たらしいくらいの満面の笑みで俺の肩を叩き、グッドラック、とでも言うように親指を立てた。ノートを写し終わってたら完全に殴っていたところだった。ノートに感謝するんだな、坂田。


と、そんなこんなで俺も坂田もノートを写し終わった頃、ちょうど坂田のスマホに仁都から連絡が来たらしく、俺達は玄関へ向かうことにした。


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