第66話 しょうげきてんかい
第66話 しょうげきてんかい
「人を、信用できない……?」
かなりの衝撃だった。模範と言ってもいいような優等生から「人間を信用できない」なんて言葉が出るとは思わなかった。
だって信用が服を着て歩いているような人物だぞ。そんなわけあるか?
そう思いながら田本の次の言葉を待っていたが、よほど言い難いのかなかなか出てこなかった。それに痺れを切らしたのか、坂田が口を開いて続けた。
「……あれでしょ?要は、他人に甘えられないってことでしょ」
「いつもあんだけ猫被ってんだからさ~」と、坂田がそう助け舟を出すと、田本は「そうだね」と、安堵した笑みを浮かべた。
うまく言葉が見つからなかったのだろう。自分の弱点、またはコンプレックスを当てられたのだから、その次の言葉が浮かばないのも当然である。
だとしても、他人に甘えられないというのはどういうことなのだろうか、俺に対してはどうか分からないが、現に坂田には甘えているように見えるのだが違うのだろうか?
そんな俺の考えを他所に坂田はコイントスを繰り返す。太陽の光を反射した薄い金色と、淡々と繰り返されるその行為になぜか目が離せないでいた。
「……自分で作ったはずの偽りの自分が、自分じゃないと分かっているから、他人に甘えることが出来ないんだよ」
坂田のその言葉に、「そうだね」と田本は同意の笑みを浮かべた。坂田にはもう既に田本の本質が見えているようだ。田本もそれを否定しなかった。
『自分で作ったはずの偽りの自分が、自分じゃないと分かっている』
この坂田の言葉に妙な違和感を覚えた。違和感、という言葉で括ってはいけなかったのだと思う。
この言葉が、今の田本の状況にあまりにも合っているから違和感を覚えたのだ。合っているからこそ違和感があるのだ。おかしい、と思ってしまったのだ。
今の田本の状況に既視感があったのだ。自分じゃない、ほかの誰かが同じ状況に遭っていたことが脳裏を過ぎった。だけど、それが誰かは思い出せない。
すると、田本は意を決したように深呼吸をし、少し言葉を喉に詰まらせて話し始めた。
「……俺は、人間が大嫌いなんだ」
そう言った彼は、自分のボロボロになった笑顔の仮面をつなぎ合わせ、微笑んでいた。だけど、それが偽りなのは手にとって見れた。
人間が大嫌い。その言葉を聞いた途端、皮肉にも田本の人間らしさが垣間見えた。だけど、不思議とその言葉が俺の胸の中ですとんっと腑に落ちた。
あの旅行のときから、彼の本性が少しずつ分かってきていたからだと思う。だから、彼の今の言葉に自然と寄り添える気がした。
「……人間が嫌いなのは、どうしてなんだ?」
こう尋ねたとき、誰より驚いたのは自分だった。今までこんなことを興味本位だとしても尋ねるはずはなかったのに、どうしても尋ねずにはいられなかった。
そんな俺の思いを見透かしているのかいないのか、田本は宙を仰ぐようにして空を見上げた。
夏の終わりを告げる秋の空は、橙と藍のコントラストを互いに強調することなく寄り添いながら、俺らにまだ生ぬるい季節の風を吹かせていた。
そんな風の波に乗せるように、田本が淡々と話し始めた。それは、物語を語る語り部のような口調だった。
「……人間ってのは結構単純なんだよ。言葉の一つや噂の一つで、態度を二転も三転もひっくり返す。
その癖、自分にとって都合のいい事があれば過剰に褒め称え、都合の悪いことがあれば過剰にそれを叩き上げ、最悪、吊るし上げにもされる。
そうだね、例えるならば、ジャンヌダルクの異端尋問みたいなものかな」
田本のその話にどくんっと胸が跳ね、嗚咽を漏らしそうになった。
だが、その余韻に浸ることもなく、間髪を入れずに田本は続ける。
「俺は昔から、その現場を見てきたせいで、自然と【自分が優位な立場でいなければならない】と思ってしまった。
だから、相手にとって都合の悪い言葉は切り捨て、都合の良い事だけを与える。それを続けていった結果……どうなったと思う?」
そう言うと、妖しく笑って俺を見つめた。その目はまるで物語の展開を話したくて仕方ない、残酷な子供のようだった。
半ば諦めているかのような言い草の彼に何も言わずに黙ったままでいると、坂田がぼそっと呟いた。
「……奴らが勝手に、お前を過剰に持ち上げ、お前に優等生というレッテルを貼った」
そう言うと、「そう、正解」と笑った。その姿は、あの夜公園で見た田本の姿と同じように見えた。まるで、あの時と同じようにその反応を見て選定をされている気分だ。
「ホント、残酷だよ。勝手に作り上げたのはそっちなのにさ、そのレッテルを勝手に貼ってくるんだ。無責任ってもんじゃないよね」
半ば開き直ってきているのか、「あーあ」と呟いてはやれやれといった言い草になっていた。
「でもさ、昔の俺も同じように単純だったからさ、これが『正解』なんだって勝手に思ってたわけ。
だけど、気がついたらみんな、自分じゃなくて、みんなが作り上げた『都合の良い自分』にしか目が向かなくなった。
みんな、それが本当のお前だって指摘するようになった。都合の悪いことを一つでも言えば、お前じゃないと否定されるようになった。
……それが怖くなった俺は、もう誰かに自分を見せるのをやめた。誰かに助けを求めるのも、頼るのものやめた」
それは、決意の表れにも見えた。俺らはただの高校生だ、未成年だ。そんな難しいことを考えなくてもいいはずなのに、彼は誰よりも大人びていた。
しなくてもいい大人への成長を、周りの人間が勝手に押し付けたからだ。だから、彼は優等生であるが故に、他者と一線を引いているのだ。
だけど、彼はそれに絶望しているわけではなく、もう既に受け入れてしまっているかの如く、詰まることなく話を続けた。
「でもね、雀宮くん。こんな自分になったとしても、俺にとっても都合が良かったんだ。自分の利益になるためならどんどんこの自分を使っていった。
そのおかげで、今の俺があるわけだし、一概に悪いとは言えないんだ。時にはこれが武器になるときもあるし……だから俺はこの自分が嫌いじゃない」
【それに、嫌いなのは、勝手に俺を決める人間だけだから】
そう告げた田本は、恐ろしいほどに柔らかくて脆い笑みを浮かべていた。他者から見られた自分の評価を分かりすぎているが故に、それはあまりにも寂しいものだった。
それは脆くて、少しでも指で触れれば粉々に潰れてしまいそうなドライフラワーみたいなもので。美しくて儚いことにより、価値の上がる商品のように悲しく。
どう扱えばいいか分からないそれに、手を真っ先に差し伸べたのは、坂田だった。
「……よーするにあれでしょ?すずめくんはそんな風に自分を見ないから、逆に信頼してるってことでしょ?」
前置きが長すぎるんですけどー、と不満そうに坂田はぶつくさと文句を言った。聞いてるだけじゃ退屈していたらしい。
固まっていた体をほぐすように背伸びをして欠伸をし、ニッと笑って田本の肩を組んだ。そして、おらおら~と田本の頭をくしゃくしゃに撫でた。
田本は「こら!やめろー!」と言いながらも、その実はどこか嬉しそうで、場の雰囲気が一変して柔らかくなった。
「最初から素直にそう言えばいいのに、探り探りでその内心ビビッてるんだからなぁ、じれったくてしょうがない」
「いや、だって万が一があるじゃん?万が一が」
「えー、その言い分だと田本がすずめくんのこと信頼してないみたいになるけどいいんですかぁ~?」
「それとこれとは話が別なんだってーの!」
と、坂田がケケケッと気味の悪い笑みを浮かべながら、田本をからかいだした。
こうして見ると、二人は最近友達になったと言っていたが、やはり昔からの親友のようにも見える。
なんか、坂田と一緒にいるときの田本は子供っぽいと言うか、歳相応に見えるのはやはり気のせいじゃないみたいだ。この二人の間にはそれなりの信頼関係があるんだと改めて実感した。
「言うてね、雀宮くん。こいつあれよ?友達らしき友達なんて俺らくらいしかいないからね?」
「……は?」
「おいバカ!それ言うなっての!あー、もう……!」
衝撃の疑惑。田本宗吾、実は友達が少ない案件。いや、友達がいない俺よりは断然マシなんだろうけども。それでも、だ。
優等生を演じきっているのに、友達が少ないとか最早それはちゃんと演じ切れているのだろうか?と思っていると、坂田が大げさそうに大きな溜息をついた。
「コイツの場合はあれだから、信頼できる人間以外にはほとんど連絡取らないの。連絡先いっぱいあるくせに、稼動してんの本当に俺ら3人くらいだからね」
「3人?」
「そう。俺と、仁都と、あとすずめくんだけ。ちなみに連絡先は3桁ほど持ってるよ、この人」
「さ、3桁……?!」
「ちなみに、その8割は女の子だからね?」
「こーら、そこだけ盛るのはやめろ」
田本はそう言うと、坂田の頭の上をチョップした。
いやいや、盛るにしろ何にしろ、3桁はやばいだろ。俺なんか君らに会うまで3件(家族のみ)しかなかったんだぞ。
……なんか、これが普通の人との差なんだなってすごく虚しくなった。なんだろう、悲しいから考えるのはやめよう。
「……というか、仁都も、もちろん坂田も、田本のこういうこと知ってるんだな」
「もっちのろーん。というか、演じることに関して俺より上に立てるわけないでしょ。どれだけ繕ったって無駄な抵抗ってわけ」
「逆に仁都の場合は、明かしたところで『そうくんはそうくんだよ』って言ってあんまり気にしてない様子だったんだよね」
「むしろ、無関心的な?それはそれで、なんとも言えない気持ちだけどな~」
「ふーん……。じゃあ、俺は?」
「雀宮くんは、最近よく一緒にいたってこともあるんだけど……」
と言った後、考えるような素振りを見せてからこう言った。
「雀宮くんは、その人のことを、こんな風って決め付けて見てないところ、かな? 他人が何を言おうと、決め付けなさそうだなって……」
俺の思い過ごしだったらごめんね、と彼は申し訳なさそうに笑った。しかし、その言葉を言われた瞬間、俺の胸の中に抱えた違和感が何だったのか思い出した。
『……自分で作ったはずの偽りの自分が、自分じゃないと分かっているから、他人に甘えることが出来ないんだよ』
この言葉と似たような言葉を、俺は以前聞いたことがあった。そして、それを言った人物も、田本に言われた言葉と同じことを俺に言った。
その人は、田本よりももっと昔から自分がその立場になっていることを受け入れ、過去にそれで苦労していた人物。
それは……雀宮紫、俺の姉貴だった。




