第18話 かけごと
第18話 かけごと
放課後のホームルームも終わり、俺は足早に教室を出た。係もない委員会も入っていない、帰宅部所属の自分を呼び止める者などは誰もいない。難なく教室を出ることが出来た。
玄関につくと、ホームルーム終わってすぐだからか色んな人たちでごった返していた。運動部や吹奏楽部の部員が和気あいあいと喋りながら外へと出て行く。そんな会話が飛び交う空間をそっとすり抜け靴を履き替える。踵を鳴らして外へと出ると、「手を上げろ」と横から急に声をかけられた。それは怒号の効いた迫真的なセリフだった。
「……もっとまともな声掛けしろよ、坂田」
「えー……すずめくんノリ悪い~」
そう言い、瞬時に、人差し指で銃を型どりその銃口を俺のこめかみに向けた。まるで犯人を追い詰めたかのように坂田は不敵な笑みを浮かべた。
「……今ここが戦場なら、すずめくんはおれに撃たれてるよ」
変に坂田のスイッチが入ったらしい、完全に役になり切ってノリノリである。しかし、俺にとってはそれは赤子の手を捻るよりも簡単に終わらせることが出来た。
「そうだな、死んでるよな。それが本物の銃だったらな」
「え? あ、い、いでででいで! 待って待ってギブギブギブ! ストップ!」
坂田がそう喚くのも無理はない。俺はその手を掴んでひねり上げ、そのまま坂田の体の流れに乗ってその手を背中にへと合わせたのだ。身長が低い俺としては相手の隙を作らずに使える護身術である。膝も落としてしまえば組み伏せることが出来るので知っておいて損は無い。
「……今ここが戦場なら、ゲームオーバーだぞ、坂田」
「ま、まま、参りました……!!」
そう言われ、パッと外すと坂田はホッと安堵のため息をついて肩を回した。逆方向に曲げたので肩に若干違和感が残るのだろう。
「……すずめくんって、なに? どこかの武道の人なの?」
そんなに力を入れたつもりではなかったのだが、それなりに痛かったようだ。手首を鳴らしながら苦虫を潰したような顔を向ける。
「いや、普通の一般家庭だよ。小さい頃からこういう、身を守る術とかとかそう言うのを叩き込まれてるから、嫌々覚えてるって感じかな」
「ひええ……すずめくん、もしかして仁都と同じで元不良……?」
「待て待て、なんでそうなる。なんて言うのかな、昔から見た目で絡まれやすかったって言うのか……」
「あ~……そうだね、なんか分かるかも。こう……カモりやすいもんね見た目的に」
というか、身長的に…? と少し首を傾げて考えるような仕草をするが、完全にこれは馬鹿にしてるようにしか見えない。
「あ、いや、そこで納得されると困るんだが……。昔からちょっと損することが多かったから親父に習わされてただけだし」
「ほうほう……じゃあ体育とかそれなりによかった感じ?」
「まあそれなりに、な。あんまり目立ちたくなかったから適当にやり過ごしてはいたけど…」
「あーわかるわー。運動会のリレーの選手とか本当に嫌だったから手を抜いたわー……」
「そういや、そういうのもあったなー……」
と、坂田に話を合わせるも、元々運動会を含め年齢問わず人が来る行事が全て苦手だったから毎年休んでいた、などと言えなかった。
それは高校に入っても変わらず去年の体育祭では、適当な言い訳をと仮病を使って参加はしなかった。今年はどんな言い訳をして休もうかと頭の片隅で考えているところだった。同じ言い訳は通用しないのだから慎重に考えないと親父にバレかねないのだ……。
「…ってか坂田、思ったけど仁都はどうしたんだ? まだホームルームか?」
話に夢中になっていて、気づかなかったが仁都がいない。俺ならともかく、あんなに長身でイケメンでうるさい奴を見つけられないわけがない。それに、今の会話の流れならどこかで割り込んでくるはずなのにそれすらもない。
すると、坂田は自販機で買っていたのか桃の炭酸水を飲みながら呆れるような素振りで答えた。
「……まあ多分? すずめくんもなんとなく予想してると思うけど…あいつ補習組だから」
「……は?」
「報告しまーす。仁都如月は課題の提出期限間に合わなかった為、大量のペナルティを消化してるところであります~」
と、敬礼する。ああ、なるほど……。と俺は呆れるようなため息がこぼれた。うん、分かってたよ。
確かになんとなく察しはついていた。以前にも夏休みの課題は終わっているのか?と尋ねると、課題にアレルギーがあるのか、母親に見られては困るものを見られたような、なんとも言えない嫌そうな顔をしていたのを思い出した。
後回しにばかりしていれば、結局苦しむのは自分だというのに……。
「……なんで今日ファミレス行こうよって話になったんだよ…」
という、俺の仁都へのツッコミを代わりに坂田が応えてくれた。
「…間に合うと思ったから、だと」
「間に合ってから言えっての」
「まあまあ~…。
あいつ、課題の提出は遅いけどペナルティには慣れてるから、ほかの奴よりは早く終われると思うよ」
それだけが取り柄だからもう少ししたら来ると思うよ、と坂田はスマホの画面で時刻を確認して欠伸をする。眠そうに欠伸をする姿はまるで猫のようだった。
「おいおい、あいつ普段からどんだけペナルティ受けてるんだよ……」
「去年は……確か大体三日に一回はペナルティだった」
「は?!そんだけやっててなんで学習しないんだ…?!」
「おれもそれ毎回言ってるんだけどー」
坂田は段々思い出すのが嫌になるのか、生気のなさを感じる。ただでさえ脱力感に溢れているのに更にそれに磨きがかかったようになっていた。
というか、坂田自身は課題全部提出したようだ。聞けば、自分なりの時間配分があって毎年それに合わせて課題を終わらせているのだという。言葉を返すようだが、見た目の割りにはかなりしっかりしているタイプに見える。成績も上位だって、前に仁都が言っていたのだから頭の回転は早いのだろう。
「……そうだ、すずめくん。一回あいつと勉強会してみたらいいよ」
「え?なんで?」
「なんか……あいつはもう考えることを放棄してるから」
「……はは、お疲れ様だな」
絶対に無理だ。今の坂田の表情を見れば分かる。俺には無理だ。俺にそんな大したこと成し遂げられる気がしない。
「……ま、仁都が自分からした約束を破ることは滅多にないからのんびり待とうかー」
「……もしかして坂田って結構甘やかすタイプ?」
「んー……というか逆かな?怒るの苦手たまから、自然とこうなるって感じ」
そう言うと段差の方に座り込んだ。暑いのだろうか、パタパタとワイシャツの襟で風を送るようにして仰いでいる。優しいんだな、と言うと、意外だ~みたいな顔したでしょ~と少し笑っていた。
「それにしてもあっちーね、今日。すずめくん、良かったらこれ飲む? 冷たくて美味いよ。おれの飲みかけで申し訳ないけど」
坂田は、俺を見上げるようにして炭酸水を渡してきた。
「ん、ああ、さんきゅ」
と受け取ると手にひやりとした冷たい感触が走る。自販機で買ってすぐなのだろう。ペットボトルの中では炭酸の泡がふわふわとしたから上へと上っていた。
蓋を開ければ炭酸の抜ける音と共に桃の香りが鼻をくすぐる。一口飲めばパチパチと弾けるような感覚が舌先に届き、後から追いかけるように桃の味が喉元を通った。
うん、これは確かに美味しい。
クラスメイトの何人かこれを飲んでいたので気になっていたのだ。よし、今度時間があったら買おう。
気づけば視線を感じる。坂田の猫のような目がじっと俺の方を捕らえていたのだ。俺は少し驚いてしまい、天敵に見つかった鼠のように少し固まってしまった。
「な、なんだよ」
「……いや、なんか、渡しておいてあれだけど……すずめくんってそういうのに抵抗ないんだね」
「抵抗?」
「ほら、他人のものに口をつけるの嫌がる人いるからさ」
「ああ、それ? なんか姉貴とか普通に横から奪ってくるし、姉貴自身から渡してくることもあるから…むしろそういうのは慣れたってか抵抗はないかも」
「ふーん……」
今度は坂田の方が、表情変えず真っ直ぐに校庭の方を見つめていた。俺の答えがつまらなかったのか何かを考えているようでこちらを向かない。な、なんだなんだ、その態度は。というかその質問の意図自体一体なんなんだ。と、俺が口を開こうとした時だった。
「…あ、そうそう。今日は俺らだけじゃなくて田本もいるんだよ」
と、急に思い出したようにそう言った。
「たもと?」
「そうそう。あの、ほら、すずめくんに伝言しにいったイケメンいたでしょ? あれが田本っていうの」
あ〜、そういやメッセでも言ってたな。田本がどうとか……。
ってか、あのイケメンが来るのか?え?来るのか?あれが?
「あいつ優等生だからたまにしか時間合わなくてさ〜……。今日がちょうど空いてるみたいで、すずめくんに紹介するにもいいんじゃないかってことでそうなったんだ」
なるほど。だから去り際にまた放課後にって言ってたのか。
「なんか委員会があるとかで、でもすぐ終わるってて言ってたんだけど……遅いな~」
坂田はどこかつまらなさそうに口を尖らせる。グーッと空に手を伸ばして背を伸ばす。そして、あくびをした後、なにか思いついたのか、そうだ、とパンッと手を叩いた。
「そうだすずめくん、賭けをしようか」
「……は?」
そう一言返した時点で俺は声を出さなきゃ良かったと後悔することになるのだった……。
坂田の仮面の下は、カジノのディーラーのように不敵な笑みを浮かべていたことに……。
(ああああああ終わんないよぉ!!)
(坂田と雀宮くん待ってるんだろうなあ)
(ああ早くすーちゃんに会いたいよー!!)
(雀宮くんと仲良くなれたらいいなあ)
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