第65話 おもったよりも
第65話 おもったよりも
いい歳をした男子高校生が、玄関先の階段で横一列に並ぶとはなんとも虚しい……いや、むさ苦しい光景だろうか。何が悲しくて、こんな暑い中待たねばならないのか。
それを問おうとする前に坂田がぼんやりと遠くを見つめながら、手の甲で首の汗を拭っていた。
「遅いねー、仁都。とっくに補習時間終わってるはずなのに……何やってんだろ」
その言い方は半ば怒りをも表しているようにも見えた。怒り、と言えば大きな括りではあるが、しかし、彼の中には呆れた感情も混ざっていたのだろう。
こんなにも待たされるなんて、と彼の顔に書かれているように見える。長い付き合いである彼でも、仁都に待たされることは慣れていないみたいだ。
言葉を返すようで悪いが、ドンマイとしか言いようが無い。
玄関入り口から、田本、坂田、俺の順番で座っているのだが、綺麗に身長で階段が出来ていると、田本が面白そうに笑っていたのを俺は見逃さなかった。
俺だって好きで階段の下段を演じているわけじゃないんですけど。なんて、いじられながらも待っているのだが、何をしているのか仁都は来ない。
そのせいか、暑さに弱い(?)坂田は生気を吸い取られているような顔をしていた。
俺は姉貴に鍛えられた(?)おかげで待つのは慣れていた。女性、姉貴なら特にだ。
姉貴が「女の子が遅れてくるのは可愛く変身するための、言わばシンデレラになるための魔法の時間なのよ!」などと迷言を言っていたのを思い出す。
ああ、学生時代の藤見さんに同情するわ。姉貴が平気で遅刻してすみません。今この場で、姉に代わって俺が謝罪します。
ぐったりと項垂れ、田本に肩をぐりぐり擦り付け寄りかかる坂田とは真逆に、田本はいつもと変わらない態度で、玄関先から出てくる同級生に別れの挨拶を送っていた。
屈託の無い笑顔を、少しだけの茶目っ気を見せながら彼は優等生を作り上げている。驚いたことに、彼は同級生に見せる自分の姿を自身のさじ加減で絶妙にコントロールしているようだ。
特に女子生徒、には。観察してみて分かったが、田本は笑顔を向けることと相手を思いやる言葉を投げかけるのを怠らない。
なぜなら、それこそ相手が喜ぶものだと分かっているからだ。言い方を変えれば、彼は相手が欲しがる言葉を全て知っている、といった感じか。
彼はただの優等生というわけではない、他者からの信頼と実績がある優等生なのだ。だからこそ、俺は不思議だと思った。
「……なあ、田本」
「どうしたの?雀宮くん」
「さっきのノート写しの件だけどさ」
「ん?」
「別に、俺らじゃなくてもよかったんじゃないの?」
何気ない一言のつもりだった。
だけどそれを言った瞬間、田本は「え゛っ」と喉を詰まらせたような声を上げた。まるで急所を突かれたかのように、全ての動きがぎこちなくなった。
それまで作っていた笑顔の化けの皮がボロボロ剥がれるかのように、その顔を歪ませていた。
「え、ええっと!やっぱり、ノート写しお願いしたの迷惑だった??」
「いや、迷惑ってわけじゃないんだけどさ……田本普通に人望とか厚そうだし、お願いしたら誰でもやってくれそうなのになって思ってさ」
「いや、ほら、あれだよ!雀宮くん、頭がいいから、雀宮くんのノートなら見やすそうだなって……!!ほんと、それだけ……!」
「ふーん……。本当にそれだけなら、別にいいけど……」
少し意地悪な言葉を入れてやると、またもや田本はなんとも言えない顔をしていた。もう既に表情筋がボロボロである。
別にノート写しが迷惑だったとか嫌だったと言う訳ではない。むしろ、家に帰って復習する手間が省けたので有難いと思っている。
それに俺は、自身を使い勝手のいい人物だと思っていない。パシリを頼めるほど使いやすい人間ではないはずだ。
坂田は長い付き合いだから分かるとして、なぜ俺が選ばれたのか思えば思うほど気になってしまった。
という、そんな単純な疑問なのだが、田本はどうやら不意打ちを食らったようだった。
これは問い詰めすぎたか?と思っていると、田本の肩に寄りかかっていた坂田がクククッと笑い出していた。
何が面白いのだろうかと思っていると、彼は口を手で覆いながら笑いを噛み殺すように悶えていた。
「あーっはっは……!!面白すぎ……!!」
耐え切れなくなったのか笑い転げるかのように吹き出した。その横で、あちゃーとでも言うように田本は顔を手で覆っていた。
やらかしたとでも言いたそうに、田本は大きなため息をついた。
「あーもう……!!」と、ひとしきり笑った坂田は、一度深呼吸をして田本の方へと向き直った。
「あーあ、バレちゃいましたね、優等生?」
「はいはい、バレちゃいましたね、坂田さん」
「……っつーことで、約束の500円、いただけますかな?」
「あー、もう……。いけると思ったのになぁ……」
展開が読めない俺を置いてけぼりに、田本は財布から500円玉を取り出して坂田に渡した。坂田はやりぃ!と嬉しそうにコインを宙に投げて掴んでいた。
あの、全く話についていけないんですが、これは一体どういうことなんでしょうか?
きっと俺の顔にはその文字が羅列していたのだろう、坂田がこちらに気づき「あー、ごめんごめん」と何があったのか教えてくれた。
「あのね、さっきまで賭けをしてたんだよ。すずめくんが、コイツの弱点に気づくか気づかないか」
坂田はそう言うと、勝ち誇ったように鼻で笑った。まるで勝者の貫禄だと言わんばかりの偉そうな態度だった。
賭けの中身はこうだった。『田本が、ノート写しをクラスメイトではなく、俺に任せたのはなぜか?それに俺が気づいたら坂田の勝ち。』
この賭けの期限は俺らが校門を抜けるまでだったと言う。なので、田本としては後もう少しのところで勝ちだったようで結構悔しがっていた。
なんじゃそりゃ、理不尽な話である。提案するほうもそうだが、それに乗っかる田本もどうかと思うが、田本の言い分は『俺がノート写しを頼まれた時、受けるか断るかは別として、俺はその背景について無関心そうだった』といったものだった。
逆にその方が、賭けの有無は関係なく田本には都合が良かったらしいが……。
というか、君ら、俺で遊びすぎてません?全くもって俺にはメリットもデメリットもないし、なんなら謎の敗北感を感じているんですけど。
「あーあ、意外と勘が良いんだね雀宮くん。なんか、甘く見てたかも」
「なんか、その言い方だとめちゃくちゃ俺のこと馬鹿にしてません?」
「よっ、さすが天然腹黒色男~」
「ち、違うよ~。雀宮くんのことそんな風には見てないよ?!は、半分くらいしか?!」
「半分も見てんじゃねぇか!!ってか、そもそも、田本の弱点ってなんだよ?字が汚いとかか?」
「ざーんねん。田本は美文字教室経験者なのでそれはありえませーん」
「無駄にハイスペックなんだな、そこは。じゃあ、なんなんだよ?」
と訊くと、それはね、と坂田が話そうとしたところで、田本が口を開いた。
「それは俺から言うよ。だから、言わないで?」
そう、真剣な眼差しで坂田を見つめた。すると、その意図を汲み取ったのか坂田は溜息をついて、分かったよと答えた。
その言葉に安堵した田本は膝の上で手を組みながら、神妙そうな顔で自身の弱点を告げた。まるで世界の終わりを見たかのような思い雰囲気を醸し出しながら。
「……俺、人のこと信用できないんだ。両親のことも、クラスメイトのことも……」
と、少し寂しそうな顔を見せながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
それは、本来の田本と俺が思い描いていた田本の姿が大きくかけ離れている理由だった……。




