第17話 でんごん
第17話 でんごん
夏休みというのは気がつけばあっという間に終わっているものだと歳をとるたびに感じる。だが、実際問題はそうだ。小学生の時は土日を除き9月1日が必ず夏休み明けだと言うのに、中学高校と年齢を重ねる毎にそれが変わりつつある。課題やら進路調査、模擬試験などで実質八月の下旬から夏休み明けではないか。始業式があるかないかの違いであって、ほぼ毎日登校しなければならないというのはインドア学生には酷なことであった。
部活やクラブ、習い事に常時してる奴らは生活リズムが乱れなくて羨ましいなと皮肉にも思う。
現に俺は夏休みというものを怠惰に過ごしたせいで若干体がだるい。
母さんや姉貴の代わりに家事をすることは多かったが、それは気持ち的に「明日が休みである」という優越感があったからだ。さようなら、俺の優越感に浸る日々よ……。
とりあえず、課題は夏休みが始まった初期の段階で終わらせていたので余裕を持って有意義な時間を過ごせたと思う。この夏でかなりの経験をした。成長もした。多分、そんな意味でも今年の夏は充実してたんだと思う。
と、頬杖をつきながらぼんやりと空を眺める。
空は相変わらず澄み切った青色でそこに点々と白い絵の具を零したかのように雲がある。手が届けば綿のようにフワフワしているだろう…なんておとぎ話のような台詞をふと思いつく。最早、職業病(?)のようなものになりつつある。
午後一番の授業が終わり、次の授業が始まるまでの十分間、教室はある意味悲鳴と怒号が混ざりあってうるさかった。
課題を終わらせてない者が、互いに健闘を称えながら問題集と戦っていた。写させてくれ!頼む!とか、名前だけ入れてもらえないか!とかそれに対しての怒号もあっちこっちに飛び交う。
ああ、この光景はどこに行ってもあるものなんだなあと、高みの見物の気分でクラスメイトをみる。いや、高みの見物という表現もおかしいか。本来ならば期限前に終わらせるのが普通なんだよな。ダメだ、夏休みになるとそういう感覚がどこか鈍ってくる。
特に誰かに話しかけるわけでもなく、来訪する予定の者もいなかったので適当に教室を眺めていると、不意に俺の真上に影が覆いかぶさった。
「……えっと、雀宮泪、くんかな?」
「……へ?」
我ながらなんとも言えない情けない声が出たと思う。振り向けば、混じり気のない輝きを持った白髪……と言うか銀髪の男が立っていた。制服を着ているから先生ではない。だが、顔が整っていて仁都とは違った異彩を放っていた。柔らかい笑みを浮かべてこちらを好意的に見ている。
だからこそ俺は疑問に思った。なぜなら、俺は所謂一人でいるタイプの人間だ。ましてや、仁都と坂田を除けば普通科に知り合いも友達もいないのだ。クラスメイトだって俺の名前をまともに覚えてる奴がいるかどうかも不明な状況だ。それなのになぜ俺の名前を知ってるのか……。
「あの、雀宮くんで……合ってる、よね?」
俺の反応が悪いせいか、相手は首を傾げて困ったように眉を潜めた。長くかかった前髪がそれに応じるように揺れる。男性にしては長いまつげがパチパチと上下に揺れる。気がつけば、何人かの女子生徒がこちらを見ている。頬染めては口元に手をあてて周りの友人たちと何やら楽しそうに会話をしている。そして、また目線をこちらに向ける。ちなみに目線の先はこの彼だ。残念ながら俺ではない。いやなんだよ残念ながらって。
「……確かに、俺が雀宮だけど」
言い方が無愛想であるのは百も承知だ。どちらかと言うと、今回の夏休みは色んなことに巻き込まれすぎた。警戒してしまっても不思議ではないと思う。それに、この光景は、以前、仁都が訪ねてきた時にも似たようなことがあった。
クラスメイトから注目の目線を浴びる、いや巻き込まれる。俺としてはさっさと要件を済ませてほしいものだ。
そんな俺の虚しい願いを他所に、彼は俺を俺だと認識にすると、改めてにぱっと笑った。それは子犬のような笑顔で一部の女子の騒ぐような声が大きくなった気がした。
「良かった、クラス間違えてなくて!間違えてたら仁都に怒られるところだったよ~」
「仁都……?」
「そう、仁都から伝言預かってるんだ。今日の放課後、空いてたらファミレス行きませんかーって」
「ああ、そういう……」
「その返事は坂田のメッセに残して欲しいってさ」
「……ああ、うん、わかった。」
なんだなんだ、仁都関連か。こう、構えて損した気がする。その名前を出すってことは仁都とこの人は、坂田みたいな友人関係にあるのだろう。まあ、仁都のことだ。あの性格からすれば普通科でも、俺以外に友人なんてたくさんいるってことは予測がつく。
ってか、なんで伝言? 普通にメッセすればいいのになんでこの人に伝言? 絶対この人も困ってるだろ! 完全に俺のこと分かってないそぶりだったぞ?!
などと、考えていたら授業開始2分前の予鈴が鳴った。そそくさと教室に戻る者や、他クラスに帰る者で慌ただしく出入りしていた。すると、彼もそれに気づいたのか、
「それじゃあ、俺行くね! 返事待ってるよ」
と、溢れんばかりのイケメンオーラを見せて小さく手を振った。
「じゃ、また放課後にね。雀宮くん」
そう言うと、俺がうんともすんとも言う前に、人の波をすり抜けてその人物は教室から出て行った。途中、彼とすれ違うクラスメイトが驚いたように彼を見ては、芸能人かでも見たかのように頬を染めて彼の去ったあとを眺めている。
確かに、彼のあの銀髪はかなり印象的だとは思うが……多分、女子達の反応は俺が思ってるのとは全く違うのだろう。
と、考えてると同時に授業開始のチャイムが鳴った。先生が教室のドアを開ける。その瞬間、戦士達の顔に絶望の色が伺える。結局、互いに健闘を称えあっていたものの課題に間に合わなかったようだ。自業自得だと周りから言われんばかりに目に涙を浮かべながら静かに項垂れていた。
課題提出の時間が終わり、課題が提出出来なかったものは補習だという、先生からの有難くきつい罰を受けることになり、クラスの大半が悲鳴をあげることとなった。
そんな悲痛な屍の悲鳴を後ろに、俺は机の中に隠してあったスマホを手前に出す。片腕で顔を支える形になるので周りから見れば居眠りをしている状態に見えるだろう。スマホのロック画面を解除し、メッセを開く。坂田空琉という人物のメッセ一覧を開く。そこには先日会話した記録として変な鶏のスタンプが残っておりタップすると音声が成る仕組みのやつだった。間違ってもタップしてはいけない、と慎重にキーボードを押した。
最近、仁都や坂田が暇になると授業中にメッセが来るようになった。授業中にスマホをいじることなんてした事がない自分としては隠していじる行為が慣れなかった。
しかし、今では手慣れたものだ。さっさと文字を選び、「放課後、あいてる」と送ると、すぐに「おっけ。玄関に迎えにいく」と帰ってきた。
人のことは言えないが、そちらも授業中ではないのだろうかと思っていたら、ポンっとまたメッセが届いた。
『田本には会えた?』
と。いや、会えたから今こうして返事しているのだがというツッコミはさておき、「会えた」と一言送った。すると、
『田本も放課後来るよ』と返ってきた。なるほど、さっき放課後にまた会おうねという言葉の意味はこういう事だったのか。なんだ、あの人も来るのか。
と、思っているとまた、ポンっとメッセが届いた。
『田本はいいやつだから、きっとすずめくんとも仲良くなれるよ』
と、スタンプつきで送ってきた。仲良くなれる、かぁ……。まぁ、さっきの感じからしたら良い人そうだったし、仁都が伝言を頼むような人なんだから悪い人ではないと思ってはいるんだけど………。
と、そう思いながら、俺は空を眺めた。先生の語りかけるような声が眠気を誘う。黒板をチョークで板書する音が教室にこだまする。
ぼんやりと外を眺めながら、先ほどの彼を思い出す。
ふんわりとした銀髪に柔らかな物腰、笑顔と滲み出るイケメンオーラ、女子が声をかけるのも忘れてしまうほどの存在感……。俺とは真逆の世界の人間だ。
だが、そんな俺でもなぜか彼にどこか妙な親近感を抱いていた。それは良いものとも悪いものとも言いつつかぬ判断しがたいものだった。
……なぜなら、彼が向けた俺への笑顔と、姉貴が表で見せる笑顔との雰囲気がまったく一緒だったからだ。彼とは初めて会ったはずなのに、恐ろしいことに表での姉貴の雰囲気と殆ど似ていて俺は少し心臓がヒヤリとした。
まさか、そんなまさか。
あんなに人の良さそうな人が姉貴みたいな人のわけない……そうだ、俺の勘違い。きっと、うん、そうだ。
「……同じじゃなきゃ、いいんだけどなあ」
体は正直なようだ。自然と懇願するようにそんな言葉を漏らしていたのだった……。
放課後まで、あと少し。
(ねえすーちゃんとそうくん仲良くなれると思う?)
(さあ……?それはすずめくん次第じゃない?)
(仲良くなってくれるといいな)
(……だな)
お世話になっております、ひきわり納豆です。
新キャラが登場しました。
新キャラはキャラデザが最もお気に入りの子です。




