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第15話 よぞらにさくたいりんのはな(後編)(2018.6.30加筆修正済み)

 第14話 よぞらにさくたいりんのはな(後編)


「誘拐犯は考えました。これはチャンスではないか、と」


 スマホを取り出し、メッセージ画面を晒しながら、坂田……いやここでは誘拐犯と言うべきか、その誘拐犯は楽しそうに語り出した。


「すずめくんと仲良くなれて、かつ仁都如月に仕返しができるのではないのか、と……」


 そう言うと空気が一変した。先程まで柔らかな笑顔を向けていた誘拐犯が、人差し指を揺らしながら笑ったのだ。

 それはどこか悪戯っぽく、けれども愉快で堪らないと言うような妖しい雰囲気に包まれていた。

 傍から見れば坂田のやっていることは異様な光景なのだが、なぜかその雰囲気に圧倒されてしまった。まるで役者か何かだった。

 仕草も声のトーンも間合いも、全てが先ほどの坂田とは大違いだ。本当にさっきまで俺と一緒にいた人物なのかと疑ってしまうくらい、彼の演目に見入ってしまった。


「これは一石二鳥!ホームズを困らせるには素晴らしい名案だ!そう考えた誘拐犯は、早速実行に移しました」


 そう言うとスマホの画面を指で上下にスワイプし、拡大してくれた。それは、仁都とのやりとりが書かれたメッセージ欄で、坂田の発言権があると思われるメッセージ欄には「赤い看板の射的」「猫の描かれた輪投げ」「カラフルなヨーヨー釣り」と書かれていた。それに罵倒を浴びせながらも、仁都は既読していたようだ。

 そのメッセージたちは、一見して不可思議な文に見えたが、俺にはすぐ思いついた。


「……これ、俺と坂田が屋台を巡った順番?」


  そう言葉にした瞬間、鮮明に記憶が思い出され確信した。これは、俺と坂田が巡った屋台の順番なんだと。

 坂田に連れられ、引っ張られるがままに屋台を巡ったので、細かい詳細はさほど覚えていないが、メッセージが投稿された順番通りなら確実にそうだと。

 俺が答えると、「すずめくん大正解」と満足そうに笑みを浮かべた。


「すずめくんのことが大事な仁都だったら、必死になってすずめくんを探すだろう。そう思った犯人はすずめくんと仲良くなりながら、裏で仁都を誘導していたのです」


 それはとても愉快で愉快で楽しいものでした、と犯人である張本人は小さく笑った。まるで、怪盗二十面相だ。

 ころころ表情が変わるのだが、それは全く違和感がなく、坂田空琉という人物の枠組みの中に収まっていた。 

 すると、仁都も段々付き合うのに疲れてきたのか、素の部分が垣間見えてきた。


「も~、行く先々で大変な目に遭ったんだからね。屋台のおじさんやおばさんに伝言してたのか知らないけど、探し出すのに苦労したんだからね!」


 仁都は呆れながらも、どこか諦めたように笑っていた。しかし、慣れているようで、怒るそぶりなどは一切見せなかった。

 坂田はいつの間にそんなことをしたのだろうか。ほとんどずっと一緒にいたのに、坂田からそんなそぶりは全く見えなかった。


「俺としては、すずめくんに免じてかなりヒントあげてたつもりだったんだけどな~」と言うと、両手を上げてやれやれと言うようなポーズをする。

 まるで即興の喜劇を見ているような気分だ。坂田が扮する誘拐犯が、追い詰められながらもなお懸命に自分の美徳を通そうとするその姿は、役者そのものだった。

 凄い。この言葉に尽きるものはなかった。


「……でも、そーちゃんは一つだけ過ちを犯しちゃったよね」


 不意をつくように、仁都は真っ直ぐ犯人を見つめて笑った。それはどこか自信に満ち勝ち誇ったような顔だった。


「……本気で俺を心配させた、ってこと」


 そう言う彼の視線は曲折すること無く、坂田へと向けられていた。

 坂田もその意味を感じてか真っ直ぐ受け止めるように見つめ返し、「と言うと?」ととぼけるように首を傾げて笑った。すると仁都は深く息を吸って言った。


「俺にとって、すーちゃんもそーちゃんも、同じくらい大切な友達なんだから!二人とも、今度から勝手にいなくならないでよね?!」


 じゃないと今度は、泣きながら警察呼んで大事にするからね!と、仁都は頬を膨らませ、口を尖らせてそっぽ向いた。


「俺だけ仲間外れとか、ずるすぎるんです~。なに二人だけで仲良くなっちゃってんの~!ぼっちにされたら俺泣いちゃうからね?!」


 泣いちゃうとか、お前、大の大人が何を言ってるんだ、子供かって。いや、俺ら全員、子供だったな。

 仁都はおもちゃを買ってもらえなかった子供のように、地団駄を踏みながら怒っている。

 大きな体をしながらのその行為に、坂田は「あ~あ、やめたやめた、お前怒るとすぐこうだもん」とスイッチが切れたのか面倒くさそうに指差した。


「仲間外れなんて人聞きの悪いことを~、ただ、二人で仲良く遊んでいただけですぅ~」

「今度、俺抜きで楽しいことしてたら絶交しちゃうんだからね!はい、これけってーい!」

「しょ、小学生かよ……」

「というか、本当に、本当にそーちゃんさ、すーちゃんに迷惑かけてないよね??」


 精一杯の反撃なのか、疑いの眼差しを坂田に向ける。すると、坂田はさっきの調子に戻って俺を見た。


「……どう?すずめくん。すずめくんは俺とずっと一緒で、迷惑だった?」


 そう言われた眼差しに、俺の口からは自然と、その答えが意思として紡がれていた。


「……迷惑じゃない、むしろ、楽しかった」


 仁都といる時よりも、なんて少し意地悪してやると「え~!すーちゃんそれ言わされてない?!恐喝されてない?」と肩を揺さぶってきた。おいやめろ気持ち悪くなる。

「おいおい仁都さんや、人を不良か何かと一緒にするなよ~」

「それって俺に言ってるんですかぁ~?」

「……まぁ、いるとしたらお前しかいないだろうな」

「ねえ?!すーちゃんまで辛辣になってない?!なんで!?」


 そう仁都が嘆き悲しんでいる姿を見て、どこかおかしくて堪らない坂田と俺は、自然と目が合ってお互いに吹き出して笑ってしまった。

 仁都がねえねえ!聞いてる!?と抗議をしている横で、俺と坂田は笑いが止まらなかった。涙が出てくるくらい笑ってしまい、終いには仁都までが笑い始めた。

 すると、それが合図のように、背後から太鼓を叩いたような耳を劈く、大きな音が響き渡った。

 自分たちの影を鮮やかに着色するそれは、夜空に咲く大きな花。誰もを魅了し、その瞬間大きな夢と力を与えてくれる大きな存在。

 音だけでも伝わるその壮大さは体の芯から芯まで染み渡った。……御代志祭の花火大会が始まった。

 ドドーン、ドドーンと、夜空を焦がす花々のあとに力強い太鼓の音を張るような音が響く。「た~まや~」「か~ぎや~」と声援を送るちびっこや大人達の声も負けじと夜空に響く。会場にいる誰もがこの花たちの凛々しい姿に夢中だ。音楽に合わせ、踊り子のようにくるくると回る。瞳に映る夜の花は誰の心をも魅了していた。


「おお~今年は一段と派手だね~!た~まや~!」

「スポンサーが今年は多かったんだよ。御代志神社の神主の息子が帰ってきてたみたいだから余計にな~」

「よくそんなこと分かるな」

「まあ、情報通って奴ですよ、奥さん」


「……まぁまあ、そこら辺のことに関しては置いといて」と、坂田は手で何かを運ぶ動作をして不敵な笑みを浮かべる。

 つーか奥さんじゃねぇし、なんだよそのドヤ顔……まあ、性格からして、坂田は婦人会のおば様……いやお姉様たちから好かれているのだろう。

 情報を引き出すのがうまそうだ。自然とだけど、そういう誘導が上手い気がする。


「そーちゃんはね、あらゆる情報収集に関してはかなり強い味方になってくれるんだ」

「……ふーん」

「でも、逆にそーちゃんを怒らせると、ありとあらゆる手段を使ってくるから怒らせない方がいいよ」

「まあ、あくまでも俺の経験上だから」と、花火を見ている坂田を尻目に、仁都は俺にそっと耳元でそう教えてくれた。

 つーか、仁都の場合は無自覚で他人の地雷どかどか踏んでそうな気がしてならないから、坂田とも昔なんかあったんだろうなと容易に想像できる。


 すると何を思ってか、坂田が「あ!」と急にこちらを向いてきた。

 突然のことに心臓が止まりそうなほどビックリしたが、彼はそんな俺らに構いもせず指をパチンと鳴らした。


「……ワトソンくん、例のものはあるかね」


 と、今度はホームズになりきっているのか、坂田は仁都に手のひらを差し出していた。すると、仁都は何かを悟ったのか「ああ、なるほど……そういうことね!」と一人納得し、左手に持っていたビニール袋を坂田に渡した。何か入っているのだろうか、カチカチと中で物が当たる軽い音がした。


「ホームズ先生、これで宜しいでしょうか~?」

「うむ。さすが私のワトソンくんだ、優秀で助かるよ」

「先生にお褒めいただき光栄でございます~」


 半ば適当な返しにも、坂田は役になりきって返してくれる。さっきの誘拐犯といい、探偵といい、演技の引き出しが何やら多いようだ。

 演劇部に所属しているのか、はたまた演劇部に入っていたのか…。もしくはただの目立ちたがり屋なのか……。彼の意図は全く読むことが出来なかった。


「……はい、すーちゃん」

「ひょぉあえぇ!」


 不意打ちだった。完全に油断していた。頬に何かヒヤッとした物が触れ、悪寒を感じて小さく悲鳴をあげてしまった。情けない……声が裏返ってしまった。


「おまっ、不意打ちはやめろっての!!」

「ふふっ、ごめんごめん。すーちゃん。お詫びと言ってはあれだけど、これどうぞ」


 と、俺の手に先ほど感じた冷たい何かが触れた。それは片手で持てるほど軽く、とても厚い感触が指に伝わる。

 夏の定番、ラムネだった。屋台とか氷水につけてある、昔ながらの瓶ラムネだ。かなり冷えてるらしく、花火の光でキラキラと反射している。

 よく見れば仁都も坂田も同じものを持っている。きっと仁都がさっき渡した袋の中に入っていたのだろう。


「……さあさあ、今日の俺らの友情に乾杯しましょうか」


 坂田はそう言うと、ラムネの蓋を押して開けた。プシュッと空気が抜けると音と共にシュワシュワと小さな無数の泡たちが顔を出す。

 俺も仁都もそれに合わせて蓋を開ける。炭酸の弾けた音と共に砂糖の甘い香りが乾いた喉を誘う。


「えーっと、では、今回の俺達の出会いと友情に」

「かんぱーい!!」

「おい、そこ俺のセリフ~……まあいいや、乾杯~」


 坂田は悔しかったのか諦めたように肩をすくめて笑い、瓶と瓶を打ち付けた。カチンっと軽快な音色を奏で、中に入っているビー玉がゆらゆらと揺らいだ。

 泡の中に漂うビー玉の奥に色鮮やかな花火が映り、ラムネの中で無数の色のプリズムを作っていた。


「……乾杯」


 先程の坂田の言葉を噛み締めるようにそう言った時、ドドン!と大きな音が鳴った。

 それはお腹に響くほど大きく、今日一番大きな大輪を咲かせていた。まるで俺達の出会いを祝福しているように、黄金色の光の粒は夜闇の中を光っては小さく消えた。

 フィナーレが近いのか、打ち上がる花火の玉の数がどんどん増えていき、会場内のボルテージも上がっていく。

 仁都は楽しそうに掛け声をかけながらわーわー楽しんでいるようだった。子供か、と坂田と二人でツッコミを入れていた。


「……ねえ、すずめくん」

「ん?」

「俺さ、正直、すーちゃんさんってどんな人だろうって思ってたのね」

「……おう」


 俺はラムネを飲む手をやめて、花火を見上げながら坂田の声に耳を傾けた。花火の音の中なのにやけに聞き取りやすく鮮明だった。


「毎日毎日仁都がすーちゃんすーちゃんってうるさくて、どんな人なんだろうってさ、ずっと考えてて、仁都から名前を聞いたら……驚いたんだよね~」

「……驚いた?」

「そう。俺、実は今日初めてすずめくんに会ったわけじゃないんだよ?」

「うお、まじか」

「まあ、覚えてなくて当たり前だよ~かなり前だし」

 

 髪の色も黒だったし、と坂田はにへらと笑いながら語りかけるように俺へと顔を向けた。


「今日、よーく分かったよ。本当に友達なんだなあって。だからこそ、仲良くなりたかったんだけどね」


 坂田の表情はどこか大人びていて、この空間にいる自分とは歩んできた場数が違う事を諭されるようなそんな感じがした。


「仁都は馬鹿だけど、友達を流行りで見てない。付き合いの長さとか、そんなの関係なしで俺たちを平等に見てる」


 坂田は一気にラムネを飲み干す。浮力を失ったビー玉がカランと狭い空間の中で転がった。


「すずめくんと先に知り合おうが、俺が先に知り合おうが、あいつにとってはそんなの関係ないってことが、よく分かった」


 だから俺もそうしようと思った。そう言うと、坂田はラムネの瓶を双眼鏡のように見立て、その奥の世界を瞳に映していた。

 

「……こんな俺だけど、すずめくん、友達になってくれる?」


 そう言って笑う坂田を見て、俺は自分と思わず重ねてしまった。多分、この人は、俺と同じで不器用な人だ。言葉の伝え方が俺と似ている。

 だからこそ、素直で体当たりな仁都とも上手くやっていけるんだと思う。違うタイプだけど、この人もこの人で友達を大切にしているんだ。

 そう思った瞬間、自ずと答えは決まった。


「……もちろん。俺は、坂田と友達になりたい」


 彼、仁都のように言えてるのだろうか、笑えているのだろうか、それは定かではない。

 ただ、この瞬間、言わなきゃいけないと思ったからだ。言わなきゃいけない、伝えなきゃわからないと思った。

 俺の顔を見た坂田が、ぶふっと吹き出すのと同時に、俺も一緒に笑い出した。二人で笑っていると、俺達が楽しそうにしているからか、不服そうに仁都は頬を膨らませた。

 あー、また楽しそうなことしてるー!!そういう、仁都の顔を見ながら俺らは顔を見合わせて笑った。


「悪いな仁都、これはな……」

「俺らだけの秘密、なんだよな」


 ねー、なーと言うと、仁都は気に食わないのか、俺と坂田の頭をくしゃくしゃしてきた。おいやめろよ、と手を払うと、仁都は嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「……二人が仲良くなれたみたいで俺は嬉しいよ」


 どこか大人びたような声のトーンだった。まるで父親のように、俺の頭をなでたその手はとても大きかったように思えた。

 その手が温かくてこそばゆくて、心の中をふわふわの羽毛で包まれているようなそんな温かい気持ちになった。

 自然と自分の口角が上がっているのを感じた。夏の夜風は生温くあまりいいものではないが、俺の頬をすり抜けたそれは、新しい門出を祝うかのように後押ししてくれた気がした。


 そして、俺はいつの間にか自分の作品にこんなワンシーンを思いついたのだった。


***


 すずめくんとうさぎさんは、はなびをみにいくことになりました。すずめくんはいいました。


「はなびなんて、ともだちとみるのははじめてだよ。いつもひとりぼっちだったから」


 そういうと、うさぎさんはすずめくんのてをとりました。


「じゃあ、ぼくとみるはなびがはじめてなんだね!うれしいな!きょうはすずめくんにとっていちばんいいひだね」


 そういうとすずめくんのごほんのゆびをつかってかぞえはじめました。


「くまくんに、ことりさんに、たぬきさん、あとふたごのきつねしまい…あれ、ゆびがたりないや。でも、とにかくたくさん!すずめくんとなかよくなってくれたね!ぼくはうれしいよ」


 うさぎさんはニコニコわらいましたが、すずめくんはどこかさみしそうです。


「たくさん、なかよくなったけど……みんなぼくとともだちになってくれるかなぁ」


 と、すずめくんはすわりこむと、かおをうでのなかにいれました。


「……ぼく、うさぎさんみたいにすなおじゃないから、きらわれちゃったかもしれない」


 すずめくんがそういうと、うさぎさんは「ねえ、かおをあげてごらん」といった。


 うっすらとめになみだをうかべていた、すずめくんのめにうつったのは、ドドーン!とたいこのおとをならした、おおきなはなびでした。


「うわあああ……」とこえをあげるすずめくんをみたうさぎさんはこういいました。

「ぼく、これをすずめくんにみせたかったんだ。ぼくのはじめてのにんげんのともだちに」

「え?」

 すずめくんがおどろいたようなかおをするとうさぎくんははなびをうしろにしてこういった。


「ずっとまえからともだちとか、いまともだちになったばかりだからとか、ぼくにはかんけいないんだよ。

 くまさんたちはくまさんたちだし、すずめくんはすずめくん。どっちもぼくにとってはたいせつなともだちなんだ」

 

 というと、すずめくんのてをそのちいさなうさぎのてでつつみこんだ。


「それに、ぼくのともだちが、ともだちであるきみとともだちになってくれて、ぼくはとてもうれしんだ。だから、だいじょうぶだよ」


 そういうと、ころんっと、おとがするような、おおつぶのなみだが、すずめくんのめからこぼれました。

 すずめくんは、ありがとうありがとうとなきました。うさぎさんは、そんなすずめくんをよしよしとあたまをなでました。


 すると、「おおーい」ととおくのほうからこえがします。きょうであったたくさんのどうぶつたちが、すずめくんのもとへとやってきました。


「ぼくも、すずめくんといっしょにはなびがみたいな」

「あたしも、いしょにみたい!」

「うさぎさんだけひとりじめなんてずるいよ!」

「みんな……!!」


 そして、すずめくんは、きょうなかよくなったともだちといっしょに、はなびをみました。

 ドドン、ドドンと、あか、あお、きいろ、みどりのさまざまないろのはなびがそらいっぱいにひろがっていました。

 それは、みんなゆうじょうをしゅくふくするようにさかせていたのでした。すずめくんは、またいっぽ、おとなへとせいちょうしたのでした……。


***


「……やっと描けた」


 翌日、俺は一日中部屋に引きこもって、このシーンを描くために筆を走らせていた。

 絵の具独特の臭いが鼻についたが、いつの間にかそんなことすらも気にならなくなるくらい没頭していた。

 エアコンはつけずに、扇風機だけ。どうしても、あの夜の雰囲気を思い出したくて、じわりじわりと肌につく汗と格闘していた。


 ちょうど今、最後のシーン。大きな花火とうさぎさんと動物たちと、すずめ少年のシーンが描き終わったところだった。

 花火大会の後、どうしてもこれを作品に残したくて、急いでプロットを組み立てて描いたのだ。我ながら、自画自賛ではないが、かなりいい作品になったと思う。


 友達の友達は、大切な友達。

 

 俺はそれを胸に噛み締めて、額縁にこのシーンのイラストをおさめた。お昼ご飯を告げる姉の声が聞こえ、俺はそっとテーブルに立てかけて、部屋を後にした……。


 額縁の中には、うさぎとすずめが嬉しそうに肩を寄せあって笑っていたのだった……。

 時間とは、まさに使い方によってどんなものにも生まれ変わる。それがいい結果になっても悪い結果になっても、自分の成長に繋がる。

 

 様々な思いが交錯する夏が、終わりを迎えようとしていたのだった――。



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