第19話 しょうぶのゆくえ
第19話 しょうぶのゆくえ
「ルールはかんた〜ん。仁都如月と田本宗吾、この二人のどちらが先に俺達のところに来るか、それを賭けて貰いま~す」
「待て待て俺はやるとは一言も…」
「はいはい〜堅いことは抜きにしましょうよお客様〜」
気怠さを出しながらも、身振り手振りで、カジノのディーラーさながらに振る舞う。切り替えが早いというかなんと言うか…このくそ暑い最中によく出来ると思う。
声色もどこか面白おかしく楽しそうだ。
「ちなみに、賭けに負けた方は本日勝った方の会計を奢るってことでよろしくお願いします」
「は?! 嘘だろ?!」
「まあまあ、勝てばよかろうなのだから気楽に行きましょう?」
「いやいや、気楽にとか……」
ってかどのみち、どちらを選ぼうが俺が不利なの変わらない気がするんだが?!
いくら仁都が早く終わるつったって、その時間も知らないし、田本に関してはそもそも今日初めましてって交わしただけなのに、軽率に「はい、じゃあ田本で」って選べるわけないだろ?!
そう腕を組んで悩んでいたら、それを汲み取った坂田はニコニコ笑って指で指揮するように説明してきた。
「じゃあ……すずめくん悩んでるみたいだから〜、おれは田本が先に来る方に賭けようかな」
「え?!」
「言ってなかったんだけど、田本の所属する委員会は保健委員会。学科棟を挟んで、図書館棟で活動してるんだって〜」
「……ふーん、それで?」
「んで、ある人のツテによると、図書館棟、工業学科棟それぞれの玄関先までの距離を比べると……」
「……比べると?」
「工業学科の方が早くこの玄関先につけるんだって~。逆に図書館棟は玄関先まで一本道で近道がないみたいだから余計に時間がかかるって」
なるほど……かなりしっかりしてると言うか、賭け事に出してくる割には下調べがちゃんとしてある気がする。ちゃっかりしてるなあ坂田。
「……いやいやそれほどでも」
「え?」
「いえ、なんでもないでーす」
そう言うと、ちょっと嬉しそうに炭酸水を喉を鳴らしながら飲んだ。
「それに、仁都は工業科で一番足が速いから普通の人の倍は早く着くんじゃないかな?陸上部の助っ人に誘われるくらいだし?」
意外だ……と言えば語弊があるが、確かにパーティーの時に引っ張られた時は足が速くて俺でもかなり息切れするレベルだった。
体格からしても運動神経はいい方だろうなと思っていたのだが…陸上部の助っ人に呼ばれるほどってなると相当だと思う……。
「だから、その点を考慮すると、俺としてはすずめくんは仁都に賭けた方がいいんじゃないかと思うんだ〜どうするー?」
「う~ん……」
おお、悩んでる悩んでる。と、坂田は楽しそうにニヤニヤ笑っている。見た目は脱力感に溢れているのに、頭の回転が早いというかずる賢い。人を惑わせるというか誘導させるのが上手いようだ。
「…ちなみにここまで情報出したので今から降りるってなると強制的に負けとなります~」
「はあ?」
「さぁさ、どうしますかお客様~?」
……やばい、逃げ道がなくなった。面倒ならば降りればいいと思う人がいると思うが、今月の俺のお小遣いはかなり厳しい。
この前の祭では姉貴から俺に帰っていい、と行ってきたものの、そのあと、結局ご機嫌取りのためにスイーツ店巡りやら買い物やらなんやらでお金が消えて行ったのだ……。
あと数日だと分かっていても何が起こるか分からない……。今日のファミレスも適当に安いデザートでも選んで過ごそうと計画していたというのに……!!
まんまと坂田の罠に引っかかってしまった気分だ。今か今かと俺の答えをニヤつきながら待っている。それに、さっきから自分にとって不利な提案をしているのも気になるのだ。これと人を惑わせる一種なのか、それともそれは優しさなのか……。
ええい、一か八かだ。乗らないよりも乗った方がいいだろう!大船に乗ったつもりで俺は信じるぞ!
「……分かった、じゃあ、俺は仁都に賭けるよ」
そう言うと、坂田は契約成立、と言って俺に手を差し出してきた。契約の証なのだろう、俺はその手をとって握手をした。
さて、これが凶と出るか吉と出るか……。
そう、某嘘をつき合うドラマを思い出し、緊迫した待ち時間が始まる。と、思っていたのだが、その緊迫感はものの一瞬でなくなり、そしてそれは勝利という文字が音を立てて見事にバラバラに崩れたのだった……。
「……悪い坂田、結構待った?」
そう後ろから聞こえ、振り返るとそこには陽の光にを浴びた銀髪が綺麗になびく男子生徒……田本がいた。先程と変わらない爽やかで紳士的な佇まいを俺たちに向けてくる。同じく、田本と玄関を出るであろう女子がチラッとこちらを見ては頬を染めて、キャアキャアと言って出ていった。
「ぜーんぜん、時間通りピッタリ〜。さすが田本だ」
坂田は頭をあげて後から見るようにしてニッと笑った。横髪も反り返るように後ろに垂れ下がった。今すぐにでもその触角を引きちぎってやりたかった。
「でしょ? 俺は時間はちゃんと守るからね」
「それは自分で言ったら台無しだって~。でも田本なら別に台無しにはならないか、事実だし?」
「ふふっ、坂田にそう言われるってことは光栄だと受け取っておくよ」
ふはっと、ふわりと笑った。そして、笑いながら俺を見て「やあ、さっきぶりだね、雀宮くん」と言った。
「あ、ああ、ああああ……!」
俺は思わずその場に崩れ落ちそうになった。田本のイケメンさに魅了されて言葉を失った訳では無い。結局は坂田の掌の上で躍らされていたという事実を受け入れざるをえなかったのだ。坂田を見れば、口角を上げて、してやったりとでも言うような顔をしている。そのドヤ顔やめろ!
世界の終わりのような絶望的な表情をしているのか、田本は若干引き気味だった。
「あ、あれ……俺なんか変な事言ったかな?」
「んーん、大丈夫大丈夫。ちょっと賭け事に負けただけだから気にしなくていいよ」
「あ、ああぁ……さようなら俺のお小遣い……」
「???」
状況を飲み込めていない田本に坂田は簡潔に説明をすると、田本は納得したように笑い出した。
「あははっ! なるほどね、だからさっき時間指定してきたのか」
「あたり~。委員会終わってる頃だったから送ったってわけ。田本なら俺の意図汲み取ってくれるだろうなーって思ってさ」
「実際は半分しか分かってなかったけどね」
そう笑う二人に対して今度は俺がきょとんとしてしまっていた。時間指定? 意図を汲み取る? 一体何のことだと思っていると、坂田がごめんごめん、種明かしするよと説明してくれた。
分かりやすくするとこうだ。坂田は俺に賭け事を提案する前に、先に田本から委員会が終わったというメッセを貰っていたらしい。それを見て坂田がこの賭け事を思いつき、指定した時間になるまで玄関先で待機しててほしい、と連絡したそうだ。そして、坂田はその時間になるまで俺との会話で潰し、賭けが成立したところで田本が登場するという仕組みだったのだという。
というかこれイカサマじゃないか! 最初から賭けなんてなかった! ずるい、やはりずる賢い!
「…正直、すずめくんが純粋だったから出来たことであって他の人相手だったらこれは上手くいかなかったんだよね~」
「いやいや、普通の人でも気づかねえよ……ってか、それ馬鹿にしてるんだろ」
「そんなことないよ~」
そう言いながら口元は笑いを堪えるのに必死のようだ。おい、体は正直みたいだぞ。
そして、そんなやり取りを面白いとでも言うように田本は「あははっ」と笑っていた。
「ちょっ、笑うなよ……」
「ごめんごめん、あまりにも雀宮君が可愛いもんだからつい……」
そう言うと思い出したようにアッと声を上げた。
「そう言えば、自己紹介まだだったよね。俺、普通科二年B組田本宗吾です。こんな形になっちゃったけど、はじめまして雀宮くん」
凄い……お手本とも言える自己紹介の仕方だった。ニコッと見せるその笑顔は眩しすぎる。真逆の世界にいる俺にとってはあまりにも胸が苦しくて残酷なものだった。
「あ、えっと、二年D組の雀宮泪ですはじめまして……」
こうも改めて本人を目の前にして自己紹介をするとなんか気まずい。というかもっと愛想良くしろよ俺!
そんな俺の姿を見ても何も責めることなく、笑顔を崩さずポンッと肩に手を置いた。
「あはは、そんなに固くならないで大丈夫だよ〜。同じ普通科の生徒だから気楽に行こうよ、ね?」
「あ、おう…」
素晴らしい。これが本来の自己紹介か。仁都の時とは大違いだ。爽やかだし、紳士的で優しい。同じイケメンでもこうも差があるのか……。前言撤回だ、こんないい奴と姉貴が一緒とかありえない。俺の偏見の馬鹿野郎。本を表紙で判断するべからずとはこのことだと思う……!
と、俺が感動していると、その感動を壊すように坂田が鼻歌を歌い出す。
「さあ~て、どうしようかな〜何を奢ってもらおうかなあ〜。田本は何がいい?」
「え? 俺も選んでもいいの?」
「いいよいいよ〜全部おれの会計にしちゃえばすずめくんが奢ってくれるって~」
ああ…ちくしょう。今月は災難なことばかりだ……。
ジリジリとアスファルトの熱がはねかえり、俺の不幸が増す事に暑く感じる。シャツがベタつき汗が輪郭を伝って地面に落ちる。
ポタポタと滴るその滴は俺の汗なのか心の涙なのか……それは俺すらもわからなかった……。
……よし、仁都が来たら一発ぶん殴ろう。
と、雀宮の怒りの矛先が仁都に向けられていようとは、ペナルティを終わらせていい気分になっていた仁都はこの時全く思いもしていなかったのである……。
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